(2)
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準備をしている間に噂が広がって……
「これは何の祭り?」
という賑わいになってしまった。火をつけたのは確実にラウ先生だ。
「……花見なんだから、花祭りだろ? 俺に振るなよ」
呆れたように、それでもやっぱり人が良いのできっちり答えてくれるカナイに「なるほどー」と、ラウ先生風に頷く。
私の物まねが微妙だったのか、カナイが苦い顔をするが気にしない。
『なるほどー、花見ですか。良いですねー。酒盛り』
『いや、だから、花見です。酒盛りじゃなくて』
『そういうのは人数が多いほうがきっと楽しいですね。仕方ありませんねー、私が声を掛けておきましょう』
「あの人って本当に人の話を聞いてないよね。というか頭から聞く気ゼロだよね?」
私は勝手に盛り上がったラウ先生の様子を思い出して、深い溜息を一つ吐き肩を落とした。
週末。
午前中の授業が終わってから準備をして、夕食時の集合だったが、優に二、三十人くらいは集まっている。
場所は王都から出て直ぐの桜並木を陣取った。
カナイが少し広めに場所を取り結界を張ってくれたので、夜になっても何かが襲ってくることはない。アルファの話ではこんな王都の近くで何かが出るようなことはないよ。と笑っていたけど、私が怯えるから念のためと施してくれたのだ。
そういう面倒を惜しまないでくれるのはありがたいなと正直思う。
恥ずかしくて照れ臭いから、口にはしないけど。
「ラウさんは自由人だからなぁ」
一番大きな桜の木の下を陣取って腰を下ろしていた私は、準備完了と同時に自分の用事は終わったとばかりに手酌酒を始めていたカナイと雑談する。
集まったメンバーは半分は知っているが、半分くらいは知らない顔だ。
アリシアを中心に囲んでいるところからアリシアの友人――と括って良いのかはわからないが、その関係だろう――そして全く面識がないし興味もないといい切ったエミルはアリシア親衛隊? に掴った。
きっと今あの輪の中心で絡まれているのだろう。
お気の毒様だ。
アルファは、嫌々ながらも出てきたシゼにあからさまに絡んでいる。
あっちはそのうち助け舟が必要な気がする。
「そういえば、みんなラウ先生には一目置いてるよね。何者なのあの人」
「んー? 何者っていうか王宮からエミルを出した人だよ。あの人はかなり高位の貴族で、親は今の王の執政をしてるんだ。ラウさん自身もかなりの素養を持った人だから、王子王女の教育係を一手に担っていたらしいぞ? 俺あんまりあの人に詳しくないけど、クセのある人だよなぁ」
くぴっと手にしたお酒を口にしながらしみじみと答えてくれる。
凄い人というのは、分かっていたけれど、名実共に凄い人だったんだなと改めて実感。そうなんだ……と頷こうとしたところで……
「嫌ですねぇ。こんなところで噂話ですかー?」
にゅっと突然背後から腕が伸びてきた。
その腕に捕まえられたカナイは、素直に含んでいた酒を噴出す。正面に居なくて良かった。ぶっ! なんて出来るのは漫画とカナイだけだ。
ごほっごほっと咽ているカナイには悪いが、私はすすっと二人から距離を取る。
巻き込まれたくない。
それなのにカナイをあっさり「勿体無いことしてはいけませんよ」と窘めたあと「マシロさん」と呼び止められ、そっと両手でグラスを握らされる。
「私のことが気になるんですか? 貴方がもう少し大人になったら、教えてあげますよ」
にっこりと妖艶な笑みを浮かべる。意図せずほわりと頬が熱持ってしまう。
本当に綺麗な人だ。
桜の木の下にいるせいか、先生の萌黄色の髪が葉桜の頃を思い起こさせる。
思わず先生に見惚れている間に、空のグラスにとくとくと黄金色の液体が注がれた。
細かな気泡が浮かびとても綺麗だ。
「あまりお酒に慣れていないと聞きましたから。シャンパーニュです。甘口ですから美味しいですし、飲みやすいですよ」
「あ、ありがとうございます」
どうぞどうぞ。と、勧められ、私はそっと口をつける。
先生のいう通り、飲み口が甘くてジュースの延長線上のようだ。でもしっかりアルコールが入っているのか、喉元を通り過ぎ胃の中に落ちると身体がじわりと熱を持った。
「私はマシロさんの話を聞きたいですねぇ。異世界ネタには興味があります。んー……あぁ、それは秘密でしたね。秘密の多い女性は魅力的ですよ」
ふふふっと笑って綺麗に整えられた指先でこつんっと口元を弾かれる。
この人……もしかしなくても酔ってる?
私の疑問に答えを出したのは傍で傍観していたカナイではなくて、私の背後から伸びてきた腕だった。だからどうしてみんな、人の背後から出てくるのか私には分からない。
驚きに肩を跳ね上げると、グラスの中の液体が揺れる。
こ、零れなくて良かった。
「絡み酒は良くないですよ。ラウ。貴方は生徒が騒ぎを起こさないように監督しておく役目でしょうに、マシロさんも迷惑していますよ」
「エル……私は別に絡んでない。マシロが、私を離したがらないだけ、で……」
「酔ってますっ! 先生は酔ってます! 私は何も」
人の両肩に腕を乗せようとしたラウ先生の首根っこを、エルリオン先生は簡単に捕まえて「お邪魔しましたね」と爽やかに去っていった。
どっと疲れる。
「……エルリオン先生ってラウ先生の扱いに慣れてるよね」
「そうだな」
「ていうか助けてよ」
「お前も助けなかっただろ?」
「………」
カナイはいつも正論だ。