(3)
そんなわけで、わいわいとみんなで騒いで日も暮れて……何でこんなことになったんだろう? と思ったけど、結果的にはみんな楽しそうだし良かったのかもしれない。
でも、こんなにたくさんの人で賑わってしまっては、確実にブラックは姿を見せないだろうな。
私は曖昧な笑みを浮かべてふぅと一息吐いた。
アルコールで少し火照った頬に風が当たるととても心地良い。
お腹いっぱーいと戻ってきたアルファは私の膝で寝てしまった。
私が着ていた上着をアルファに掛けて上げようとしたら、エミルが傍にあった誰かのひざ掛けをぽすりと広げて乗せた。
「ありがと」
「良いよ。温かくはなったけど夜は少し冷えるからね。アルファのためにマシロが体調を崩したなんて駄目だよ」
「でも、アルファってお酒が弱いの? ああ、私と一緒でこれが初めてか」
日の光を紡いだような金糸を撫でるとふわふわと指に絡み滑り落ちていく。
綺麗な髪だ。お日様の香りがする。アルコールの香りもね。
そんな私の隣に腰を下ろしたエミルはまさかと笑った。
「アルファは王宮勤めをしていたからね。ああ、今もそうだけど。飲む機会はかなりあったと思うよ。そのお陰か物凄く強いよ。樽酒飲み干したあとでも一戦交えられるくらいにはね?」
「……樽……」
人は見かけによらない。
この愛らしい天使のようなアルファが酒豪。
「綺麗だね」
不意にそう呟かれ、私は膝の上のアルファのこと? 何のこと? と疑問符を浮かべたけれど、隣りを見るとエミルは、ほんのり朱に染まった顔で夜空を仰いでいた。
―― ……桜のことか
そう納得し、私も同じように空を仰ぐ。
見上げた視界には一面の桜。
その間を縫う空には変わらず二つの月が仲良く並んでいる。
遠くではそこいら辺で寝てしまっている人をエルリオン先生が回収している。
「片づけが終わっても少しだけ残ろう?」
見上げていた首が痛くなって顔を戻すとエミルにそう声を掛けられる。
私はエミルの誘いに過剰反応をしてしまい挙動不審気味に「え、い、いや、夜も遅いし」と慌ててしまった。その様子が可笑しかったのかエミルはくすくすと笑って「違うよ」と口にする。
「確かにマシロと二人で抜け出したいのは山々だし、魅力的な話だけど、そうじゃなくてブラックがまだ来ていないの気にしてるみたいだから」
綿飴みたいにふんわり柔らかな笑みを浮かべてそういってくれるエミルに、真っ赤になってしまった。勝手に勘違いをした上に、それを見透かされてしまうなんて居た堪れない。
「あ、ああ……有難う」
と返して、こほんっと小さく咳払い。そして、逃げるように視線をすやすやと無防備に膝で眠るアルファに戻して呟く。
「来ないだろうな。とは思ってたから平気だよ。あとで謝っとくし」
もっと少人数でしっとりやるつもりだったんだけど……と本当に小さな声で繋いだつもりだけど、エミルにはばっちり聞こえていたようで、困ったような微笑を浮かべた。
「別にこれはマシロのせいじゃないよ。マシロの人徳? 直ぐにコレだけの人間が集まるんだから凄いことだと思うよ」
「うん。有難う。だと、良いんだけど……というか知らない人の方が多いんだよ?」
「ああ、僕も初見の人が多かった」
お互いに同じ言葉を重ねてくすりと笑いあう。
気が緩んでしまって
「でも、やっぱりブラックも楽しみにしてるっていってくれてたから、悪いことしちゃった」
零した愚痴のような台詞に溜息。
普通なら眉を寄せてくれても良いのに、エミルは何もいわずによしよしと、私の頭を撫でてくれた。その優しさに胸がきゅっと苦しくなる。
エミルって絶対モテると思うんだけどな。
カナイがモテるのよりずっと頷ける。
王宮では籠の鳥だったのかな? 出てきても図書館じゃ同性しかいないし、縁がないってこういうのをいうのかも知れない。
「どうしたの? 急に静かになって、僕のことでも考えていてくれた?」
「え? あ……! ああ、うん」
突然掛かった声に肩を跳ね上げて、驚きつつもつい流れ的に頷いてしまった私に、エミルも少し驚いたようだ。私の頭に触れていた手を離して、首を傾げ無言で「どういうこと?」と続きを促している。
「い、いや、大したことじゃないよ? エミルって絶対モテると思うんだけどなーって考えてたんだよ」
わたわたと口にした私にエミルは「ああ」と頷いて、ふふっと笑みを深めた。
「有難う。じゃあ、僕はマシロには好印象に映ってるんだね?」
嬉しいな、と続けて瞳を細められると、かーっと体中の体温が上昇してしまう。
熱い。
私って薄々そうじゃないかとは思っていたけど、面食いだよね。
「わ、私だけじゃなくて、みんなそう思ってるよ。エミルの方こそ人望があるというか人徳があるんだと思うし」
「そうかな? 僕はマシロだけに興味持ってもらえれば十分なんだけど」
にっこり笑顔で伸びてきた手に、びくりと、肩を強張らせると膝の上のアルファが寝苦しいというように唸ってしがみついてきた。
反射的に謝るとエミルの控えめな笑い声が聞こえる。
からかわれたのだと気がついて、一言物申そうと思ったら私の視界にエミルが入らなくなった。