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―後編―

「でも、珍しいよね? ブラックが出てくるなんて」

「ああ、はい。少し雲行きが怪しかったので釘を刺して置こうかと……」

「……? まだ雨季でもないし今日は降らないと思うよ?」


 茜色の空を見上げるとうっすら色付いた雲が流れていくだけだ。この調子なら明日も間違いなく晴れると思う。私の疑問に「マシロは本当に呑気ですよねぇ」と呆れたように口にしたがブラックがそれ以上そのことに応えることはなかった。


「それで? さっきの話がくわーしくお聞きしたいのですが?」

「さっきの話?」


 首を傾げた私にブラックは少し拗ねたような表情を見せた。それに何の話か頷けた私はやや迷ったがこうなったらいわないと解放されないだろうと説明した。


「詳しくも何も、エミルに告白されてそれを受けられなかっただけだよ。それに、その時はブラックと恋人? 関係じゃなかったし、問題ないでしょ?」

「どうして、恋人のあとに疑問符が付くんですか。なんだか凹んできました、だから今夜は帰しません。屋敷に戻りましょう!」


 どういう展開なのか道端で人をがっつり抱き締めたブラックに赤くなる顔を隠して暴れる。明日は普通に授業があるし、このまま寮に戻らなかったらエミルとカナイが私を探しに出る可能性だってある。今日の予定に種屋に戻るのは入ってない。ケータイとかの通信手段がないのはちょっぴり不便だ。


 


 そのあと、ブラックを何とか説得し、納得したかどうかは分からないけど私は寮に戻ることが出来た。とりあえず戻ったことをカナイたちの部屋へ伝えに行くとアルファへのお土産を口に入れられた。それでもまぁ今日が無事に終わったことに胸を撫で下ろし、夜は普通にベッドに入ったのに、想像以上に疲れていたのかもしれない。

 

 翌朝盛大に寝坊した。


 扉をノックする音と、少し心配そうなエミルの声で目が覚めた。

 私は本当に跳ねるように起き出して慌てて戸口に立つ。ほんの少し扉を開けて寝坊したことを告げた。いつもならそれで終わるのに珍しくエミルは扉に手を掛けて開くと短く謝罪してからするりと部屋に入ってきた。パジャマなのと髪に少し寝癖が付いているだろうくらいだから問題はないけど、どうしたんだろうと首を傾げながらも皆が遅刻してはいけないから先に行っておいて欲しいと告げるともうカナイとアルファは教室に向かったらしい。


「エミルも先に行ってて良いよ」

「うん、でももう少しだけ……」

「そう? じゃ、じゃあ、私急いで準備するから」


 身支度の為に浴室へと駆け込もうとしたら、ぐいっと手を引かれた。どうしたのかと問う隙もなくエミルに抱き込まれる。え? ええ? っと動揺して暴れるとエミルの手に力が篭って完全に逃げられなくなった。


「急いでるのは分かってるんだけど、少しだけ……」

「え? あ、うん……」


 耳元で紡がれる声に肩を強張らせ、そこに集中しちゃ駄目だときゅっと瞳を閉じる。


「昨日みたいなのは、もう、やめて欲しいんだ」


 ほんの少し掠れたような声で続けられ、私は「え?」と間抜けな声を出した。


「キリアに何を吹き込まれたのかは分からないけど、大抵想像付くよ。でも、マシロも酷いよ……僕が君に誘われてどれだけ嬉しかったか分かる? 何かあるだろうなとは思ったけど、でも、素直に嬉しかったんだよ」


 ぽつぽつと零れてくるエミルの声で完全に身体の緊張は解け、変わりに申し訳なさで胸がぎゅぅっと苦しくなる。私は、エミルの気持ちを軽く見てしまって……


「だから、正直傷付いた。気持ちが切り替えられない僕が悪いんだけど……僕自身の問題なんだけど……ごめんね、マシロ。僕はまだ君が好きなんだ」


 私はエミルを傷つけた。


「……エミル」

「駄目。駄目だよ。いわなくて良いよ、分かってるから……だから、ごめん。ちゃんと割り切ってるつもりなんだ、でも、もう少しこのままで……時間が欲しいだけなんだ……」


 そんなに泣きそうな声で謝罪を重ねられたら、私は頷くことしか出来ない。

 エミルは、ふふっとほんの少し寂しげな笑みを零し、もう一度腕に力を込めると「ありがとう」と告げた。

 何もいえない私の身体に回した腕の力をゆっくりと解くとエミルは離れ際こめかみに軽く口付けて「本当に遅刻するから急いで」といつものように木漏れ日のように優しく微笑んで私の頭を撫でると部屋を出た。

 私は暫くエミルの唇が触れたこめかみを押さえて、閉まってしまった扉を見詰める。


 もしも私がエミルの立場だったら……そう思うと胸が苦しくて堪らなかった。じわじわっと沸いて出てくる涙が止まらなくて私はごしごしと乱暴にパジャマの袖で何度も拭い遠ざかった足音に何度も詫びた。


 


 

「―― …灸にしては据えすぎじゃないか?」

「盗み聞きは良くないよね。まぁ、確かにちょっぴりマシロには可哀想だけど暫くは猛省してくれる。何? それともカナイは夕べよりもーっときっついことされたいんだ?」

「……あーっ、いや、うん。ハンセイシテマス」


 エミルは陽の当たる廊下をのんびりと歩きながら隣に並んだカナイに軽口を叩き肩を竦める。そしてやや沈黙したあと、窓から差し込んでくる陽光に瞳を細めてぽつりと呟く……。


「それに、本当のことだから……」

「あ? なんて?」

「……何でもないよ」


 にこりと次の言葉を遮るようにそう締め括ったエミルにカナイは曖昧に返事をして、あとは黙した。

 今日も一日穏やかな天気に恵まれるだろう。

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