(2)
……で、結局みんな来た。
嗾けたブラックは来ない。そういう奴だ。というか仕事片付けてからいきますと、にこりと去っていったけど……うん。きっと種回収だよね。うん。きっとそう。ああ、もしくは販売! そうそう。
というわけで、到着したのは王都から少し離れた海沿いにある洋館だった。
夜中月明かりの下で見る洋館というのは……正直それだけで雰囲気が出ていると思うのだけどと、思わずびくびくしてエミルの後ろにちょっと隠れた。
そんな私にエミルは微笑んでからカナイに「それでこれ誰の持ち物なの?」と、問い掛けつつ、不動産屋から預かった鍵で門を開けてくれたアルファに続いて敷地内へと入っていく。
「元は王宮騎士のバルトの持ち物だったらしいが随分前に手放して、何人かオーナーが代わったらしいけど、結局みんな手放し、今、現在この依頼主の不動産屋の手の中だ」
ふんふーん。と、鼻歌交じりで玄関の扉の鍵を開けていたアルファがその台詞にぴたりと手を止めて扉を開きながらカナイを振り返る。
「騎士バルトっていったらうちの曽祖父ですよ? 僕直接会ったことはないですけど、話では今の騎士塔にいるムスカ=シルレと同じタイプで、豪胆な人物だったと聞いていますが、そんな人が幽霊騒動くらいで屋敷を手放しますかねぇ?」
よいしょっと扉を開ききったアルファにカナイは、さあな、と、肩を竦めた。
「バルト氏が屋敷を手放した理由と、幽霊との因果関係は知らないけどな。テラとテトにもらったこの資料には、そう書いてあった……ってだけだ」
屋敷の中から埃臭い、生暖かい風が地面を張って流れ出てきて思わず避ける。
見えないけど、気持ちだけ。
そんなこと全く気にならないのかアルファとカナイはあーだこーだいいながらずかずか屋敷の中に入っていった。
「マシロ怖い?」
「え? ああ、あの二人ほど平気じゃないけど、平気」
なんとかそう答えた私に、エミルはくすくすと笑ってそれは良かったと締め括ると僕らも入ろうと手を引いてくれた。
玄関ポーチに足を踏み入れる瞬間、私は二階の窓に光るものが動いたような気がしたがそれに騒ぐ暇がなかった。
「流石に、魔法灯は使えないよなぁ」
「そうですねぇ、ただの石になってますね。はい、こっちも明かり下さい」
正面の階段脇にあった燭台を突き出されカナイは自分の手に持ったものとそれに明かりを灯した。
柔らかくて丸いオレンジ色の光が屋敷の中を照らし出す……。
後ろに長く伸びた自分たちの影がゆらりと揺れて妙な胸騒ぎがするけど、これはきっと、幽霊屋敷前提だからだと思う。昼間見れば素敵なお屋敷に違いない。
内装だってここではそんなに珍しくないけど豪勢にロココ調だ。
お貴族様が好みそうな感じだ。って、アルファのひいおじいちゃんの家だったんだよね。そんなこといっちゃ駄目だよね。
「どこから探しましょうか? ねぇ、マシロちゃん、幽霊ならどこに居ますか?」
「へ? そ、そんなこと私に聞かれても」
「あ、地下牢とかないですかね? なんかありそー。探しにいきましょうか?」
アルファはすっかり遠足気分だ。
私の返答なんて待つことなく正面階段の裏にあたる場所に在った扉に手を掛けてさっさと開いた。
「普通の家に地下牢なんてないよねぇ。お屋敷っていってもさ」
「うーん。別荘に使ってたんだと思うし、牢はないかなぁ? 拷問部屋とかあったりね?」
くすくすと笑ったエミルに私はえっ! と息を呑む。笑顔でいうことじゃないしエミルがいうと冗談に聞こえないよぉ。
「ほら、ここでアルファ待つのか? 行くんだろ、行けよ」
カナイにぽふぽふ背中を押されて私は地下へ続く階段を下りた。背後でばたんっと扉が閉まる音がして慌てて振り返ったら「俺が閉めたんだよ」とカナイに呆れられる。ちょっと過敏になり過ぎだよね私。
落ち着かないと……と、すーはー深呼吸。
―― ……ひやり……
「ちょ、ちょっとカナイ。触らないでよ!」
「は? 触ってねーよ」
「だって、今私の首筋を……」
はぁ? と、眉を寄せるカナイに私は口を閉じた。
気の所為だ。
私は髪を降ろしてるんだから地肌に何か感じるなんて……こっそり出来る話じゃないし……。私はなんでもないと勝手に切り上げてエミルを追い越し階段を駆け下りた。
「アルファー、どこいったの?」
地下はレンガ造りになっていてひやりと肌寒い。外気温に影響を受けにくく常に低温であるのは分かるけどなんとなく、雰囲気が出るよね。
物置きとして使用されていたのか雑然としている。
その中を見渡しながらアルファを呼んで進むと、どんっ! と背中を押されて悲鳴を飲み込んだ。
絶対アルファの悪戯だ。
「冗談はやめてよっ!」
「あ、マシロちゃん。こっちこっち」
―― ……え?
後ろに向って怒ると前方からアルファが手招きしている。エミルたちは今降りてきたところだし……なんか、私だけ変じゃない?
「ほら、早く早く! アイアンメイデンがありますよー」
「は? 何それ」
「鉄の処女。拷問道具だね?」
―― ……あったんだ。
マトリョーシカと同じような形をした棺の蓋の内側には無数の鉄の針が窺える……。
「未使用だよね?」
「未使用も何も」
アルファは私の問いににこにことその棺に入って蓋を閉めてしまった。
思わず悲鳴を上げそうになった私を見て「大丈夫」とエミルは私の肩を、ぽんと叩いてから前に出ると眉を寄せる。
「アルファ、つまらない冗談はやめなよ。マシロが怯える」
ほら出て! と棺を開けた。もちろんアルファは無傷だ。何? と混乱した私の背中を支えたカナイは「お前怖がりすぎじゃね?」と苦笑しつつ棺を指差す。
「暗がりでも良く見れば分かるだろ? 偽者だよ。あれゴムで出来てる」
カナイの説明にあわせて、ほらね? というようにアルファが針をくにっと折って見せてくれた。私はほっと胸を撫で下ろしたあと眉を寄せる。
「もう、ここには何もないんじゃない? というか、変だよ。みんな、なんともないの? さっきからさ、人の肩叩いたりさ……」
「なんともないけど? お前こそ大丈夫か?」
カナイが少し腰を折って顔を覗き込んでくる。平気だよ! と、答えたものの。眉を寄せたままエミルとアルファも見たけど心配そうな顔をしてくれているだけだ。
みんなは本当になんともないんだな。
「……本当に、平気。ごめん」
なんとなく申し訳ない気分になって、深呼吸一つ。湿った空気が体の中に入って暖かくなって出てくる。
「良いよ。ここには何もないようだし。上に上がろうか?」
「なんだったら、マシロちゃんとエミルさんは外に居ても良いですよ? 僕が幽霊退治しておきますから」
「お前さ、何気に俺を外してねぇ?」
「だって、ひとりでうろうろするの詰まんないじゃないですかー」
正面フロアに戻る為に階段を上がりながら、そんな話をしていた二人に私は「一緒に探すよ」と告げた。