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第四十九話:ただいま!(1)

「お嬢ちゃん、お譲ちゃん。大丈夫かい? ずぶ濡れじゃないか!」


 見上げていた空には月が一つしか浮かんでいなかった。

 今日は満月みたいだ。

 いつもの帰り道の土手で、ぼんやりと寝転がっていた私の顔を無遠慮に覗き込んできたのは、巡回中のお巡りさんだった。



 ***



「真白ちゃん!」


 悲鳴のようなお母さんの声に耳がなり、死にそうなほど抱き締められた。

 こういうときは普通、居なくなった時間と場所に戻ってくるのが小説などでは定説なのに、私の夢はそんなに都合良く出来ていなくて、私の世界の時間はちゃんと動いていた。

 捜索願が出されていた私は、警察に保護され迎えに来た家族に圧死させられそうになる。


 そして、何よりそれからが大変だった。


 どうやら私は帰宅途中に行方不明。

 誘拐や拉致監禁なども想定され捜索されていたらしく……事件になっていた。


 病院での検査などと終え、暫らくは自宅療養。ということだったけれど、みんなが心配するようなことは何もなかったわけだから、私はそんなに家に引き篭もっては居られない。

 二週間ほどで学校に復帰し、普通の生活に戻るかと思ったら大騒ぎ。

 根掘り葉掘り居なくなっていた間のことを聞いてくる無神経な人たちを、大抵は郁斗が、郁斗の目が届かないところではサチとユキが追い払ってくれる。


 この二人も普通どおり何事もなく、だ。

 本当に何もなかったのかも知れない。


 そんな瑣末なことをずっと私だけが気に病んでいたのかと思うと、情けなくて笑ってしまう。別に私の腹が黒かろうと、白かろうと、彼女たちには関係ないことなのだ。


 そしてあちらの世界の名残か、私は苦手だった理数系がかなり得意になってしまっていて、宇宙人誘拐説が有力視された。そのときにインプランティングされた影響ではないかとも囁かれ私は珍獣扱いだ。


「真白、早く乗って」


 暫らくの間、心配性の家族が毎日送り迎えまでしてくれた。

 私は居なくなっていた二ヶ月弱くらいの記憶は曖昧で何も分からないということで徹底したが、夢が夢でないことの証明のように、ブラックが口付けた名残が病院では犯人に暴行を受けたのではと疑われた。


 否定したけど、多分無駄だろう。

 私はすっかり被害者だ。


「ねえ、臣兄。どうして月って一つなんだろうねぇ? 私、二つ月のある世界を知ってる」


 私の馬鹿な話でも臣兄は嘲ることなく優しく微笑んで、よしよし。と、頭を撫でてくれる。


 信じてくれていないことは分かっている。

 でも優しいお兄ちゃんは否定もしない。


 私が時々意味不明なことを話しても、必ず最後まで耳を傾けてくれた。でも流石に異世界ネタは拙いだろう。

 病院送りにならないうちに控えなくてはと思うのに……呆けているとつい口走っている。


 私は流れていく景色を見送りながら深く長く溜息を吐いた。


 補習、補講の嵐で私の帰りはいつも遅くなった。

 負担にならないようにと学校側とも掛け合ってくれたようだけど、一応私もこちらで過ごすなら留年も退学も避けたいから、別に足りない単位を補うためなら特に問題ないし、これが白い月の少女風にいえば咎なのかも知れない。


 あれ以来、私は夜になれば月ばかり見上げている。

 月を恋うかぐや姫の気持ちが分かる気がする。


 ……でも、そうすると私のホームグラウンドはどちらなのだろう?



 ***



 そんな私の生活も、徐々にいつも通りの平穏に満ち溢れてきた。いたって普通だ。

 物珍しさも慣れてくると、みんな私のことを特別に気に掛けたりはしなくなったし、私はちゃんと進級も出来た。

 季節が巡って……もう直ぐ梅雨時だなと曇った空を見上げた。


 そういえば、シル・メシアにも雨期があるといっていた。


 そんな季節アルファはどうやって乗り越えているんだろう? まぁ、私が出会うまでも、その季節はあったのだから今までと変わりなく……なんだろうな。


 私は小さく溜息を吐いて帰り道を急いだ。


「真白、ぼさっと歩いてると馬鹿みたいに見えるぞ」


 ぼすっと背後から頭を押さえつけられて、私はぐぇっと可愛らしくもない声を出した。

 こんな馬鹿なことをするのは郁斗くらいなものだ。私が恨めしげに背後を見上げるとやはり背丈ばかりずるずると延びてしまって、いつの間にか可愛らしさから遠ざかってしまった我が弟だ。


「別にどう見られても良いよ」


 どうせ私は宇宙人誘拐説濃厚な人間だ。今更誰にどう見られても怖いものなどない。


「何か、卑屈になってねぇ?」

「もともと卑屈なんだよ。郁も暇なら買い物に付き合ってよ」


 並んで歩いていた郁斗にそう声を掛けるとあからさまに「げっ」と眉を寄せられた。


「もしかしなくても真白が夕食当番? 臣は何してんの?」

「お姉ちゃんっ! お姉ちゃんっていいなさいっていってるでしょ。それから、臣じゃなくてお兄ちゃんっ! あーぁ、郁がこんなに小さかったころは「おねーちゃーん、おねーちゃーん」っていっつも追い掛けてきていたのに。あの可愛らしかった頃の郁はどこへ行ってしまったんだろ」


 腰辺りでこのくらいと手を振ってワザとらしく溜息を重ねると、郁斗は益々苦い顔をする。

 両親が殆ど家に居なかったから、本当にお姉ちゃんっ子だったのだ。

 私はお兄ちゃんにべったりだったのだけど、郁斗が私にべったりになってから、私もなんでも頑張るようになっていたと思う。そのお陰でお兄ちゃん離れが少しは出来た。


 まあ、そうはいっても、頑張ったって上達するものとしないものがあるわけで……。


「はー……俺カレーとかスパゲティで良い」

「郁それ大好きだね? お子様ランチみたいだよ」

「真白がそれくらいしかまともに作れないんだろっ! あーあ、臣が居たら美味い飯が食えるのに」

「……郁、夕食抜きね」


 あんまり食欲らしい食欲も浮かばない。

 特に自分が当番のときは作ってまでは食べる気力がない。

 私だって作りたくはないのだ。早く家に帰りたい。


 はあ、と溜息を吐いて、とぼとぼと足を進めると夕食抜きに不満なのか「おねぇ」とマジ声で郁斗に呼ばれて隣を見上げる。


「あんま下ばっか向いて歩くな。背中はしゃんとしてろ」


 ばしばしと痛いくらい人の背中を叩きにやりと笑う。

 その笑いの意味は私たちだけには分かる。


 昔引っ込み思案だった郁斗にいつもいっていた言葉だ。顔を上げろ、前を向いて歩きなさい! と私もいつも口にして郁斗の背を叩いた。私は何とか微笑んで、弟のクセに生意気だと小突いた。


 それから二人で買い物をして二人で夕飯を作った。

 でもまぁ、お兄ちゃんのお陰か私たちは二人揃って料理の腕はいまいちだから、そこそこだ。

 かろうじて食べられるものに仕上がって良かった。お互い曖昧な表情で食事を取って味に関しては触れないことにした。


 これが私の毎日だ。

 普通に流れる時間だ。


 それなのに、私の心はいつもこれで良かったのかと不安に揺れる。黒猫を見掛けるとついあとを追い掛けてみたり一人きりになると思うのはシル・メシアのことばかりだ。


 郁斗が部屋へ上がってしまうと広いリビングが寂しくて、私も自室へと戻った。明日のための準備をして、メールのチェックをして、ネットして……ぼーっとして時間は流れていく。

 時計の短針が一番高いところを通り過ぎた頃、部屋の明かりは消したが眠る気になれなくて締め切っていたカーテンを開く。


 日中は曇っていたのに、今夜は特に月が明るい。


 机に腰掛けると何をするでもなくぼんやりとする。

 ころんっと机の上に転がした魔法石の髪飾り。私があちらから持って帰ってしまったものはこれだけだ。

 何度かこれを壊したら誰かが駆けつけてくれるのではないか? と、思ったが、多分爆発とか起きたら駆けつけるのはうちの家族くらいだ。


 それにたった一つの品だ。

 失ってしまうことの方が惜しくて、私は実行出来ないでいた。


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