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第五十六話:黒猫専属薬師

 何はともあれ!


 カナイも無事に復学し、私も図書館で元の生活に戻ることを許された。

 そういえばシゼは、凡人をほったらかしにして上級階位に上がっていた。


 こちらに戻って来てから暫らく、マリル教会から隠れるように生活していたものの、最近は大っぴらに探し回っている白い月の少女、いわゆる聖女像があまりにも私から掛け離れているものになってくれていて私は自由を取り戻していた。

 みんなの様子から、多分適当な情報操作を行ってくれたのだろうことは、明らかだけどそのことをこれまた直接私に話してくれる人は居ない。


 相変わらず私の周りは私に気が付かれないように私を守ることを徹底してくれているようだ。だから私はそういうのに自然と敏感になっていた。


「マシロちゃん、今日はもう良いよ」


 今日、私は図書館から近いお菓子屋さんの手伝いをさせてもらっていた。

 愛想も気も良い店主に挨拶して、店を出ると足元に黒猫が擦り寄ってくる。


「迎えに来たの?」


 よっぽど暇なんだね、と、悪態吐きつつ私はブラックを抱き上げる。

 ブラックは知っている人は知っているし、知らない人は知らないというくらいの民間認知度のようだった。けれど、王都には蒼月教徒もマリル教会の者も混在しているから、出来る限り接触はしないように、と、エミルに釘をさされ妥協案としてブラックは私が町に出ているときは猫の姿で私の傍に居ることが多くなった。


「わざわざギルドを続けなくても、マシロの三十人や四十人養うくらいの甲斐性あります」


 ブラックは未だに私がギルド依頼を受けて生活費の工面をすることに否定的だ。とはいえ、私が三十人も四十人も居たら……それこそ始末に終えない気がする。というか、私はゴキブリか。


「好きでやってるんだから良いでしょ」

「そうはいいますけど……っくしゅん」


 猫の姿で不機嫌になられてもそんなに怖くない。可愛いだけ。うん、無条件で可愛いです。

 まだまだ悪態を続けそうだったが自ら発したくしゃみで口を閉じた。今は四つ足の姿だからはっきりとは分からないけど、いつもより少し体温が高いような気がする。


「体調悪いの?」


 私の問い掛けに、ブラックは首を振り猫らしく私の腕に額を擦り付ける。


 ―― ……可愛い……。


 図書館に戻るとまずカナイを発見した。廊下にまで並べてある本を物色していたようで、踊り場には新しい本の山が出来上がっていた。


「お前ずーっとこの格好してれば良いのにな」


 カナイは猫の姿をしているときのブラックにメロメロだ。そろそろと手を伸ばし撫でようとするが今まで達成されたことはない。


「ふわ、柔らかいな……」

「え?」


 カナイの手が私の腕の中のブラックを撫でたことに驚いて顔を上げるとカナイも目を丸くしている。


 でも手は離れない。

 本当に触りたかったんだね。


 気の毒すぎてほろりときそうだ。少し呆れた私にカナイは「わりぃ」と苦笑する。


「……何か身体が熱くないか?」

「私もそう思ってたんだ、け、ど、うわぁっ」


 急にブラックが猫から人型に戻って圧し掛かってきたものだから、私はそのまま廊下に押し倒されてしまう。驚きにそのままになってしまうけれど、全体重を掛けているのか、物凄く……


「ちょ、お、重い」

「……み、ま、せん……」


 息声で私に謝罪して身体を起こそうとしているようだけどそれも間々ならないらしい。

 傍に居たカナイが、ブラックの腕を引いて身体を持ち上げることで、やっと、離れるがブラックは直ぐに膝を折りカナイを巻き込んで廊下と仲良くなった。


「うわっ! お前、凄い熱。っていうか、男に抱きつかれる趣味ないから離れろよ、って無理なら、マシロ、ぼさっとしてないでアルファ呼んで来い!」


 カナイに怒られて私はわたわたと寮まで戻った。




「……えー、僕ですか?」


 エミルとアルファを連れて私が戻ってくると、一応二人は踊り場のベンチまでは辿りついたらしい。

 その様子にアルファは呆れていたものの、私の部屋までブラックを運んで欲しい。と、お願いすると激しく嫌そうだ。


 アルファの気持ちは良く分かる。


 一応、直ぐに抜刀するという危険はなくなったとしても、アルファはブラックが大嫌いだ。

 アルファはぐったりとカナイの肩を借りて座り込んでいるブラックを見下ろして嫌悪を露わにしたが、ちらと私を見たあと、盛大な溜息を落として「仕方ないですねぇ」とブラックの腕を取り「よいしょ」と背負ってくれた。

 細身とはいえ、自分の身体よりも大きなブラックを簡単に担いでしまうアルファは、やっぱり体育会系。私は声に出せない納得に頷いた。


 ブラックは意識が朦朧としているのか微かに唸り声を上げただけだ。


 私はブラックを三人に任せて医務室に走った。

 部外者だけど、多分、エルリオン先生なら診てくれると思うし、氷枕とか熱ざましとか薬も必要だと思う。

 医務室に駆け込むとエルリオン先生はいつもどおり麗しい笑顔で「どうかしましたか?」と迎えてくれた。そんな落ち着き払ったエルリオン先生の手を取って「取り合えず来てくださいと」半ば無理矢理医務室から連れて出た。


 エルリオン先生は私のベッドに横になっていたのがブラックで、多少は驚いていたようだったけど「そういえばマシロさんの保証人は闇猫本人でしたねぇ」と微笑んで直ぐにいつも通り診察してくれる。


「あの、大丈夫ですか?」

「んー、疲労からきているのだと思いますから薬を飲んで休めば治りますよ」


 そういって私に解熱剤ですよ。と、薬を握らせて部屋で見守ってくれていた三人と軽く言葉を交わすと部屋を出て行った。

 一緒に居る時間が多いのは私なのに、ブラックがそんなに疲れていたなんて……全然気がつかなかった。時折、苦しそうに唸るブラックを見て肩を落とす。はぁと嘆息した私の肩越しにエミルが水の入ったコップを渡してくれた。


「……ブラック? 起きられるかな? 薬飲んで」


 それを受け取って軽くブラックに触れる。


「い……りません」

「ん?」

「必要、ありません。すみません……私は、た、にんが作った、くすり、飲めない……」


 熱い吐息を吐きながら途切れ途切れそう告げるブラックに、何を子どもみたいなことをいっているんだと眉をひそめ「飲まないと良くならないよ」と宥めるように口にして、ブラックの身体を起こそうと触れると「いらない!」と思い切り弾かれた。


「痛っ」


 片手にしていたコップが床に落ち割れてしまう。


「マシロちゃん! 大丈夫ですか?!」


 慌てて私に寄り添ったアルファが心配そうに肩を支えてくれる。

 私はブラックに弾かれた手を抱えて呆然としてしまった。

 ブラックに拒絶されたのはこれが初めてだ。胸がきゅっと苦しくなり眉をひそめそうになるが、私はなんとか微笑んだと思う。


「……ごめん。でも、本当に酷い熱なんだよ」

「ほん、とうに、飲めない、んです。すみません、屋敷に戻りますから」

「戻れるわけないでしょう? 力も使えないから猫の姿も保てなかったんだろうし」


 私たちのやりとりを床に散らかったガラスを片付けつつ聞いていたエミルが、仕方ないなという風に息を吐くと、よいしょと立ち上がる。


「僕が作ろうか。駄々を捏ねられていつまでもマシロの部屋を占領させておくわけにもいかないからね」

「嫌です」


 エミルの優しい言葉にブラックは即答した。エミルの笑顔が一瞬凍りついたような気がしてこっちが慌てる。


「マシロが」

「うん?」

「マシロが作ってください。マシロが調剤してくれたなら多分飲めます」


 ……それでも多分なんだ? っていうか、私は最近ようやく中級階位に上がったところだ。

 内服薬なんて作ったことない。

 私が調剤するより明らかにエミルが調剤するものの方が、安心安全だということは誰でも分かることなのに。


 眉を寄せた私にエミルが「分かったよ」と頷いた。


「マシロに作ってもらおう。大丈夫、僕が教えてあげるし見てるから」


 そういってエミルは、行こう、と、続けて私の背中を押した。

 部屋を出る前にブラックが逃げ出さないように見張っていて、と、カナイとアルファに釘をさすとアルファがにっこりと「逃げたら切って良い?」と聞いてきたので、普段なら絶対了承しないがちょっと腹が立っていた私は、良いよ。と、頷いた。


 カナイが呆れたように笑ったのが余計癪に障る。


 私とエミルは医務室を借りて作ることにした。

 エルリオン先生に事情を説明したら苦笑していたが、仕方がないね。と、了承してくれた。


 直ぐに飲むからと薬湯を作る。

 薬草棚からエミルが必要な薬草を用意してくれる。乾燥させたものでは効果が薄いものは先生が温室まで取りにいってくれた。

 みんなに、迷惑を掛けている。

 私はそのことが心苦しくブラックへの不満が募る。


「マシロ、もう少し細かく磨り潰した方が飲みやすいと思うよ」

「飲み難いくらい良いの!」


 思わずエミルに八つ当たりしてしまった。

 はたと気が付いて謝罪するとエミルは、くすくすといつも通りに微笑んで許してくれる。傍でのんびりお茶を飲んでいた先生が「……もしかしたら」とぽつと口を開いた。


「マシロさん、彼は本当に飲めないのかも知れないですよ?」


 潔癖症とかそういうことだろうか? 確かにブラックは猫だし綺麗好きなのだろうとは思うけど、だからって薬まで手作りさせるなんて、私が薬師じゃなかったらどうするつもりだったんだ。

 小首を傾げた私にエミルが意外にも「僕もそう思います」と頷き付け加える。


「きっと、本当に受け付けないんだと思うよ。僕もそれに近いから少し分かる」


 鍋に磨り潰した薬草を加え、ぐるぐると掻き雑ぜながら益々不思議そうな顔をしただろう私に、先生が話を続けてくれる。


「これは私の予想ですけどね? 彼は過去、毒を盛られたことがあるんじゃないですかね? そして、それで生死の境を彷徨った。そういう経験のあるものは大抵、他人の調剤した薬は口に出来ません。身体が受け付けないんですよ」


 貴方は信頼されているんですね。と、付け加えられて私は顔が赤くなるのを隠すように鍋の中身を見詰めた。


「……じゃあ、エミルも?」

「僕? 僕は昔からそういうのには最大限の注意を払うように仕込まれているからね? まだ飲んだことはないよ……でも、口にしなかっただけだ」


 そういって苦笑したエミルになんだか切なくなった。

 要するに、二人とも誰かに命を狙われたことがあるということで、それはとても幸せなことだとは思えない。


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