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白蒼月紅譚~二つ月のある世界(種シリーズ①)  作者: 汐井サラサ
特別番外編:月を恋う・貴方を想う
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(4)

 材料の手はずはかなり簡単に揃うことが出来たけれど薬師階級の私でも「?」と思うものが多かったから直ぐに揃える予定が立ったのは私の周りの優秀さだろう。毎度のことながら私は役に立ってない。

 夜はいつものように勉強会をした。

 普段はカナイの部屋でやるのだけど机が手狭になったから図書館の一角を陣取った。カナイは部屋に残り、アルファはロードワークに出掛けた。私の右隣にエミルが座って私のペン先を追っている。左隣ではミアがラウ先生から預かった調剤法を黙々と読み耽り何かを書き出していた。既に私の領域外。仕方ないから私はいつも通りその日の復習に宿題を片付けていた。


「マシロ、そこはその引用じゃなくて……」


 でんっ!

 エミルがミアの作業の邪魔にならないように、そっと私に顔を寄せて口添えしてくれているときに目の前に本が置かれる。驚いた私たちが本が来たほうに顔を向けるとミアがぶすっとしたまま口を開く。


「その本の、二二三頁の第四項が参考になる」


 私とエミルは顔を見合わせたあといわれたとおりに本を開いた。ミアの指定したページは正にビンゴ。エミルも教えたかった内容だったらしく「うん、これだよ」と苦笑する。そのあとも次々とエミルの先回りをし口を挟む姿にエミルは小さく嘆息した。思わず「ごめんね」と私が謝罪してしまった。それにミアは不機嫌そうに眉を寄せエミルはふふっと笑いを零す。


「ミアはやきもち妬き屋さんだね?」

「っ! そうじゃない。私のほうが理解しているだけだ」


 まあ、次期種屋店主になる人ほど優秀な人物はそうそう居ないだろう。まあ、そうだねと目くじらを立てないエミルに申し訳なくなって私はついミアにお説教を始めてしまった。


「ミアは今ここに来ているのは、調剤時間短縮の方法を計算しているんでしょう? エミルは私の勉強を見てくれるために時間を割いてくれているの。だから、ミアは私のことは気にしなくて良いから今すべきことを」

「こんなの直ぐに出来る! 理解しているものが口を挟んで何が悪い」


 もういい! と業を煮やして、ミアは席を立つと怒ってその場を立ち去ってしまった。その後姿を見送ってしまった私にエミルが追いかけたほうが良いんじゃないかな? とやんわり声を掛けてくれるものだから、余計に私が悪いことをしてしまったような気になる。私は、ふぅっと嘆息して深く腰を降ろす。


「あとで良いよ」


 それより続きを、と机に向かうが当然集中出来ない。


「マシロ」

「うん」

「マシロが僕のことを心配してくれたのは分かるよ」


 にっこりとそういってエミルはいつものように優しく頭を撫で話を続ける。


「今出来ることは先にやったほうが良いよ。明日も多分変わらない時間が流れると思うけどその保障はないんだからね? それに集中出来ないんじゃ時間も勿体無いよ」


 エミルのいうことは分かる、分かるけど、でも同じように時間を割いてくれていたエミルにも申し訳ないような気がして私はどうしても立ち上がれなかった。

 エミルはそんな私の心境も酌んでか、ふわりと笑みを深めると頭を撫でていた手をするりと滑らせて一束髪を掬い上げるとそっと唇を寄せた。


「僕への謝罪はコレで十分。ほら、行ってあげて。今のミアはブラックじゃない。子どもだよ」


 私は結局エミルの笑顔に押されて立ち上がり、図書館をあとにした。

 道すがらミアを探してみたけれど見付からない。部屋に居るかもしれないと思ったけど居なくて……私は戸惑いがちに物置を開いた。自分の部屋の物置が別の部屋に繋がっているのは妙な感じだ。


 私は一歩踏み込めば馴染んだ屋敷に足を進める。書斎には居なかった。変わりにブラックの傀儡が居て聞いて見たけど「分かりません」と首を振られた。でもまぁ、ミアの行き先なんて寝室か、私の部屋か浴室。そんなところだろう。部屋数は多いけれど実際ブラックが使っている部屋なんて限られているしそう多くはない。

 そう思ったのにどこにも居なくて私は少し不安になった。


「っかしいなぁ……」


 一階フロアに下りて当てもなく廊下を歩いた。もう月が真上に来ている。あまり使われていないところでも私が暗いと騒いだから他の場所と同じように踏み入れば明かりが灯るようになっていた。今夜は月明かりだけでも十分そうではあったけど……と思いつつ、月見がてら窓によると、ようやく探し人を見つけることが出来た。


「―― ……こんなところに居たの? 探したよ……」


 さっきはごめんね? と続けた私を振り返ることなくミアは庭に据えてあるベンチや椅子を使うこともなく芝生の上にごろんとしていた。私は了解を得ることもなくその隣に腰を降ろしたが拒否はされなかった。


「あんなことするつもりなかった」

「え?」

「だから、あんなことするつもりなかったんだ。別にマシロが誰に教えを請うていても僕には関係ない。マシロがいうように僕は自分に必要なことをただ淡々とこなせば良かっただけなのに……」


 はぁ……と子どもらしくない細く長い溜息を吐いてミアはぼんやりと月を仰いでいた。


「マシロは僕を大切な人だといった。多分、十五年後の僕もそうなんだろうなと思う。屋敷に残る像を追うと分かる。僕の記憶する種屋とは雰囲気が随分変わっている。知っている種屋はこんな辺鄙なところにはなかったと思う。都の中心にあったのに癒されることのない哀しみが蓄積されていた……でもそれが種屋だ」

「ミアは種屋の店主に会ったことがあるの?」


 ぽつと訪ねた私を見ることなくミアはこくんと頷いた。


「一度だけ。たった、一度だけど会ったことがある。彼はふらりと蒼月教徒の僕らが暮らす屋敷にやってきて、多くのものが『ルイン・イシル様』と傅いたのにそれすら目に入らないというように、真っ直ぐに僕のところへやってきた」


 白い月青い月今ミアが見上げているのはどちらだろう。


「ひと言……君が次代の種屋です……そう、告げた……とても深く暗い海の底の色をした瞳で見詰めて……僕が七つのときだった」


 私は何もいえなくて、ただそこに座ったままだった。


「それから全て変わった。幾人か居た候補生はそのまま教団に残るか家に帰った。僕だけが残されてより多くありとあらゆる知識を詰め込まれた。それしかすることがなかったから、特に何かを思うことはなかったけれど……種屋は孤独なのだと知った」


 そこまでぽつぽつと殆ど独り言のように零したミアは、私を見てふっと瞳を細めた。私が良く知るブラックがよく見せる表情だ。


「だから、やっぱり信じられないな。マシロが嘘を吐くとは思わないし嘘を見破るのは得意なんだけど……僕が誰かを傍に置くなんて……種屋は、世界に必要とされ……それなのに世界から、あらゆる生命から疎まれ忌まれる存在なんだ。だから孤独でなくてはならない、僕が知っている店主のように」


 そんなことないよと口に仕掛けて、そっと押し留められる。


「忌まれる存在を増やす必要はない」


 ―― ……ああ……。


 種を飲む前のブラックはとても情が深くて暖かい子どもだったんだと実感した。ミアだって好きで種屋になったわけじゃない。どれほどルール違反であっても、嫌なら逃げただろうしその命を絶っただろう。ミアはきっとそういう手段が合ってもそれは選ばない。自分が逃げればきっと他の誰かが変わることになるのは分かっていたから。他の誰かが孤独になることをきっと誰よりも知っていたから。


「私はブラックが大好きだよ。疎んじたりしないし、異質さからいえば私も十分に異質だけど、孤独じゃないよ。ブラックが助けてくれたから。ブラックが皆と出会わせてくれたから……ブラックが何も持たない私に全てを与えてくれたんだよ」


 搾取するだけがブラックじゃない。私はそっと手を伸ばしてミアを抱き寄せた。僅かに身体を強張らせたミアは抱き返すことはしなかったけど、突き放すこともなかった。

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