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第五十八話:たまには倒れてみるもんだ

 部屋の前ではアルファがトレイを持ってうろうろしている。一人で入るのは嫌だったんだろう。私の姿を見つけてぱっと笑顔になった。アルファからトレイを受け取るときょろきょろとしているアルファにどうしたの? と問い掛ける。


「え? ああ、うん。エミルさんと一緒じゃないのかと思って」

「エミルなら医務室だよ。先生にちょっとっていってた……」


 そのときのエミルの表情を思い出して私は少し不安になった。どうしたんですか? と可愛らしく私の顔を覗き込んでくるアルファに「ちょっと……」と言葉を濁して


「エミル怒ってたような気がする」


 いってから「まさかね」と曖昧な笑みを零すと、アルファはふーんと少し何か考えつつも結局その内容は私に告げられることなくいつもの笑顔に戻った。


「マシロちゃんは、今日授業休んじゃうんですか? そうだったらカナイさんにいっときますよ?」


 私はちらりと自室の扉を見たあと「そうだね。お願い」とアルファに答えて部屋へ入った。もしかしたら、居なくなってしまっているんじゃないかと思ったけれどブラックは私が出て行ったときと同じようにベッドに横になってまた眠っていたようだ。

 私が入ってきたのに気が付いて、枕を背に上体を起こした。


「遅かったですね?」

「うん、別に何かってわけじゃないんだけど時間が掛かっちゃった。少しは食べられるかな?」

「マシロが食べさせてくれるなら」


 いつもなら自分で食べなさいと押し付けるところだけど、私も病人にそこまで非情ではない。だから良いよと頷くとブラックの方が驚いていた。


「はい、あーん」


 ベッドの傍に置きっぱなしになっていた椅子に腰掛けて、膝にトレイを載せてリゾットを一口掬ってぱくり。美味しい。ここの食堂の料理って美味しいよね。……って私が続けて食べていてもいけないので――因みに一口目は毒見です。猫さん警戒心が強いので一応――改めて掬って差し出すのに


「あの、手しびれるんだけど?」

「えっ! あ、ああ、すみません……」


 いっても口が一向に開かないのはなぜですか? 

 私とその手元を交互に見て、柄にもなく頬を染めてしまう。恥ずかしいのか? 私はもっと恥ずかしいよっ!


「自分でいいだしたことでしょう? 心配ならもうひと口毒見しましょうか?」


 意地悪く告げれば「いえ、結構です」とぱくり。

 お上品に口元を覆って咀嚼する姿が愛らしい。恥ずかしいんだろうなー、耳がぺしゃんってなって微妙に揺れてるもんなー……。思わず凝視。


「美味しい?」

「……分かりません」


 ん? 熱のせいで舌がおかしくなっているのかな?


「あの、味も分からないくらい恥ずかしいので、やはり自分で」

「全部、私が食べさせてあげる」


 即答した。

 だって、ぶふっ。あのブラックがそんなに恥ずかしいなんてっ。嗜虐心をくすぐる。全ては猫耳が悪い。愛らしい猫耳が……。

 その姿に私も少しだけ元気になった。


「はい、あーん」

「―― ……はぃ」


 ぱくり。

 ふふ……可愛い……。



 ***



 私の嫌がらせともいえるお食事タイムを終えて、空いたトレイを机の上に載せ、ブラックにお茶を淹れた。ああ、楽しかった。

 それを片手に傍に寄ると、カップを持った私の手をそっと掴まえて顔を寄せる。

 そして、人の指先ばかり気にするので、どうしたのかと首を傾げるとブラックはにっこりと微笑んで「いえ」と首を振った。


 解放された手と入れ替えるようにカップを握らせると、やんわりと湯気をあげるジャスミンの香りにブラックは口角を引き上げた。


「また凄く苦い薬湯を飲まされるのかと思いました」

「……う、でも今日のは苦くないと思ったんだけど、ごめん。廊下で引っくり返しちゃって……」


 折角作ったのに、という気持ちもなかったわけではないので、心持ち私は肩を落としてしまった。

 そんな私にブラックは普段と変わらない笑みを浮かべる。


「今日はどなたに指導してもらったんですか?」

「ん? エルリオン先生だよ。いつも医務室に居る先生。エミルには会えなくて先に医務室に行ったら先生が居たから、今日は体力回復に良いっていうのを教えてもらって作ったの」


 ゆっくりとお茶を飲むブラックを眺めながら説明すると、顔を上げたブラックは「飲めなくて残念です」と微笑んで、もう一度私の手を取るとそっと指先に口付ける。


「マシロは授業があるのではないですか?」


 続けて掛けられた問い掛けに、私は「休む」と告げるとブラックはそんなに重病人ではないですよ。と、苦笑した。


 それは分かっているけれど、見た目によらずブラックは休むということをしない人だと思う。

 正直なところ、ブラックが仕事以外何をやっているのか私は全く知らない。と、いうかブラックに関して私は知らないことばかりだ。


 だから余計に見張っておかないと、どこかに行ってしまいそうで私は傍に居たかった。


「ちゃんとここに居ますから、授業を受けてきてください。午後は屋敷に戻りたいと思いますが、許してくださいますか?」


 冗談みたいな口ぶりのブラックに私は眉を寄せた。

 私の許しなど関係なくブラックは屋敷に戻るだろう。私もいい加減勝手だけどブラックだって勝手だ。


 私なんかが彼の動きを止めることなんてきっと出来ない。

 それでも確認を取ってくれるのは、やはり大切に思ってくれているからだと信じたい。


「そんな泣きそうな顔をしないでください。私も出来ることならのんびりと貴方と共に過ごしていたいのです」

「泣きそうになんて……でも、本調子になるまで休めないの? 休まないと危ないよ。もしも」


 ブラックは自分が日常茶飯事的に命を狙われたりするって分かってるのかな? 意図せず、ぎゅーっとブラックの服を掴んでいた私に、ブラックは益々笑みを深め「たまには倒れてみるものですね」と縁起でもないことを口にする。


 その台詞に眉を寄せて馬鹿なことをいわないで、と、怒ったがブラックから笑みは消えない。


「マシロがとても優しいです」

「……失礼だな。いつも冷たくなんてないでしょ」


 不貞腐れた私にブラックは「そうですか?」とワザとらしく首を傾げ「そうですね」と続けてやっぱり微笑んだ。


 今更なのにその笑顔にも私は弱い。


 ほわりと熱を持つ顔を隠すようにそっぽを向いて私は「勝手にしたら良いよ!」と立ち上がり扉へ向かった。


「いってらっしゃい」


 というブラックの言葉に見送られ、私はばたんっと乱暴に扉を閉める。

 そして自分で閉めた扉に背を預け深く溜息を吐いた。戻ったら……きっとブラックは居ない。

 私には止められない。

 そんなこと今更なのに私はこんなにも苦しくなる。ぐっと苦しくなる胸を押さえて俯くと唇を引き結ぶ。そして、ぶんぶんっと頭を振ると顔を上げた。


 元気出せ私!

 こんなことくらいでへこんだら自分が切り捨てて来たものに申し訳ない。私は指を折ったくらいじゃ足りないくらい、沢山のものを捨てて今ここに居るのだから!

 

 ぱんっ! と、両頬を叩いて、かつんっと踵を鳴らし廊下を走った。

 いつもより少し遅い所為で廊下には咎める人も居ない。

 このまま教室まで猛ダッシュ。


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