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白蒼月紅譚~二つ月のある世界(種シリーズ①)  作者: 汐井サラサ
特別番外編:月を恋う・貴方を想う
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(5)

 翌々日、早いうちから材料は図書館の研究室に届けられた。ラウ先生は一つ一つそれを確認した上で、様子を見に来ていた私たちに渡してくれる。因みに週末だから授業はお休みでサボったわけじゃない。


「カナイさん、仲介業でもやっていけるんじゃないですか?」


 瓶に入って居るものの毒々しい色を出し続けている貝をまじまじと見詰めてシゼが呟く。カナイはそれを見て「ああ、それな」と訳知り顔で頷いて「半端ない値段がついてるぞ」と笑った。


「もちろん、あとでブラックが払うんだ」


 そうだよねぇー……。


「因みにこっちのもいい値がしますね。想定内ですが、すんごく材料費の掛かる薬になりますね。まぁ、あのブラックの失敗の尻拭いですから。このくらいなんてことないでしょう」


 ラウ先生の悪戯な笑みが私の頬を引きつらせる。ちらりとミアを見ると特に気にした風もなくさっさと材料の仕込みに掛かっていた。

 案の定ブラックの薬嫌い(他人が調剤したもの限定)は健在で、一人で作業を進めるというミアの申し出にラウ先生はいつも通りあっさりと研究室の一角を提供してくれ、エミルやアルファたちは部屋を出た。

 私はというと、特に用事はないけれど手伝えることも有るかも知れないと傍にいる。ミアは十三歳なんて年齢を感じさせないほどてきぱきと作業をこなし手が足りないのではと思われるようなこともあっさり一人でこなしていく。そのお陰でいろんなものが宙に浮いていて要注意だ。


「ねぇ、ミア。私も一応薬師の卵なんだけど、何か手伝えない?」

「ない」

「……そう、そうだよ、ね」


 うん。見てても分かるよ、私が手を出すようなところないよね。シゼがしょんぼりしていた私のところへ紅茶を運んできてくれた。今日も今日とてめちゃあまーい! お茶なのだろう。もう慣れたけど。

 シゼはちらりとミアを見たあと、ふぅと短く嘆息して私を振り返るとにこりと微笑んで声を掛けてきた。


「丁度手が足りないんです。暇なら僕らを手伝ってもらえませんか?」

「え? あ、ああ、うん。良いよ。もちろん」


 やっぱり甘かった紅茶を喉の奥に流し込んで私は立ち上がった。私に断る理由もないし本当に暇だったから。邪魔にならないかな? とか簡単な会話をしながら立ち去ろうとしたら


「マシロ」


 ミアに呼び止められた。振り返ると相変わらず作業続行中だったけど不機嫌そうに話を続ける。


「こっち手伝って」

「え? でも手は足りてるって」

「今足りなくなった」


 嫌なら良いと眉を寄せてこちらを見ることなく口にするミアに首を傾げる。くぃくぃとシゼに袖を引かれて「あ」と振り返ると


「良かったですね」


 小さな声で囁いて軽く胸元で抱えていたトレイを振ると部屋の奥へと戻っていった。もしかしなくても、シゼ、分かってやったんだね。シゼってやっぱり侮れない。私はふふっと笑ってミアの隣に並んだ。


「それで私は何をしたら良いの?」

「そっちの鍋を同じ速さでゆっくり混ぜて」

「ん、了解」




 そして黙々と続けても出来上がったのは真夜中だった。煮込んだりするのにかなり時間が掛かるわけで……私はなんだかぐったりだったけど、ミアは始める前とあまり変わらない。きっと体力値も並とは掛け離れてるんだろう。あれだけ大量多種に渡る材料があったというのに出来上がったのは凄く少量。小瓶に半分くらいのエメラルドグリーンの液体だ。分からないけど色の感じから察する味はメロンソーダ。


 夕方私たちに簡単な食事を運んできてくれていた皆はそのまま居座っていた。エミルの話では、ちらとレシピを見た感じだと半日で完成させるのは時間的に無理かと思ってたんだけどということだったから、これでもかなり速いスピードで完成することが出来ているんだろう。

 後片付けを終了し、小瓶の中を満足そうに眺めたミアは「出来ましたかー?」と合流してきたラウとシゼに頷くと軽く咳払いした。


「ラウとシゼも手間を掛けて悪かった。なんかワザと雑に書き込まれているところが目に付いたけど、助かった、と、思う」


 もしかしなくてもブラックがお礼をいってる。

 私はいわれることあるけど、他の人はどうだろう。


 いや、顔を見れば分かる。

 ないよね。いうことないよね。感謝するようなことないだろうしね。

 うん。

 本人も物凄く照れくさいのか耳が舟を漕いでいる。可愛い。


 続けてその様子を見ていた三人に顔を向けると短く唸った。そして、物凄く迷ったようだけど、じわりと口を開く。


「えー……っと、その、今回は一応助かった。材料も多種に渡っていたし、その、普通なら入手困難なものも在ったと思う……その、あ、ありがとう」


 最後のほうは殆ど消えそうな声だったのに三人の時間を止めるには十分な効果があったようだ。ミアはもう耐え切れない! というように「じゃあ、さっさと戻るから」と慌てて研究室を出て行く。私もそのあとを追うようにドアに手を掛けて三人を振り返り「ありがとね!」と重ねると、一番に我に返ったエミルが「うん、気をつけて」と手を振ってくれた。

 すっと閉じた扉越しに


「ちょ! 今の聞きましたっ?! ブラックが、僕らにありがとうですって! 天変地異の前触れじゃないですかっ!?」

「俺、寿命が減ったような気がする」

「確かにちょっと呪われたような気になるね」


 酷いいわれようだった。




 屋敷に戻ってもミアの姿が見えなくて昨日と同じように庭にでも居るのかと出てみたけでどその姿を確認することは出来なかった。


「ミアー! ミアー!」


 とりあえず、呼んでみる。なんか迷い猫を探しているようだ。間違いじゃないけど。


「そんなに何度も呼ばなくても聞こえる」


 丁度書斎に戻って窓を開けて呼んだところで上からその声は降ってきた。んー? と上を仰ぐとひょいと身軽に窓から飛び込んでくる。屋根の上に居たのかな? 猫だな本当に。


「良かったまだ飲んでなかったんだね?」


 にこりと迎え入れるとミアは頷いたあと部屋に居た傀儡をぽんっと消してしまった。机の上には処理出来ていない種が瓶に放り込まれている。瓶の中で擽っている想いがその中で溢れているようでなんだか苦しい。

 私の表情が僅かに曇ったのを見逃さなかったミアは、私の顔を覗き込み平気かと訪ねる。平気だと頭を撫でると物凄く嫌そうな顔をされた。あれ? ブラックは結構喜ぶんだけどな? 私は首を傾げたがミアはそのことに触れることなく、ポケットから無造作に取り出した小瓶を月に掲げて瞳を細める。


「マシロも私が種屋に戻ることを望むのか?」

「も?」

「……分からない。何かに急きたてられているような気がする。種がざわめいている。私はアレをなんとかしないといけない」


 ちらりと机の上に置いてある瓶に視線を送ったが直ぐに月を見上げる。ブラックは昔から月を仰ぐのが好きらしい。未だに時折こうやって何かあると直ぐ月を恋う。


「私は今のミアも十五年後のブラックも大切だよ。大丈夫、私は貴方を孤独にはしないから、怖がらなくても良いよ。月を仰ぐ青い月のミアが孤独だというのなら、白い月の私も孤独。でも一緒なら寂しくないでしょ?」


 いって笑った私にミアは刹那きょとんとして、そのあとほんの少しだけ呆れたような顔。

 そのあとミアがどんな顔をしていたか分からない。私はミアを抱き締めて柔らかな髪に顔を埋めたから……。

 昨夜は決して抱き返されることはなかったけど、今夜は恐る恐るといった風にミアの手が私の背に回った。ぎゅっと力を入れ顎を私の肩に乗せて「やっぱりもう少し大きくないと格好がつかないな」と笑う。


「確かに、マシロを護れるくらいには今すぐ大きくなりたい。待ってる時間が惜しい……」


 飲むよ。と締め括ってミアは、すっと私から離れた。

 ミアは手の中の小瓶の蓋をきゅぽんっと開けた。ちらりと私を見て微笑むミアの額に私はそっとキスをした。ミアは少し驚いたようだったけど直ぐに愛らしい笑みに戻って、瓶の中身を飲み干した――。

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