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第七話:ある意味これはモツダイエット?!(1)

 翌朝「マーシーロちゃーん。がっこいこー」という、小学生並みのアルファの声に誘われて、私は部屋を出た。


 朝からアルファは元気だ。


 カナイは、見た目どおり低血圧なのか、微妙に不機嫌顔をしている。

 朝も昼も夜も関係ないように麗しいのはエミルだけらしく「おはよう」と穏やかな声を掛けられ、私もにこりと挨拶を交わす。


「可愛い髪留めだね? どうしたの?」


 そういってエミルは、そっと私の髪に手を伸ばし、昨日カナイに貰った髪留めに触れる。

 石かガラスかは分からないが、赤く透き通った素材を蝶の形に細工したものだ。とても綺麗で気に入ったし、カナイから出来る限り身に着けておくようにいわれたので、素直に実行した。


「昨日カナイに貰ったんだよ」


 別に隠すほどのことでもないから、素直に答えたのに、カナイには、瞬時に怒り出しそうな顔をされた。

 エミルは、笑顔のまま「そっか良かったね」と私の頭を撫でていたけど、アルファは「へー、あのカナイさんが、女の子にプレゼントですかー?」と、カナイを冷やかすように小突いていた。


 子どもみたいだ。


 それに素直に反応するカナイも同レベルだと思う。


「そういえば、エミルから初級階位にも女の子がいるって聞いたけど、どんな子?」


 でも、やっぱり貰ったのも嬉しかったし、それなりに感謝しているので助け舟を出してあげる。そう問い掛けた私に、アルファは「女の子ー?」と可愛らしく首を傾げる。

 そして、やや思案したあと、ぽんっ! と、手を打つ。


「エミルさん。あれは女の子じゃなくて、女の子の格好をした男ですよ」

「え? そうなの? 僕、実際に見たことないけど、そんな話を聞いたなと思ったのに」

「見たら直ぐに分かります。僕も班が違うのであまり縁はないですけど」


 私は二人の会話を聞きながら、そうなると本当に初級階位での女子は自分だけかと肩を落とした。

 異性に囲まれる逆ハーレムも悪くはないが、やはり私としては同性の級友も欲しいところだった。


「中級階位には居たよね?」

「ん? あー、居るな。きっついのが……アレに染まるのはよした方が良い」


 うんざりといった風に口にしたカナイに私は首を傾げた。

 寮棟から出たところで、アルファとカナイにくっついて行こうとしたら、私の手をエミルがすっと取って軽く引いた。

 どうかしたのか? と、見上げるとにっこりといつもの笑みを浮かべて「マシロはこっち」と促す。

 それに気が付いたアルファは「あとでね」とにこやかに手を振って去っていく。


「マシロは、まだ入学手続きを踏んで無いから職員室だよ。素養があるのは、見る人が見れば分かることだからそれほど長くは掛からないと思うけど」

「あ、じゃあ、場所だけ教えてくれたら私一人でいくから大丈夫だよ。エミルだって授業があるんでしょ?」

 

 みんなには、昨日からお世話になりっぱなしだ。

 自分で出来ることくらい自分で何とかしなければ! と、思った私に、エミルは刹那きょとんと目を丸めたあと、くすくすと笑って首を振った。


「駄目だよ。僕は、君の面倒を見ると決めたんだから。僕は、付いていかなくちゃ」

「え、でも」

「そういうルールなの。新入生の面倒は上級階位の誰かが請け負って見ることになるんだよ。誰が誰を見るかは自由だけど、マシロが嫌でないなら僕に任せて欲しいんだ」


 因みに、アルファとカナイ……他にも居るんだけどね、僕が面倒見ているんだよ。


 と、にこにこと付け加えたが、どう贔屓目に見ても、面倒見てもらっている感じだと私は軽く噴出してしまった。

 そんな私の反応にエミルは首を傾げたが、特に言及することもなく、納得したならそれで良いかと足を進めた。


 職員室と呼ばれたところは雑然としていた。


 並んだ机の殆どは、本と何かの瓶に埋もれ、どこで作業をしているのだろう? と思わずには居られない。

 数人の職員が顔を上げて、入室してきた私たちを見たが、立ち上がったのは一人だけだった。

 この場にそぐわず、長い萌黄色の髪を後ろで緩く束ね、涼しそうな面持ちにはモノクルを宛がった立ち姿も美しい人だ。


 歩み寄るエミルと私を手招きすると、そのまま別室へと案内した。


「今日は学長居ないからね。勝手に使っても良いですよね。ここが一番広く使えますし」


 それは片付ければ済むことではないか? と、思ったものの口には出せず、隣りの職員室とは全く違い整然とした学長室に置かれていた応接セットに腰を降ろすよう勧められ、私はエミルに促され腰を降ろした。


「ええっと、紹介状は」


 いわれて私は、昨日受付で提示したままだったことに気が付いて焦った。

 でも、隣りに立っていたエミルが直ぐに「持ってます」と答えて、すっと机上に広げた。

 暫らく、それを眺めていた教員は、興味深そうに「はーん」と、頷くと今度はまじまじと私を見詰めた。翡翠色の瞳は、私の何を見ているのだろう。


「カーティスがね、女の子が入学してきて君に任せたといっていたから、大丈夫だと思って様子を見に行かなかったんだけど、こんな面白そうな子なら私も初日からお近づきになっておきたかったですねぇ」


 首を傾げた私に「カーティスさんは受付に居たおじさんだよ」とエミルが付け加える。


「ああ、ごめん。自己紹介がまだでした。私はラウ=ウィル、生徒は大抵ラウと呼ぶから、君も同じで構わないよ。敬称は教諭でも教授でも先生でもさんでも様でも、君なら呼び捨ててもらっても良いですよー」

「ええっと、ラウ先生で……」


 いまいち彼のテンションに付いていけない。

 私は、恐る恐るそう答えるとラウ先生はホンの少し残念そうに「まあ良いか」と頷いた。

 そして、さっきまで手にしていた紹介状を懐に仕舞いこむと、変わりに一冊の手帳を取り出し立ち上がると背にしていた学長の机を漁った。


「どこにあるのかなぁ……インク瓶とペンは……と」

「卓上にありますよ」


 その眼鏡は飾りですか? と、いいたくなるほど、明後日なところを探していたラウ先生に痺れをきらせた。

 仕方なく、机の隅を指差して伝える。

 ああ、本当だ。と嬉々としてそれらを手にすると、元の席に戻ってきて最初のページを開くと「ここにサインして」と私に渡した。


「学長の印は、さっき私が勝手に押したし必要書類も適当に提出しといたから、これで終わり。まずは初級階位で様子を見てもらって、手に余るようなら進級試験も臨時に行うから安心してて良いですから。私も興味本位でからかいに行くので、そのときは相手して下さい」


 本音が駄々漏れだ。


「……あれ、これはどこの文字?」


 私が書いたサインを確認して首を捻った。


 つい、いつもの癖で、普通に日本語でサインしてしまっていた。

 焦った私に対し、エミルは特に何か問題があるようでもなくあっさりと「癖字です」いい切った。

 それは通じないのでは?! と、おろおろした私をラウ先生はちらりと見たものの、変わらず笑顔のまま「そっかそっか」と頷いてしまう。


「でもこれは身分証にも使うから、癖のない字で書いておいた方が良いね。あとで書き直しておくと良いですよ。エミルが付き合ってくれると思うけど、絵姿貼って仕上げといてね。刻印はそれが終わったらね。その他、質問事項はエミルに聞いてください。彼らなら大抵のことは知っていますから」


 今、何気なく『ら』と複数形になっていた。

 エミル単体では、あまり役に立たないのは周知の事実らしい。私はあははと笑いながら分かりました。と頷いた。


 


 失礼しました。と、職員室をあとに陽光差し込む廊下を歩きながら、私は少し凹んでいた。

 ぽつと「ごめんね」と謝罪した私に、エミルはその意味が分からずに首を傾げて問い返してくる。


「私、ここの文字書けなかったみたい。だからごめんね」


 まさか、癖字を信じてないよね? ラウ先生。と、続けた私にエミルはくすくすと笑いつつそうだよねぇと頷いた。


「でもラウ博士は信用に足る人物だから、別に問題ないよ。僕らが出来れば伏せておきたい。と、思った意図もきっと汲んでくれたと思う。それに、今のところ日常生活に支障はないし、大丈夫。まだ種が馴染んでいないだけだよ。通常より速い速度で身に付くと思う。教えてあげるから気にすることじゃない」


 エミルがのんびりと、穏やかにそういってくれると、本当に大したことではないような気がしてくる。


 でも自分の失敗は失敗。


 私は曖昧に微笑んで「ありがとう」と答えた。


「それから、その、エミル……私、自分で歩けるから大丈夫だよ」


 じ……っと繋がれたままの手を見詰めてそう付け加えた私に、エミルは「そうだよね」と、同意しながらも一向に離す気はないらしい。


 私が、だからと重ねようとしたがそれは遭えなく遮られる。


「マシロが嫌じゃないならこのままで良いよね? この方が安心安全だし、急にどこか消えたりしないでしょ」


 因みに、突然此方に落ちて来はしたがまだ消えたことはない。


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