(1)
**ここから改稿作業再開中。章やら何やらずれていたらすみません**
―― ……私がこの世界を選んでからどのくらい経っただろう?
季節は巡って今は多くの花が咲き誇る、暖かくて柔らかな季節だ。
つまりは春。
とても過ごしやすい季節だと思う。
「あれって桜?」
休日は大抵、辺境の町で過ごすようにしていた。
王都をブラックとふらふらすることもあるけど、やはりブラックはいろんな意味で目立つ。
だからのんびり過ごすには都を離れたほうが良いし、何より来客があることが多いから都合が良いのだ。
私はブラックの書斎の窓を開け放ち、風に書類の束が呷られているのも気にすることなく、遠くに見えるピンクに色づいた木を指差す。
ブラックはそれを特に怒ることもなく、机上の書類を手で押さえ首だけこちらに向けると「ああ」と頷いた。
「あれは夢見草といいますよ。丁度、今は夢見月の終わりですから夢見草が満開です」
「夢見草。綺麗な名前。あれ、図書館の庭にもたくさんあるけど桜だと思うよ」
「そうなのですか? 私は花には詳しくありませんがサクラですか? 美しい響きですね。ではそう呼ぶことにしましょう」
いってブラックは風が静まると腰を上げ、私の背後から静かに窓を閉め顔を覗き込んできて、にっこりと微笑む。
この世界の人は名前に拘りがない。
自分の名前だって気分が変わればあっさりと改名してしまう。
生れ落ちたときに受けた名を一生使わない。
なんて人も今目の前に居る。
私は赤くなる顔を逸らしてワザとらしく咳払いすると、するりとブラックの腕から逃げてさっきまでブラックが座っていた椅子に腰掛け、キィキィと揺らした。
「今度お花見しよう。桜が咲いたらお花見。これ常識だから」
こっちの常識は知らないけど、こんなに良い天気で、こんなに沢山花で溢れているのに部屋に引き篭もっているのは良くない。
「……花見? 花を見に行くことですか? 今の季節ならどこからでも見られますよ? ここは田舎ですからね。そこかしこに大量に」
「ちっがーう! 全然違うのっ! 花見っていうのはね! いうのは……ええっと……」
がたん! と、立ち上がり力説しようと思ったが私はやめた。
急な行動にブラックの耳がぴんっと立ち表情は可愛らしくきょとんとしている。
―― ……可愛い。可愛い可愛いっ! 猫耳万歳。
思わず伸ばした手に合わせるようにブラックは、仕方ないなと腰を折ってくれる。
ブラックの細くて柔らかい髪にふわりと暖かな猫耳。
これ以上の癒しはない。
「次の休日の前はお花見しよう。どうせブラックは夜になるでしょう? エミルたちとどこか見繕っておくよ。私を探してきて?」
「良く分かりませんが、楽しいことなんですね? マシロが嬉しそうなので私は賛成です」
二人きりでないのは残念ですが……と微笑むブラックに私は「大勢の方が楽しいんだよ」と締めくくった。
***
図書館に戻って直ぐ私は、中庭でのんびり過ごしていた三人を掴まえた。
この三人。
仲は良いと思うけれど、いつも一緒というわけではない。でも今日は一緒に居てくれた。
これも神のお導きだ。
「……と、いうわけでお花見をしたいと思います」
「一応聞くが、何がというわけなんだ?」
そして、何の前置きもなく提案した私にエミルは優しく「良く分からないけど、マシロがやりたいことなら」と微笑んでくれ、アルファはごろごろりんっと中庭の芝の上に転がって話半分。
やっぱり突っ込んでくるのはカナイくらいだ。
「お花見っていうのはね」
私の思うお花見を力説したらカナイは、ふんふんと頷きながらちゃんと聞いてくれ、そして最終的に
「ようするにだ、花の下で酒盛りするわけか?」
「ピクニックみたいなもの?」
「あ、じゃあ、おやつもたくさん持っていきましょうね!」
あってるのかどうか微妙な結果に終わった。
「お酒はまだ駄目でしょう?」
呆れたように口にした私に、エミルとカナイはどうして? という風に首を傾げる。
アルファも寝転がっていたのに、ぴょんっと器用に跳ねるように起き上がって「どうして?」と可愛らしく首を傾げた。
「え? だって、私たちまだ未成年でしょう? 子どもはお酒飲んじゃ駄目だろうし」
「……女性に年齢を聞くのはどうかなと思うから聞かなかったけど」
口にしつつやっぱり聞き難いのか、エミルはカナイの脇腹を小突いた。
カナイはいやいやながらも言葉を繋ぐ。
「お前いくつだよ?」
「は? 私は、ええっと……こっちでは良く分からないけど、向こうでは十七歳の誕生日まではいて、季節が巡れば十八になると思うんだけど……」
適当に指折り答えたらカナイは「なら問題ないな」と頷きエミルが口を開く。
「カナイは十九だし、僕ももうそろそろそれに追いつく。アルファも十七になる……」
「なったんですよー! エミルさんっ」
エミルの話を遮って口を挟んだアルファに、エミルはくすくすと笑って話を続ける。
「……らしいから。シル・メシアでは十七で成人だよ。標準的には七歳で道が決まってそこから十年だからね。早い人も遅い人もいるけど大抵は十七を超えたら大人」
私のほうこそ今まで機会がなかったから聞かなかったけど、そうだったんだ。てことは、ブラックは幾つなんだろう?
「種屋の個人情報は殆ど流出しないからな。本人ぐらいしか知らないと思うぞ? 知りたい奴がいることもないだろうしな」
「もしかして、顔に出てた?」
人の心を読んだように口にしたカナイに眉を寄せ問い掛けると、カナイは呆れたような笑みを零して「駄々漏れ」と肩を竦めた。