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最終話:黒猫と私と異世界生活

「それに蒼月教徒に居たって」


 話が逸れたことにほっとしたのか、ブラックは「はい」と頷いて話を続けてくれる。


「種屋を継ぐまで、蒼月教徒の本部。蒼月財団で生活していました。そこで持てる素養の全ての技術を身につけます。本来なら、各学園に通い身につけるものですが、私にはそれほど時間も掛からないことですし、それにそういうルールなんです。獣族の中で、存在する全ての素養を持つものが見出されたら蒼月財団が保護し育てる。私が親元を離れたのは、じきに四つになる頃です」

「え……七つのときじゃないの?」


 この世界の人は、みんな七つのときに素養を見出されるって聞いていた私からしたら早すぎる。そんな私の気持ちを察したのか、ブラックは苦笑して「私は普通ではなかったので」と付け加える。


「教団で一番初めに教え込まれるのは、死なない方法です。それは毒の知識であったり、呪の知識であったり、その他、まあ、マシロに聞かせられるようなお話ではないものばかりですが……」


 背に回した腕の先で私の髪を弄びながら、空いたもう片方の手は私の手を撫で、時折指を絡めている。そんなブラックは、とても落ち着いて見える。でも、その口から紡ぎだされる言葉はとても暗いものだと思う。


「幼い頃から私は、特に感情を表に出すタイプではない方だった、とは思いますが…閉鎖的な教団の中で時折面会に来てくれる母のことは心待ちにしていたような気がします」


 そりゃ三つや四つの子どもの話だ。当然のことだろう。


「その日も、母は、いつもと同じようにシフォンケーキを持ってきてくれて……いつもより少し不恰好なシフォンケーキを母は失敗したといっていましたが、材料以外のものが混じっていたから膨らみきらなかったのを、実は、気が付いていました。ですが母は、普通にお茶を淹れ普通に私に用意してくれた。そして何度も私に謝っていた……」


 『ルインシル。ごめんなさい』

 『どうして?』

 『貴方にはあの月のように強い子であって欲しいとは願ったけれど、強すぎるお願いごとは欲張りね』


「……ごめんね。と、私はそのあとのことは覚えていません。唯、器官が焼けるように熱くて、身体の内側から燃えるような痛みが迸った感覚だけがやけに鮮明に記憶に残っています。本に載っていたあの毒は、こういう風に効くんだな。と、どこか遠いところで考えたりして……本当、子どもらしくはなかったですね。数日、生死を彷徨って……次に目が覚めたときには、母は亡くなったと聞かされました」


 ブラックの表情は揺るがない。

 とても自分の話しをしているとは思えないほど抑揚がない。


 私は、それが悲しくてブラックの肩に擦り寄った。


 そんな私をブラックは優しく受け止めてくれるのに「それにしても、どうして私はあのとき、毒だと分かっているものを口にしてしまったのでしょうね? 子どもの考えることは良く分かりません」なんて、本当に不思議そうに口にしてしまうこの人は、自分に対する感情が特に薄い。


「あのとき私が死んでいたら……そう思わないこともなかったですが、自ら命を絶つのはルール違反です。それからの私に、面会に来るものは誰一人居ませんでした。だから、時間ばかり持て余していたせいもあるかも知れない、知識を吸収することのみに集中しました。何かに集中しているときは何も考えなくても構いませんし、何よりその行為自体が楽しかった」

「蒼月教徒と種屋って繋がっているの?」


 私はどうしても居た堪れなくて、少し質問を変えた。ブラックは私の問い掛けに、うーん……と、唸ってから


「そうともいえるし、そうでないともいえます。まあ、私の代は繋がっていません。単に幼少の頃過ごしていた場所に過ぎない。私は種屋の店主になってからは、教団本部に足を踏み入れてはいないですし……彼らの願いに耳を傾けたことはない」

「前の店主は?」

「先代の種屋は王族に深く関与していました。種屋に就くものは、大抵、蒼月教徒か王族に係わってきています。私は……どちらも興味ありませんから」


 エミルも同じようなことはいっていた。

 ブラックが、王族間のことで手を出したのはエミルの兄、セルシスのときだけだと……。


「私の興味は今貴方だけです」


 不意にそんな恥ずかしいことを口にするブラックに、一言物申そうと顔を上げたら、ふっと影が降ってきて今度は本当に私の口は塞がれた。


 優しく重なった唇にはちゃんと体温があって暖かい。交わる吐息も心地良い。


「ブラック」


 唇を重ねたまま「はい」と返事が注がれる。好きだよ。と、重ねると本当に嬉しそうに猫なのに犬みたいに擦り寄ってくる。


「マシロ……」


 落ちていた影が離れると、少し肌寒いような気がした。

 そんな私の肩を支えて、ブラックはゆっくりと椅子を回し背もたれに背を預け夜を仰ぐ。月明かりに照らされるブラックの肌は白く透き通る。

 そっと手を伸ばして撫でると、ふと口元が緩む。


「白化されない種……」

「うん」

「もしも白化されるのなら、私も貴方との記憶を貴方のその手に抱いて欲しいと思います。ですがやはり種屋である私には叶わぬ願いです。それなのに、今、愚かしく願うことは、次の店主が私の種を飲んだとき……その記憶に残るものが、闇ばかりでなければ良いなと思います。今の私には貴方が居る。貴方が落ちてきてくれてから、私の毎日は変わりました。貴方は私にいつも驚きと変化を与えてくれる。私を色鮮やかにしてくれます」


 ブラックが私に紡ぐ言葉は優しく甘い。

 以前はもっと甘い毒を含んでいたような気がするけど今は違う。


 こんな風に自分のことを話してくれる。思っていることを、隠すことなく伝えようとしてくれる。感覚がほんの少しずれていて、すれ違うこともあるけど、私たちは別々の人なのだから、そういうのはきっと仕方ないことなんだと思う。


 そういうのも何となく分かるから、彼の話を聞きたくないとは思わない。聞くんじゃなかったとも思わない。私は話してくれたブラックの気持ちが嬉しい。


 嬉しくて仕方ないから、私はブラックに体重を預けその胸に頬を寄せる。規則正しい鼓動が耳に届く距離に居られるのがとても幸せだと思う。


 ふっとブラックが笑ったのが伝わってくる。


 彼が持て余した力の代償は大きかったのかも知れないけど、ブラックだってちゃんと変われる。変わることが出来るものを否定することは、やはり出来ないとも思う。


 私は親ではないから、ブラックのお母さんの考えまでは分からない。

 何を嘆いて、何に病んで、暴挙に至ったのかそんなこと分かるはずもない。でも、きっとブラックのためだと思ったはずできっと


「ブラックのせいじゃないと思う」


 そしてブラックが優しいから、ちゃんとそのことに気がついて気持ちを汲んで……だから毒だと気がついてもそれを口にしたのだと、私は勝手に思う。

 突然そう紡いで頷いた私の言葉に、ブラックは不思議そうな顔をした。


「少なくとも、私はブラックが居てくれて良かったと思う。大丈夫。私はずっとここに居るし貴方の傍に居るから」


 彼の長い指に指を絡めて、きゅっと握ると同じだけの強さで握り返してくれる。

 傍に居るから。と、繰り返し、空いた手を肘掛に突っ張って身体を伸ばすとそっと頬に触れる。ブラックはそんな私に酷く小さな声で「はい」と頷く。


 私はブラックの腕の中に身体を預け、開け放った窓から月夜を仰ぐ。


 白い月、青い月、二つ月

 今夜も変わらず二つ並んで夜空に浮かび、柔らかな光で世界を静寂で包んでいる。


「ねぇ、ブラック。覚えてる? どうしてこの世界には月が二つあるのかなんてぼやいてたこと」

「……ええ、覚えていますよ」

「私はね……私は、この世界には月が二つで良かったなと思うの。たった一人きりで、完璧で、たった一つきりで満たされるなんて、やっぱりちょっと寂しい。ああやって寄り添って、こうやって触れ合って満たされるときが、やっぱりこの世界でいう『美しいとき』なのだと思う」


 馬鹿みたいな私の台詞にブラックは素直に頷いて、とても柔らかな声で「貴方が居てくれて良かった」と、こんな私を、とても愛しい。と、何度も何度も重ねてくれる。


 私は捨ててしまった自分の世界を思わない日はないし、忘れる日もないと思う。どうしても比べてしまうことだってあるだろう。

 でも、私はこの手を取ったことはきっと後悔しない。




 夜空に二つの月が浮かぶ世界。

 こんな有り得ないだらけの世界も、今はもう私の現実なのだから



 ***



 たった一つしか月の浮かばない世界。

 誰も使うことのなくなった部屋。


 ほんの少し開いた窓から吹き込んでくる少しだけ暖かさを感じるようになった風に、机上の紙がパタパタとはためき、それに合わせて赤い蝶が羽根を揺らす。


『大好きなみんなへ

 行ってきます、と、さよならを同時に告げることを許してください。

 でも私は今度こそ間違えていないと自信を持っています。

 月のある夜。私を思ってください。あの場所に居るのだと……私はきっと月のように欠けることなくいつも満たされています』




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