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第五十二話:一生に一度の恋

 ―― ……攫われてしまった。


 ほぼ誘拐だ。

 嫌だといっても恐らく解放されることはなかっただろう。

 それがブラックのいう『彼らしさ』らしい。でも、そのお陰で私の決心は揺るがなくて済んだ。


 たった一枚、三行半ほどの内容しか書き記せなかった書置き一つ残して、私はまたシル・メシアに落ちた。


 夜空には懐かしくも感じる二つ月が仲良く並んでいる。

 そして落ちた先は辺境の町ではなく、ここは、見覚えのある聖域だった。


 ―― ……ばきんっ!


 と一枝。派手に折った。

 確認するのも恐ろしいが折れた枝も散った葉も白い。


『シル・メシアの木、傷付けてはいけないものの一つだ』


 カナイの台詞が蘇る。

 あわわっ! と焦って青くなる私とは対照的に、ブラックは普段通りで私のスカートの裾に付いていた白い葉を落としたあと、すっと、立ち居を正し、自分の肩にものっていた葉を落とすときょろきょろと辺りを見回した。

 誰を探しているのかと思ったら、意外にもその場にはいつもの三人が居て私の心は懐かしさに弾んだのにそれを堪能する間もなく「ただいま」と声を上げる暇もなく。


「本当に来ちゃったんですか!」とアルファには驚かれ。

「予定通り騒ぎになってるからお前たちはさっさと消えろ」とカナイには突き放され。ご丁寧に手でしっしと払われた。

「お帰り、マシロ。残念だけど、明日にでも図書館で会おう」とエミルには微笑まれた。


 何がなんだか分からないが、確かに以前は聖域という名に相応しく静寂が支配していたのに少しざわついているような気がする。

 どうして良いのか分からない私を無視して、ブラックは私の手を取ると「彼らなら大丈夫です」とさっさとその場から姿を消した。



 ***


 エミルたちへの挨拶もそこそこに私は種屋に戻った。というか強制連行? 私に選択権はない。

 迷うこともないのだけど一応聞いてくれるくらい聞いても罰は当たらないと思う。けど聞かれない。


「ねぇ、置いてきて本当に良かったの?」

「構いません。予測の範疇です」

「でも、捕まったり、罪に問われたり」

「王子とその側近がですか? 大丈夫ですよ……滅多なことでそんなことにはなりませんし、謝罪説明の際の逃げ道は用意してありますから」


 本当に? と不安気に溢せば、本当に。とにっこりと返ってくる。その笑顔を見たら、大丈夫なんだろう、なんて気になって納得してしまう。

 そして、この天井を見上げるのも久しぶりだ。そんなことを考えてぼんやりとしていると頬を寄せていたブラックが顔を覗き込んで不満そうに眉を寄せた。


「マシロは今、私以外のことを考えてますね?」

「え、あ……、ああ、そんなことないよ」


 私は本当に嘘が下手だと思う。

 曖昧な台詞にブラックは益々気分を害したような顔をして不貞腐れると、私から腕を解いてぽすりとその隣に転がった。


 急に適度な重さと暖かさを奪われて寂しく感じる。


 私は片方の肘をついてブラックのほうへ身体を起こすと、その顔を覗き込んだ。物凄く臍を曲げてしまったのではないかと不安になったけれど、視線が絡むとブラックは、ふっと口角を引き上げて笑みを作った。


「怒ってないですよ。そんな不安そうな顔しないで下さい」


 伸ばされた手が私の頬を優しく包み込む。

 私はその手に誘われるように、ブラックに顔を寄せ「ごめん」とそっと口付けた。

 上半身をブラックに預けて、寂しかったと、好きだよを添えて、瞼と、こめかみにそっとキスをする。そのまま、つっと舐めると視界の隅っこに映る耳がふにゃんっと頭にくっ付いてしまうので、きっとブラックはそうされるのが好きなのだと思う。


 本当に、可愛いというか、猫みたいだなというか……なんというか、好き過ぎる。


 私はそのままぎゅっとブラックの首に腕を絡めて抱きつくと、僅かにブラックが息を詰めたのが分かった。しまったと思って少し腕の力を緩めると、ぐいっと腰を取られて引っ張られ完全にブラックの上に乗ってしまった。


「ブ、ブラック、ほら、重いから……」

「重くないです。というより私はこの重さがとても恋しかった」


 丁度、鎖骨辺りにブラックの口元が来て、声を発するたびに温かな息が掛かりくすぐったいような心地良いような甘い気分になる。


「私はマシロのことしか考えられませんでした。貴方を手放したことをどれほど後悔したか……本当に、本当に、後悔しました。こうしてマシロに触れられないことが、あんなに辛いとは知らなくて、貴方の記憶を奪ってでも傍に置くべきだったと何度思ったことか」


 いってそっと鎖骨を啄ばみ舌を這わせ、首筋を伝って耳元まで這い上がって、耳朶に唇が触れる距離で「ねぇ、マシロは? マシロはどうでしたか?」と問われる。

 問われている意味も答えも分かっている、けれど……今はそれどころではなくて、私は五月蝿い心臓の音が邪魔をして上手く言葉が出てこない。


 息を殺して、きゅっとしがみつけばそれを待っていたかのように、簡単に引っくり返されて、耳殻を舐められ舌先がその奥へと触れる。


「ぁ、や……」

「答えて、マシロ……」


 こんな風に熱に浮かされて、まともに答えられるはずなんてないのに、ブラックは私に答えを強要する。声を出そうとすれば、熱を含んだ音とも声とも取れない吐息が漏れる。私はそれをぐっと押し留めて、搾り出す。


「わ、たし……頑張ったわ」


 掠れる声で、頑張ったと繰り返した私にブラックは、ふと顔を挙げ朱に染まってしまっている私の顔を覗き込み首を傾げる。何を? と問いたいのだろう。


「だ、って。捨てたのは、わた、し……なんだよ。私から離れることを選んだのに……だから、私頑張った。頑張って、一人で居られるよう、に……」


 自分で口にしていて目頭が熱くなってきた。

 じわりと溢れてきた涙は、瞳の上になみなみと溜まってしまいブラックの表情が読めなくなった。呆れているのかな? 私、とても馬鹿だったもの……。


 すんっと鼻を啜って瞼を閉じれば、ころころと涙の粒がこめかみのほうへと転げて落ちる。


「迎えにいけて良かった……」


 ふわりと耳に届いた柔らかい声と同時に瞼に唇が触れ、目じりから零れる涙をつっと舐め取るとそのまま瞳に舌先が触れ、私は、ふっと息を漏らして身体を強張らせた。


 その反応にブラックが微笑んだのが分かる。


 ―― ……ああ……


 機微まで分かる。

 体温も伝え合える。

 触れ合える。


 その距離にやっと私は戻ってきた。


 その事実が余りにも嬉しくて、ようやっと実感出来た気がして……


 私はブラックの背に両腕を回し強く抱きついて声を上げて泣いてしまった。子どもみたいに、馬鹿みたいに……。


 そして、それを黙って受け止めるようにブラックが優しく抱いてくれるから、私は余計に泣いてしまったと思う。


「ブラックっ、ごめん、ごめんな、さい……」

「……マシロ」

「私、わたし、間違ってたの……元の、世界に、私の、家族の下に幸せはあると、思ってたの……それが当たり前で、それ以外には、有り得なくて……あっちゃいけないって、どこかで、思ってて……」


 ぐしぐしと私が溢せば、綺麗な指先が額をなぞり髪を梳いていく。


「みんな居るのに、どこか一人で……ひと、りで……寂しかった、寂しかったの!」


 ブラックっ! 掠れる声で叫んで掻き抱いた。


「……き、好き、大好き」


 ―― ……好き。大好き。


 何度も紡ぐ、言葉だけじゃちっとも足りなくて、お互いを何度も何度も強く確かめあった。

 

  きっと、私は……私は、今


    ―― ……一生に一度の恋をしている…… ――


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