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第六話:動物耳は基本装備?(2)

「逸れた」


 当たり前だ。


 これだけ人が居て、慣れていない人間に着いて来い。というのが、無理なんだ。エミルみたいに手くらい繋いでくれれば迷わなくて済んだのに。


 いや、繋ぎたいわけではないけど、あの無愛想男とは……。


 その内、私が居ないことに気がついて、探してくれるだろうと踏んだ私は、基本混み合っているのは夕飯時のためか食材を並べている辺りだ。それを抜ければ、それほど歩くに困ることはない。


「あ、可愛い」


 私はアクセサリーや宝石箱、小物の類が並ぶ屋台に目をつけて、キラキラ輝いていたり、凝った装飾がしてあったりする物をまじまじと見詰めた。


 カナイが選ぶものは、基本的にシンプルなものが多かったが、特に文句もなかったのでそのままにしたものの、少しはこういった可愛らしい物も欲しい。


 ―― ……借金まみれの私には、過ぎた贅沢なのかなぁ?


「どれか気に入ったのがあるかい?」


 声を掛けられ顔を上げると店主と目が合う。


 オレンジ色の猫耳がついてる……きっと珍しくないんだな。気さくそうに声を掛けてくれるまだ若い店主に私は首を振った。


「気に入らない? 全部オレが作ったんだけど? お嬢さんはどういうのが好みなの? 聞かせてくれたら今度作ってきてあげるさ」

「いえ、そうじゃなくて、どれも可愛いと思います。でも、ごめんなさい、私お金持ってなくて」

「じゃあ、後ろの不機嫌そうな、彼に買ってもらえば良いじゃない?」


 にこにこと愛想良くそういわれて振り返ると、丁度、カナイが追いついて来たところらしい。


 難しそうな顔をしていたので、開口一番怒られるかと思ったけど私の予想に反して「何か欲しいのか?」と、私が眺めていた小物に目を落とした。


「あ、いや……ううん。行こうか?」


 首を振った私に、カナイは眉を寄せると今度は店主に「どれだ?」と訪ねると店主はアレとソレっすねと指差した。


 確かに私が珍しいなーと思ってみていた鏡と櫛だ。


 微妙に装飾過多な気もするが、派手になりすぎていないところが凄いなと感心したのだ。カナイはふーんと相槌を打って、それ以外の商品にも視線を走らせた。


「お! あれ魔法石じゃないか? 魔法石の加工も出来るのか? 腕が良いんだな」


 カナイって見た目に寄らず人付き合いが良いのか、店主と簡単に打ち解けてしまった。

 そして「じゃあ、それも一緒で幾らだ?」とあっさり口にしたカナイは、店主が提示した金額をさっさと支払って商品を受け取るとそのまま私の腕に乗せた。


「え、カナイこれ」


 見間違いじゃなければ、お金を出したのは私が預けていた財布からではなかったような気がする。


 それに値段の交渉も一切無しだった。

 今まで散々まけさせていたくせに。


 次いくぞ。と、踵を返したカナイを小走りに追いかける。足が速いんだよっ!


「受け取れないよ」

「お前俺にそれを使えと?」

「……いや、それはちょっと気持ち悪い」

「だろ? 素直に受け取っておけ。さっき泣かせた侘びだ。別に俺は間違えたことはいっていないと思うが、お前を泣かせたのは事実だ」


 意外と律儀な奴だ。


 

 ***



 そのあとギルドの事務所に出向いて登録をしてもらった。

 本当は学生証がいるらしいのだけど、カナイが親しいのか「ま、いいか」で済まされた。


 かなりアバウトだ。


「テト! 凄いよっ! カナイが彼女を連れてきたよ」

「本当だね、テラ。明日は槍でも降るかな?」


 ギルドはウサギ耳の双子が切り盛りしていた。


 やっぱり動物耳には突っ込んではいけないのか特に珍しいわけじゃないんだろう。

 物凄い珍しいけど。重ねて物凄い可愛いけど。


 ギルドにはランクがあって、それによって受けられる依頼が決まるらしい。私は、スキルも何もないのでEランク。

 一番下だから物凄い簡単な依頼しか受けることが出来ないし、必然的に謝礼も少ない。しかしまあ、ゼロよりましだ。


「マシロか、うん。覚えたよ。何せカナイが連れてきた子だからね!」

「困ってるんだね! 任せてよっ! 優先的に仕事回してあげるから!」


 二人ほぼ同時に口を開くため、奇跡のサウンドを耳にしているようだ。

 長く聞いていると、酔いそうだ。


 エミルとアルファの収穫も大量で、暫らく着る物に困ることはなさそうだ。


 エリスさんというのは、道具屋の店主さんらしく、清楚で可憐な雰囲気の淑女で趣味は料理と裁縫らしい。どこまで完璧なんだろう。


 絵に描いたような女性像に私は少々引いた。


 一通りの買い物を済ませると、すっかり日は暮れていて、また一日終わってしまった。


 殺風景だった部屋の中も、一通りの生活用品も揃ったし特に困ることもなさそうだ。

 寮とはいえ、充実しているのかミニキッチンにユニットバスも付いていた。


 聞いたところによると、大浴場もあるけど女の子が極めて少ないせいで、混浴状態だから入っても良いけど入っているのを見たことないということだった。


 うん。私も入ることはないだろう。


 ごろりとベッドに横になりぼんやりと天井を見上げる。

 この世界のあまりのリアルさに、もう私自身、夢なのか、現実なのか、良く分からなくなっていた。因みに基本中の基本。頬を抓るという行動はとってみたが痛かった。


 半日移動して、半日買い物やら慣れないことでばたばたして、今日もぐったりだ。直ぐに襲ってくる睡魔と闘いつつ、私はぼんやりと帰るべき場所のことを思った。


 私は、普通科高校に通っていた極普通の学生だ。


 家族は五人で、上に優しい兄と、下に口うるさい小姑のような弟がいた。 

 家族仲も特に悪くはないと思う。成績だって、普通くらいだと思うし……友人関係も上手く築いていたと思っていた……けれど、これは失敗していたようだ。


 今、思い起こしても胸が苦しくなる。


 私はただ、ユキの恋愛相談に乗ってあげたかっただけだ。


 力になってあげたかっただけなのに、二人を繋ぐつもりが、あの馬鹿が告白してきたのは私だった。

 全くそんな気はなかった私は、初恋の相手に散々な思いをさせられたせいもあって、恋愛なんてごめんだと思っていたから直ぐに断った。

 でも、ユキにどう伝えて良いか迷っているうちに、彼女の耳に入ってしまったのだろう。


 私は裏切り者になった。


 つぅっと意識せず涙が目尻から零れた。


 いつもなら三人で、わいわい喋りながら帰っていた帰り道を、私は一人で歩いていた。このまま帰宅すればお兄ちゃんが心配し、郁斗が笑い飛ばすだろう。

 そんな情景が脳裏に浮かび、私は真っ直ぐ帰る気にはなれなかった。だから、近くのお宮にあるブランコに腰を下ろし、ぼんやりと茜色の空を仰いでいた。


 こつんっと足先に何かがぶつかったのに気が付いて下を見ると、ビニールボールがぽんぽんぽん……と転がっていくのが目に止まった。


 近所の子どもが遊んでいるんだろうと、ブランコから降りて私はそれを追い掛けた。


 丁度、ご神木の根っこに挟まったからそれを拾い上げようとして膝を折って……あれ? そのあとどうしたっけ? そのあとの記憶が曖昧だ。気が付いたら落ちてた。


 


 ―― ……コツンコツン。


 考え事をしていたら本格的にうとうとしていた。

 ぼんやりと辺りを窺うと当たり前だけど誰も居ない。


 首を捻ると、もう一度コツンコツンと音が聞こえ、窓を叩く音に目を覚ました。私は身体を起こしてアンティーク調の可愛らしい備え付けの机の奥にある窓に手を伸ばす。


 ここは一階だから、不審者とかだったら嫌だなと思い、カーテンをそっと開けて覗くと猫だ。黒猫だったから、即座にブラックを連想したが、あれは人間に猫耳と尻尾が付いていた。


 これは猫だ。四足だし。


 私が僅かに窓を開くと猫はするりと身軽に室内に入ってきた。


「迷子?」


 ここって動物大丈夫なのかな? 部外者は進入禁止みたいだったけど、まあ、猫は人じゃないからと余所見した隙に猫は人になっていた。


「ブラック?」

「万事順調みたいですね。良かった」


 あまり要領が良さそうではなかったので、心配したのですが……と、失礼なことを口走ってベッドの隅に腰掛けていた私の隣に腰を降ろす。

 反射的に距離をとると、にこにこと微笑んだあと、ふと瞳を細めて私の顔に手を伸ばし頬に触れる。


「泣いていたんですか?」


 やはり私がいないと寂しい? と、続けたブラックに、今度は頬に触れていた手を引っ剥がして私が眉を顰める番だ。


「そんなわけないでしょ。ていうか、猫だったよねさっきまで」

「私は種屋ですから。なんでも出来ますよ」


 いやそこは猫だからでしょう? それともブラックは特別製なのだろうか?


 そんなことを思案していた私を他所に、ブラックは、私との距離を勝手に縮めていた。私には、それ以上逃げ場がないので身を強張らせることくらいしか出来なくて、緊張に喉がなるとブラックが涼しげな笑みを溢した。


「そのくらい、全てのことに警戒した方が良いです。でも、私のことは警戒しなくても大丈夫ですよ。貴方は大切なお客様。お貸ししたお金は踏み倒しても結構ですが」


 とんっとブラックの綺麗な指先が私に刻まれた紋章の上に触れる。


「貴方は私のものですから」


 すぅっと瞳を細めてブラックが私の首筋にそっと口付ける。


 抵抗したいのに身じろぎ一つ出来ない。とくんっとくんっと心臓の音がいやに大きく聞こえる。 


 ―― ……コンコン


「マシロちゃん、起きてますかぁ? 寝てますよねぇ、寝ましょうよぉ」


 抵抗できないもどかしさに、きゅっと瞳を閉じると同時に、今度はきちんと扉の方からノックが聞こえた。叩いたのはアルファらしい、ぼんやりした声で外からぶつぶつとぼやいている。


 その音に、はっ! と、我に返った私は、ブラックをどんっと突き放して、扉に駆け寄り鍵を開けるとそっと肩で押し開いた。


「起きてました? カナイさんが……マシロちゃんの部屋に何か入ったって僕を起こすんですよー。不審者ぁ? 侵入者ぁ? 何か困ってないですか?」


 ごしごしと子どもみたいに目を擦りながら口にするアルファに、微笑ましくなりつつも何でそんなことまで分かるんだろうと首を傾げた。


「マシロちゃんは女の子ですし、ここは一階だし無用心でしょー。カナイさんが何か合ってからじゃ遅いからって外に簡単な結界を張ってたらしくて、さっきそれが揺れたって五月蝿いんですよぉ」


 隠れてたらいけいないから、一応チェックしますね。


 と、私が少ししか開いていなかった扉に手を掛けてあっさりと開ききった。私は困らないが、ブラックは困るのではと思ったら、私の部屋はものけのからになっていた。

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