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第四十七話:白の木、岩の牢

 王城内をエミルが普通に散歩してて良いのか? とか、気になることは多々あったが、カナイの説明によると王族は今日殆ど出払っているし、城内は先ほどのような新人が殆どになっているらしい。


 研修とかそういう感じで……。


 だから、実際エミルを見とめる者も居なくて城をあとに出来、裏には兵士が馬を持って待機してくれていたからそれに乗って聖域領へと入った。


 因みに、私は乗馬なんて出来ないからアルファに乗せて貰った。


 白馬に王子様は魅力的だけど、私には多分刺激が強すぎることになると思うし、カナイはまだ左腕が本調子ではないから……もしも落馬でもしたとき私を支えられないと断られた。


 聖域は自然の音以外は静かだ。


 踏み入れた先は森だから人影があるわけでもなく、人の入ってはいけない領域だから音がないのは仕方ない。

 でも、夕暮れ時の森は、少し不気味だと感じてしまう。

 木々が深くなってきたところで馬を降りた私たちは、さっきまでの陽気さも口数とともに減っていき、気が付いたときには無言だった。


 何となく居心地が悪いものの、それを解消すべき会話も思い当たらない。私は今日この世界から去ってしまうものなのだから仕方のないことだ。


 小一時間くらい獣道に毛が生えた程度の道を歩いていると、不意に頬を撫でる風が変わったような気がした。


「ふわぁーぁあ! やーっと付いた」


 一足先に茂みから抜け出したアルファは大きく伸びをした。

 それに続く形で出て行くと、ひーいろい湖がお日様の名残を映して湖面を赤黒く染めて凪いでいた。美しく情緒的な光景ではあるが、私はその湖面よりももっと存在感のある大木に釘付けられた。


 白い木だ。


 遠目だというのに、幹も、枝も、葉も、その全てが白く瑞々しく輝いているのが分かる。

 葉を揺らす音が、玲瓏と大気を伝って響いてくる。

 荘厳で……ただそこに在るというだけで、全てが癒されるような清浄さだ。


 もっと間近でその姿を見ることが出来ないのが非常に残念だ。真剣に魅入っていると「お前口開いてるぞ?」と、カナイから茶々が入った。

 慌てて口元を押さえたが別に開いてない。


「あれはシル・メシアの木だ。この依頼で傷付けてはいけない物の一つ。もう一つはあの反対側の岩牢。月の牢だ」


 いわれてカナイが指差した方を見ると、そこだけ剥き出しになった岸壁が牢のようになっている。


「シル・メシアの木が聖女……というか有り体にいえば“白い月の少女”が眠っていた場所だ。彼女が背を預けた大樹が彼女の色に染まったといわれている。そして、あの牢が“少年”を封じていたといわれてるものだけど」

「え? 童話じゃないの?」


 史実だとは聞いていない。二つ月の話はこの世界で一番有名な童話だと、最初にカナイ自身がいってたと思う。

 私の当然な反応にカナイは肩を竦めた。


「童話だ。童話だけど、ゼロから生み出されたものじゃないってことだろう? どこまでが本当でどこからが寓話なのか散々調べたが俺にもその境界線は分からなかった。エミルに、王室の蔵書まで調べさせたのになぁ」


 納得がいかないという風に頭を掻きながらそういったカナイに、ふーんと頷き、ちらとエミルを見ると目が合った。

 にっこりと微笑んだエミルは


「ねぇ、マシロ。ここに何か思うことない?」


 と、問い掛けてくる。

 良く分からないがその質問の答えをカナイも気になるらしく私を見ている。


「んー、何か? 青い月の少年は物凄い視力を持ってたんだなーと思うくらいかな? あの牢から大樹まで相当あるよねぇ、それでも見止めていられるなんて凄いよ、十キロ先のシマウマの模様だって分かるよね! きっと」


 あはは……と、笑った私にエミルは優しいから「そうだね」と、微笑んでくれたけど、カナイはあからさまに馬鹿馬鹿しい、と、肩を竦め歩き始める。


 目的地はここのはずだしどこへ行くのかと聞いたら「一応、大樹と牢の両方に壁を作ってくんの」と片手を振られた。


「マシロちゃん、この辺で天体観測しましょう。ほら月が出てきた。もう直ぐ欠け始めます」


 ぐいぐいと私の手を引くアルファに頷いて、柔らかな草の上に腰を下ろした。その隣にエミルも腰を下ろし空を仰ぐ。


 一番星がキラリと煌いた。


 直ぐに夜の帳は下りるだろう。

 私がこの世界に居るのも、もうあと僅かだろうなと思う。


 膝を抱えた私は、さっきのエミルの問いを考えていた。


 本当はこの場所であの木を見た瞬間、心というか魂が震えたような気がした。記憶にあるとか覚えているとか、そんなことを口にするつもりはない。


 でも、唯の大木ではなくて、唯の牢ではなくて……良く分からず、涙腺が緩みそうだった。


 青い月の少年に少女との距離なんて関係ないのだ、ということは感覚的に分かった。

 目で見るとか、肌で感じるとか、そういう直接的なもので少年は少女を見ていたのではなくて……上手くは表現出来ないもどかしさが残るものの、心に、その存在自体に、恋をしていたのだ。


「マシロちゃん?」


 ぎゅっと膝を抱えたまま地面を見詰めていた私の顔をアルファが覗き込んで首を傾げる。


「どうかした? お腹すきました? んー、ちょっと今日は火が焚けないから」

「違うよ、なんでもない。心配しないで」


 ほっとくと何か始めそうだったので、取り合えずストップを掛けた。止めた私をアルファは「んー?」と見詰めてぽんっと手を打つ。


「感傷的になってるんですね。それをいうなら僕だってそうですよー。エミルさんとカナイさんがマシロちゃんが戻ったら、引き止めちゃ駄目だっていうから我慢してましたけど」


 アルファ、いわれたならいって良いの? 私の隣にエミルは居るよ。黒王子になっちゃうよ? エミルのいいつけは守ったほうが良いんじゃないかな?


「やっぱり我慢出来るわけないじゃないですか。マシロちゃんと今夜限り会えなくなるなんて、嫌で、す」


 抱きついてきそうな勢いでそういっていたアルファだったのに、話し始めと終わりでは包む雰囲気ががらりと変わっていた。それに気がついた私をアルファは見ていない。

 すっと、片方の膝を立て、何の前置きもなく腰の剣を迷わず引き抜いた。


 遠慮なしな大剣だ。


 物騒なので目の前で抜刀しないでください。と、私が口にするより先に、エミルが私をぐっと引き寄せ立ち上がらせた。


 ざわっと木々が葉を揺らし、一呼吸する間もなく辺りの空気が変わったのが私にも分かった。


 続けて、アルファはいつも通りの笑顔を私たちに向けてから、すっと私たちの前に立った。さわさわ、ざぶんっと、徐々に荒く波立ち始めた湖面を睨み付けた。


 空を仰ぐと月がもう半分ほど欠けている。

 月同士の月食なんて私たちの世界では有り得ない。


「あんまり時間はなさそうだな」


 月に気を取られている間にカナイが戻ってきていた。

 左手には、以前見た杖が握られている。やはりまだ本調子ではないようだ。


「西側に水竜を追い込むから、エミルは予定通りこいつを送り返してやれ」


 カナイの言葉にエミルは冷静に頷く。

 私の鼓動は刻一刻と近づく別れのためか、湖から姿を現すであろう竜の姿に怯えてか、どんどん早くなっているというのに、みんなはとても落ち着いていて余計に苦しい。


「別れを惜しんでやる暇はないんだ。悪いな」


 そんな私の心境を察したのか、カナイがそういって、いつもと同じように私の頭に乱暴に手を置く。いつもなら、そのまま頭を沈められるのだけど今日は撫でられた。

 大きな手が不器用そうに私の頭を撫で、髪を梳いて降りていく。


「決心が鈍らなくて正直残念だ。でもお前のそういうところは嫌いじゃない」


 ぐいっと引いて額に口付ける。

 まさかのカナイの行動にわたわたした私にカナイは困ったように笑ったあと「じゃあな」と締めくくってその場から消えた。


「逃げたね」

「逃げましたね」


 エミルとアルファの声に、多分「うるせー」と既に湖の反対側に到着したカナイが怒鳴っているのが見えた。恐らく続けて、アルファもさっさと来い、と、いってるのだろう。

 ぶんぶん、元気に杖を振り回してるけどカナイ、左腕痛くないのかな?


 アルファがその様子に「あはは、カナイさんかーわいい」と笑ったのと同時に湖がわっと盛り上がり巨大な竜の頭が姿を現した。


 太く長く大きな鎌首を持ち上げて、大きく左右に揺らすと劈くような雄たけびを上げる。

 びりびりと空気が痺れるように反響し、暗くざわついた。


 隣に立ったエミルに引き寄せられ、反射的にその身体にしがみ付く。

 恐いとか驚いたとか、そんなものを感じる余裕は心になくて、ただそれを見つめるだけだ。

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