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(4)

「私の恋人をところ構わず口説こうとするのやめてくれませんか?」


 私から表情は窺えないがほんっとうに不機嫌そうな声でそういったのは、待ち人のブラックだ。私とエミルの間に無理矢理割り込んだ。


「僕は常に自分に正直なだけだよ。大体、君が居なかった方が悪いんだしね?」

「マシロもマシロです。そんな可愛い顔してたら誰に何をいわれても文句はいえませんよ」


 ……それは私にどうしろというんだろう?

 大体そんな馬鹿な風に見えるのは、ブラックの目がオカシイからだ。


 私の方へ振り返ってそういったブラックに私は眉を寄せた。

 そんな私の不機嫌顔は全く気にならないのか、ブラックの標的は私の膝の上のアルファに移ったらしい。

 瞬間的にブラックは顔から穏やかな表情を消し去り、すぅっと纏う空気を変えると、殆ど同時に私の膝が軽くなった。


 ―― ……キ……ン……。



 目の前で鋼が鈴のような音を出す。

 つぅっと冷たい汗が頬を伝う。


 ブラックの殺気に反射的に反応したアルファが抜いた刀身が、私の目の前で月の光を浴びて鈍く光を放つ。

 その剣戟を杖の柄で簡単に受け止めていたブラックは、それをぽいっと軽く弾いてアルファを睨みつけた。アルファはさっきまで寝ていた人とは思えない好戦的な笑みを浮かべている。


「無駄に殺気を出さないでくれない? 折角気持ちよく寝てたのに」

「寝る場所を選んでいただけますかねぇ? 貴方も犬死はしたくないでしょう」

「へぇ、やるんだ?」

「やりますか?」


 改めて剣を構えたアルファとブラックを前に迷っている暇はない。

 この二人、直ぐに殺し合いを始めてしまう。


「ストップ、ストップ、ストーーップ!!」


 勢い良く立ち上がると、膝が痺れていた。

 よろっと体勢を崩しそうになると慌ててブラックが、とふっとその腕の中へ引きこんで支えてくれる。見上げて「ありがとう」と微笑めば優しく瞳を細めてもらえる。

 ついさっき、殺気を放っていた人とは思えない。


「二人とも落ち着いて、今日はそんな日じゃないでしょう」

「そうだぞー、そんな日じゃないぞ。お前らは片付けをサボった上に騒動を起こす気か」


 私が皆までいわないうちに台詞はゆらりと現れたカナイに取られた。

 カナイにいわれて改めて周りを見ると、みんなもうそれぞれに捌けてしまっていた。だからブラックが出てきたんだな。と怒るカナイを他所にそんなことを考える。


「あ、相変わらず、カナイさんは片付けの手際は良いですよねぇ。普段の不器用さはどこへ行ったのか惚れ惚れします」


 アルファ、一言多いよ。


「惚れ惚れしなくて良いんだよ、ぐーすか寝こけてんじゃなくて手と足を動かしやがれ!」


 カナイの怒鳴り声と同時に、どんっ! と稲妻が落ちてきて地面を焦がす。

 アルファは反射的に避けたが「逃げんなよ」というカナイの低い声と同時に、どんどんどんっ! と連続で雷が落ちてくる。


 カナイとアルファの追いかけっこが始まってしまった。


「カナイ酔ってるね?」

「うん、多分。機嫌良く飲んでたからね」


 私の呟きに答えてくれるのはエミルだ。

 エミルだって同じだけサボっていたと思うけど、カナイの目にはエミルのサボりは映らないらしい。


「マシロも飲んでますね。シャンパーニュですか? 良い香りです。キスして良いですか?」


 いって顔を寄せてきたブラックの顔面をとりあえず両手で押し離した。その手のひらを舐めたから、がつっ! と反射的に手が出てしまった。

 閃光のような剣戟を簡単に受け止められるブラックも、私の攻撃は相変わらず適当に受けてくれる。酷いです。と頬を擦ったブラックにエミルがずいっと空いたグラスを差し出した。


「飲むと良いよ。気が済むまで。マシロが飲んでいたのはもう僕が空けちゃったから、新しく開けるしかないけどね?」

「み、みんなで飲んだんだよ」

「良いですよ。貴方も飲み足りないようですし、それとも王子様はもうお休みの時間ですか?」

「良いよ、飲もうか? ここにケースであるからね」


 ……こいつら、私の話を全く聞いてない。

 エミルはエミルでどこからそのケース持ってきたんだ。


 ――― ……二人ともアルコール中毒で倒れてしまえ。


 私をそっちのけで飲み比べを始めてしまった。そんなブラックとエミルを横目に、私は再び桜の木の根元に腰を下ろす。


 見上げるといつもは降ってきそうな星空が広がっているのに、今私の視界に広がるのは花の海だ。

 ほんのりピンク色の花弁は月の光を浴びて白銀に煌いている。


 こんなに綺麗なのに、それも見ないで飲み比べしている二人は馬鹿だ。


「ほら」


 一足先に戻ってきたカナイが、グラスを渡して隣に腰を下ろし同じように空を仰ぐ。


 私は受け取ったグラスの中身に口をつけるとお茶だった。

 すっきりした飲み口がすぅっと身体の熱を冷やしてくれる。グラスに浮かぶ花びらが凄く綺麗だ。


「これ、何?」

「花茶。夢見草の花を塩漬けしたものだ。お前花に拘ってたから、あったほうが良いのかと思って」


 わざわざ用意してくれたんだ? と意地悪く突っ込んだ私にカナイは「ついでだ」と眉を寄せた。カナイは素直じゃないけど、こういう心遣いは嬉しい。

 私はふふっと笑いを零してごくんっともう一口花びらと一緒に飲み下し一息吐いた。


「アルファは?」

「そのうち戻ってくるだろ? 飲んで暴れたからそこらへんで潰れた」

「カナイは?」

「俺? 俺は術連発したからすっきりした。まだ飲んでも良いけど、あの様子じゃエミルが潰れるだろ?」


 顎で飲み比べしている二人を指してそういったカナイに、私は乾いた笑いを零した。あまり飲んでいる姿を見たことはないけどブラックがお酒に弱いとはとても思えない。

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