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第五十三話:再会は素直に喜ぼう

 昨夜は夜空に浮かぶ二つ月を見てシル・メシアに戻ったことを実感した。

 そして辺境の町、種屋の屋敷で迎えた朝。


「マシロ、マシロ? 起きられますか?」


 無理。


 柔らかなベッドの暖かな誘惑は私を眠りから遠ざけることは出来ない。

 気遣わしげに頬を撫で優しく問い掛けられるが、私は枕に額を押し付けて首を左右に振った。困ったように微笑まれたのは分かったけれど、私は疲れている。

 ぎしりとベッドのスプリングが鳴ると、こめかみに一度だけ可愛らしい口付けが寄せられ離れた。


「マシロはもう少し休んでいてくださいね」

「ブラック?」

「私は来客が在るようですので書斎に居ます。客が途絶えたら戻りますから、それまで私の夢でも見ていてください」


 そんな台詞が平然と口に出来る猫から、私は赤くなる顔を隠すように背を向けると、分かった。と、頷いた。

 くすくすと楽しそうに笑う声と扉が閉まる音が消えると、私は暫らくベッドでぼんやりと天井を見上げた。

 懐かしさを感じる天井。

 私の部屋に入れてしまったら、その殆どを占領してしまいそうに広いベッドにごろごろとしていたが、再び眠りに落ちることも出来ず諦めて起き上がった。


 太陽は真上に来てしまっているようだ。

 私は傍に置いてあったストールを羽織って窓辺に立つ。窓を開けると心地よい風が頬を撫でてくれ目を細める。


「……種屋って繁盛しているのかしら?」


 ここからではあまり見えないが門前には馬車が止まっているようだ。しかも数台。


 窓の桟に背を預けて、空を仰ぐ。陽光が眩しいが春の日差しのようで柔らかい。風も空気も暖かいかも知れない。

 ブラックは私に迷う暇を与えなかった。時間がないからと急き立て二度と扉を開くことは出来ないといったくせに家族への挨拶もさせてくれなかった。


『私を恨んでください。貴方を攫った私を。でも決して後悔させません』


 強く握られた手の感触を思い出して私は頬が緩む。

 あれから一年ほど経ったはずなのに、ブラックは変わらず私には優しくて、自分を悪者にすることを忘れない。私が彼を責めることなんてあるはずないのに……でも、私がどんなに強く決心していたとしても、自分の選択を迷わないはずもなくて……きっと二度と会えない家族を懐かしんでしまうこともあるだろう。


 詳しい説明はカナイがしてくれるからとあまり聞かなかったけど……間違いなくブラックは事を成したから面倒になりはしょったのだと思う。

 いい加減な奴だ。

 私は眉をひそめたけどそんな男を好きになってしまったのだから、諦めるしかない。


 肌寒く感じ始めた窓を閉めて、私は身支度を整えようとブラックの寝室を出た。

 出たとたん、私は慌てて廊下を走る。


 広く静寂を常としている屋敷の中に一発の銃声が響いたのだ。


「ブラック!」


 私の世界では日常的に有り得ない音だ。私は、ブラックの書斎をノックもなしに開いた。


「ああ、マシロ。起こしてしまいましたか?」

「今、銃声が聞こえたんだけど、怪我……あるわけないよね」


 爽やかな笑顔で私を見るブラックは、足先で軽く何かを踏みつけて、ぱきんっと潰した。もう一名の訪問者は、蒼白な顔で私とブラックを見たあと連れを消されたというのに丁寧に頭を垂れ「ルイン・イシル様、また改めて」と残して部屋を出て行った。


「起きたのでしたら食事にしますか? それとも図書館に向かいますか?」

「……簡単に人を殺しちゃ駄目だっていってるのに」


 種屋は広い意味で命を扱う職だ。

 だからこういうことが日常的に起きることも知っている。でも、仕事以外で消す必要はないと思う。種も必要なかったようだし。

 足先で踏みつけられた種を見詰めて零した私にブラックは「そうでしたね。次から気をつけます」と悪びれる風もない。

 きっとまた繰り返すだろう。

 私は、諦めて溜息を吐くと「図書館に行こう」とブラックの袖を引いた。


 それから、身支度を整えてブラックと二人屋敷を出た。


 普通なら王都の前に出てきて歩いて図書館に向かうのに、今日は直接図書館に出た。少しブラックは落ち着かない様子に見える。んーっと刹那考えるような素振りを見せたあと口を開く。


「今、館内に居るのはカナイだけですね。あとは外出しているようです」

「どこに居るの? 部屋かな?」

「中階層の二階奥です」


 中階層以上は図書館関係者、および生徒しか入ることが出来ない。

 やや迷っていた私にブラックは気にしなくても良いと思いますよ。と、背を押してくれた。


「私は少し用事があるので、彼らと今後を決めておいてください。私の屋敷に戻っていただいても、もちろん構いません。大歓迎です」

「嫌よ、あそこ不便だわ」


 すっぱり切り捨てた私にブラックは恨みがましい視線を向ける。


「マシロは私を愛しているから、戻れないのを承知で攫われてくださったんですよね?」

「そうよ。でも、それとこれは別」

「……女性の現実主義的な部分にはついていけません」


 ブラックは肩を落として、誰の目にも明らかにがっかりしている――耳と尻尾が萎れているので――風ではあったけれど、それよりも用というのは、急ぎなのか、あまりあとを引くことなく「ではどこに所属するか決めておいてください」と、いい残し姿を消した。


 私は暫らくその場に立ち尽くしていたが、そんなことでは拉致があかない。仕方ないのでブラックに教えてもらったカナイのところへ行くことにした。


 久しぶりの図書館はとても懐かしい。


 本の虫といわれてしまうカナイほど私は読書家ではないがこの空間は好きだ。

 ぐるぐると螺旋状の通路を上って行き着いた先の大きな机の上で、今日も彼は本に埋もれていた。私は、傍まで歩み寄ってコツコツと机を叩く。


「やっと来たのか?」

「久しぶりに会ったんだから、もうちょっと可愛く迎えてくれても良いじゃない」


 ぽふっと読んでいた本を閉じ、顔に宛がっていた淵の細い眼鏡を胸ポケットに仕舞い込み、私を見たカナイに眉を寄せる。そんな私にカナイは冗談だろ? と、肩を竦めいつものように意地悪く口角を引き上げた。


「腕の調子はどう?」

「あんなの怪我のうちに入らないしもう完治した。元通り詠唱破棄も出来るし、お前が気に病む要素は微塵も残ってない」


 その割には痛そうだった。

 カナイの“打たれ弱い”を実感したのに。まあ、確かに一年前くらいの話になるし本人が完治したというのだ、いい方は可愛くないけど気にしなくて良いといってるのだから従おう。


「マシロちゃん! お帰りなさい!」

「がふっ!」


 予想外だ。


 予想外の勢いでアルファに抱きつかれ、私は蛙を潰したような声を出した。出掛けて居ないと聞いていたから心臓まで飛び出しそうだった。


「今来たところですか? どこか怪我とかしてません? ブラックに痛いこととかされませんでした?」


 キラキラと、相変わらず天使のような容貌で、ぐぃっと顔を近づけてくるアルファに私は、うっと息を詰めた。


「あんま答え難いようなこと聞いてやるなよ」


 カナイの突っ込みの方が嫌だ。

 赤くなる顔を隠せずに複雑な表情をする私に、アルファは首を傾げ「無事なら良いんです」とにこにこして腕を引いてくれる。


「お腹空いたし、ここじゃおやつに出来ませんから食堂行きましょう。ほら、カナイさんも一緒したかったらついて来ても良いですよ」


 アルファも相変わらずだ。



 ***



 アルファに腕を引かれるまま、食堂の一角を陣取ったところでエミルも戻ってきた。


「お帰りマシロ。白い月では咎を受けなかった? 辛い思いをしなかったかな?」


 開口一番から私の身を案じてくれるエミルにほっこり心が温かくなる。……とはいえ


「私は地球って星に住んでたけど月に住んでたわけじゃないよ」


 百歩譲ったとしても地球は青い星というのだから、どちらかといえば青い月が地球だろう。

 荒廃も進んでるみたいだし、争いにも溢れている。私自身はなんの力もない一般市民だけど力を持っている人は持っているとも思うし、まぁ、剣とか魔法の力じゃないけど科学力だってシル・メシアに入れば凄い魔法になるだろう。


「でもやっぱり辛かったんじゃない? 大丈夫?」


 エミルは、ぼんやりと考え事をしていた私の隣に腰を下ろすと、頭をそっと撫でて本当に心配そうに顔を覗き込んでくる。


 近い……。


 相変わらずといえばそうだけど、エミルは他人との距離が近い。

 その上、相変わらず見目麗しい王子様だ。意図せず赤くなる顔を逸らすと「平気平気」と重ねて両手を振った。そして一度だけ心の中で深呼吸したあと


「ただいま」


 と何とか笑って口にすると、お帰りといつもの優しい笑みで答えてくれる。

 ああ、これが私の中での“いつも”の光景だったんだ。とてもしっくりと馴染み、会えなかった、離れていた時間を感じることがない。

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