(3)
だって、気になる。
二階には変な光も飛んでたし。大体、皆と居れば大丈夫じゃないことの方が少ないはずだ。何より、いいだしっぺだし、私が依頼を持ち帰った。
一階フロアをくまなく探しても何も出てこなかった。
広い屋敷の中をぶらぶらしつつ何もなければ、だんだん気も緩んできて、怖いと思っていた気持ちも薄れてくる……。
「ねぇねぇ、これすっごくおっきー音が鳴ったらすんごい五月蝿いよね」
「んー、大時計なんて珍しくないだろ。二階行こうぜ?」
どうせ壊れてる。と先に上がったアルファを追いかけるように中央にあった階段を昇りながらそういったカナイに、私もそうかなぁ? と頷き壁際から階段のほうへと一歩踏み出した。
そして、私のことを待ってくれていたエミルを見ると、何かを見つけたようでこちらに向って足を踏み出し「こっちに早く」と手を伸ばしてくれた。
見ているのは私じゃない。
私じゃないってことは、エミルは何を見ているんだろう?
不思議に思ってエミルの視線を追うように私は振り返った。
―― ……っ! 眩しっ!!
後ろを向くまでに光の玉が直撃した。眩しさに目を閉じたら、がくりと膝から力が抜けた。
「大丈夫?」
慌てた声を掛けエミルが身体を支えてくれる。
―― うん。大丈夫。
「ええ」
あれ? 私、今、大丈夫っていおうと思ったのに……口から出た台詞が違う気が。
―― ……気の所為、気の所為。
「本当に大丈夫? 今のなんだったんだろ、怪我とかない?」
「ええ、平気、です」
―― ……! 気の所為じゃないっ! なんで、どうして?
私、もしかして、とりつかれたとか、いやいやいや、ないないない。
私の心の動揺はこの暗闇の中では伝わらないだろう。明かりを持っていたアルファとカナイが完全に二階に消えてしまったのであたりは月明かりのみで保たれている。
「調子良くなさそうだね? 魔物は居たらアルファたちが何とかするだろうから、外で待つ?」
心配そうに顔を覗き込んでくれるエミルに、なんとかこの異変を伝えたくてたまらないのにその手段が得られない。
「探さなくては」
「え?」
「見つけなくてはいけないの……」
私の意志に関係なく、ふらふらと覚束ない足取りで私は階段を登る。
エミルが慌てて身体を支えて「手伝うよ」といってくれるけど、私じゃないこと、分かってくれてるかなぁ?
二階に上がると先にアルファたちが上がっているはずなのに妙な静けさが支配していた。そんなことを気にしない私は、まるで自分の家のように、ある一室に真っ直ぐ入っていく。
エミルが続けて入って来たところで私は扉を閉めた。
因みに私は閉めてない。私だけど私じゃない。ややこしい。
「それで、探し物って何? ここ初めてだよね」
エミルは部屋の中を見回して、特に気にすることなく窓辺まで歩み寄り、そっと外を見る。
―― ……居ない。居ない……。
え? エミルの後姿を眺めていたら、急にそんな思いが流れ込んでくる。
居ない。
居ない。
一人にしないで、
永遠に一緒に居ようって約束したのに……
―― ……約束、したのに……
「―― ……え?」
思わず両手を伸ばしていた。この思いは自分のものではなくてただの幻。
分かっているのに……両腕を力の限り伸ばして、目の前の愛しい人に抱き付いた。
「どうしたの? マシロ、何か怖いものでもあった?」
エミルはほんの少しだけ驚いたようにそういって、私の腕を少しだけ緩めると、向かい合って微笑んだ。
月明かりに照らされるエミルはとても綺麗だ。若草色の瞳は、深い深い海のそこの色を映す。
その瞳に映る私は、私だけど、私ではなくて、私は……。
エミルの背に回した腕に力を込める。頭一個分以上ある背丈の差を埋めるように背伸びをして、近い距離を何とか確保して告げる。
「結婚してください」
―― ……ちょっと待て! 私っ!!
自分に突っ込んだ。突っ込んだけど、私の意志は反映されない。
エミルは刹那驚いたように瞳を丸くしたあと、やんわりと細めた。
「良いよ」
―― ……エミルもちょっと待てーっ!
エミルさん。貴方は王族で、これから国を、世界を背負っていこうかという一人なのですよ! そんな簡単に!
私の焦りは全く反映されない。泣きそうだ。
「良いよ。マシロが望むなら問題ないよ。本当の、君が望むなら、ね?」
含みのあるエミルの言葉に、私は、不安げに「え」と零す。
「マシロじゃ、ないよね? 残念だけど、マシロはそんなこといってくれないよ。やっぱりさっきの光が原因かな? 君は唯の思念体。誰かと婚姻を結ぶ予定でもあった? でも、ごめんね。それは僕じゃない」
「違う、貴方よ。貴方が、私の運命の人。月の縁が紡ぎ出した相手。そう、いったのに」
愛しているよ。
君だけだ、二つ月が僕らを巡り合わせた
「困ったな……僕では手に負えない……」
はらはらと頬を伝ってしまった涙を困惑気味のエミルが指先でそっと拭ってくれる。
私が泣いているわけじゃないから、私が本当に悲しいわけじゃないから平気なのだけど、エミルはとても辛そうだ。
「貴方は私を愛している。私は、私……」
エミルの手に頬を摺り寄せ、上目遣いで覗き込む。
やめて、私。恥ずかしいからそれ以上変なことしないで。頼むから勘弁してください。
勘弁しろといっているのに、私はこれ以上は伸び出来ないくらい足を伸ばし、エミルに顔を寄せる。
私を突き飛ばしても良いから、お願い離れてっ! という私の望みは誰にも聞いてもらえない。
「僕が好きなのはマシロだよ。君じゃない」
それにマシロが好きなのは僕じゃない。そう重ねたエミルに、ちくりと心が痛くなる。これは私自身の痛みだ。
「可哀想……私が、愛してあげる。結婚して、命が尽きるまで傍にいて……」
互いの息が掛かる距離で紡がれる。