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黒猫と王子

※ブラック・エミルサイド※

 ***


「……さて、と」


 真白が部屋を出て辺りに静寂が戻る。主の居ない室内は殺風景にも感じる。それだけ、彼女がこの場所に馴染み溶け込んでいるということだろう。

 ブラックは、ふぅと長嘆息したあとベッドから抜け出し、緩めていた襟元を正し上着を羽織った。

 そして、感触を確かめるように、じっと手を見詰めて何度か握り愛用の杖を出現させたり、消したりを繰り返し頷いた。


「ああ、もう元気そうだね?」


 ノックもなく、かちゃりと部屋に入ってきていたのはエミリオだった。

 ブラックは首だけで振り返り「お陰様で」と口角を引き上げる。


「それで、どこへ行くつもりだったの? きっとマシロはまだ寝てるように釘をさしたんじゃないかな?」

「それと貴方の不躾な訪問に何か関係があるのですか?」

「あるよ。君の用向きによっては……だけど、間違いなくあると思う」

「私は少し野暮用が出来たので片付けてくるだけです。まだ本調子ではありませんが、不穏分子くらい摘み取るのに支障はきたしません」


 もう一度出現させた杖をくるりと回して意味ありげに微笑んだブラックに、エミリオは短く嘆息する。


「それ、見逃してくれないかな? きちんと彼には釘をさしてきた。ちょっとした気の迷いだよ。この世界で君を恨んでいるものなら誰にだって有り得る話だと、君だって分かっているはずだ。それを一々消していたら埒が明かない」


 エミリオの願いに、ブラックはほんの少し驚いたような表情を見せたものの、直ぐにいつもの怜悧な笑みを浮かべた。


「私の琴線はそんなことで鳴ったりしません」

「分かってるよ。マシロに生成させたことに腹を立ててるんだよね」

「直ぐにそこへ行き着くということは、貴方も同じだということでしょう? なぜ止めるんですか? 前々から変わっていると思っていましたが変な人ですね。まさかマシロと同じようなことをいうほど安穏としている、とも思えませんけど」


 ブラックに変な人呼ばわりされてエミリオは曖昧な笑みを浮かべた。

 物凄く心外な台詞ではあるが、真白の感覚にあわせるとすれば自分も十分に変わっているだろう。


「マシロはあの人に懐いている。急に居なくなったら心病むと思うし悲しむと思う。彼はもうマシロを利用するようなことをしないと誓った。だから……」


 エミリオの言葉を聞いていたブラックが「私が」と割り込む。


 表情は笑みに違いないが冷笑だ。

 凍るような冷たい表情。


 以前のブラックなら常に見せていた表情だが、エミリオは久しぶりだと思い心の中だけで笑った。


「私が、マシロの名前を出せばいつでも刃を納めると思ったらそれは間違っていますよ?」

「そうかな? 君は納めるよ。だって君は落ち込み悲しみに暮れるマシロを立ち直らせる術が思い浮かばない。だから、極力最初から傷付けないように振舞っている。決して深い傷を作らないように浅く傷付けて様子を伺ってる。君はマシロに対して臆病だよ」


 不遜とした態度のエミリオを、ブラックは暫らく見詰めていたが、ふっと瞳を伏せると首を振り肩を竦め、手にしていた杖を消した。


「気が逸れました。もう結構です」


 貴方も出て行ったらどうです? 出て行かないのならお茶でも淹れてください。と、続けてやれやれと嘆息したあとブラックは椅子を引き寄せて腰を下ろす。


「僕が淹れたのを飲むんだ?」

「は? 私に淹れろというんですか? 私は病人です。マシロにならともかくどうして私が貴方に?」


 エミリオはブラックの過剰な反応にくすくすと笑いつつ、さっきまで人一人殺めに行こうとしていた人がよくいうよと思いながらも「仕方がないな」とお茶の用意を始める。


 ちらりとブラックを盗み見るとぼんやりと外を眺めていた。


 変な感じだ。

 以前なら絶対に有り得ない。


 自分が闇猫のためにお茶を淹れ、そのお茶を何の疑いもなく闇猫が口にする。

 マシロのせいで自分たちは驚くような関係の変化を起こしている。そのことにブラック本人はあまり捕らわれず気にしていないようだが自分はどうなのだろう?


「人の本質は善である」


 思案していたエミリオの耳に届いた言葉に驚いて顔を上げる。

 相変わらずブラックは外を見たままだ。


 どこか遠く、捕らえどころがない。

 彼が何を思い見詰めているのか、そんなもの分かる人間はこのシル・メシアには一人も居なかった。


 そして唯一彼の孤独に気が付いたのは異界人である真白だけだ。


「私はそうは思えませんし、そんな馬鹿なことを考える人間には虫唾が走ります。殺してしまいたいくらい、嫌なものです。でも私は憎まれ口を叩きながらも、根っこの部分ではそう信じているのだろう彼女がそう思うことを守ろうとしてしまっている」


 私は何をやっているんでしょうね。そう、ぽつぽつと紡ぐブラックの傍にそっとカップを置く。ブラックはその音に机上へと視線を落としその強い香りに眉を寄せる。


「唯のハーブティだよ。生ハーブを使ったから少々香りは強いけど効果が高い。ゆっくり休めると思うけど?」


 エミリオの言葉にブラックは「分かっています」と素っ気なく答え眉を寄せたまま、カップを取り口をつける。エミリオはそれをほんの少しの驚きを含めて見詰めていたが、そんな自分に気がつくと苦笑し、ほっと息を吐いた。


「僕も人間の本質が善だなんて絶対に思えないね。思えないし違うと思う。……でもまぁ、世界の中にたった一人くらい、そんな馬鹿なことを真実だと思ってる人が居ても良いかなと思う。自分に対してもそう思ってくれている人が、一人でも居ると思えばそれを全力で守りたい。それが唯一の救いで、変わることのなかった世界での変化”美しいとき”なのかも知れない」


 彼女はほんの少し捻くれた聖女だよね。とエミリオが締めくくるとブラックは苦虫を噛んだような顔をした。


「どうしてそんな顔するの? 君はルイン・イシル。マシロはシル・マリル……違わないよね?」

「……私は唯の獣族で種屋です。そんなくだらないことをいうのは蒼月教徒の方々だけにしてください。マシロを白い月の少女だと思うのは私も同意見ですけど……大体そんなことをいうなんて、貴方はアノールだといいたいんですか?」

「僕が太陽? まさかそんな大それたものじゃないよ。僕は唯の王位継承権から程遠い王子だよ」


 こんな世界なんていらない。

 ぽつと零してエミリオは自分の分のお茶を飲み干した。


 彼らが既に回り始めた歯車に囚われていることに気が付くのは、もっとずっと後の話だ。

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