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第四十二話:最初で最後の超モテ期?!

 お祭りを明日に控えて、授業は休み。

 本日も同じくラウ先生の研究室を借り切っている。


 そこで、カナイは昨日の作業を終了させ、次は小難しい構築式を書き連ね、アルファは退屈そうに剣の手入れをしていた。


「マシロ? 大丈夫?」


 それ引っくり返すと大変だよ。と、私の手の中からエミルがビーカーを抜き取り机の上に載せると、両手にしていた分厚い皮手袋を外して隣に腰掛けた。


 エミルとシゼは無菌室から出てこなかったのだけど、今やっと出てきたのだろう。


「休憩? お茶淹れようか」

「あ。良いですよ。僕淹れます」


 席を立った私に、アルファが声掛けて私は再び椅子に腰掛ける。

 私もアルファ同様手持ち無沙汰なのだ。


 昨夜も結局ブラックは姿を見せなかった。

 毎日のように現れていたし、きっとあんなことをいっていても何事もなかったようにひょっこりと姿を見せると思っていた。だから、本当にもうあれが最後で会えないなんて思いもしなかった。

 勝手にさよならして、勝手に終わったつもりなのだろうか? 私は、無意識のうちに紋章の刻まれている左胸をぐっと抑えていた。


 終わってなんていない。

 何も終わってなんていないのに、あいつはいつも勝手だ。


「マシロ、何か悩みがあればのるよ? 直ぐに解決出来るものでないにしても、誰かに話をするだけでも違うかもしれないし」

「え? あ、ああ。うん。有難う」


 気遣わしげに声を掛けてくれるエミルに大丈夫だよ、と、答えて小さく溜息を落とす。


 暇があるとついあいつのことを考えてしまう。


 私はもう帰ると決めたのだから、これで良いはずなのに、今更何を悩むことがあるのか正直自分のことなのに良く分からない。気分は果てしなく曇天だ。


「もう、明日だね? 帰る日が近くなるから感傷的になってるだけだろうって、カナイといってたんだけど、少し違う?」


 アルファが運んできてくれたカップを受け取りながらそういったエミルに、私は「え?」と顔を上げて少し離れていたカナイを見ると目が合ってぷいっと逸らされた。

 あんな憎まれ口を叩いておきながら結局、心配、してくれてるんだ。そう思うと酷く申し訳ない気になる。


「……ごめん。私、またみんなに心配掛けてるんだね。う、うーん。感傷的……多分、それもあるんだと思うんだけど。何だろう、なんていうか分からないんだけど。ブラックが、顔を見せないんだよ。ここ二日くらい、殆ど毎日のように来てたのに」


 改めて口にすると何だか少し凹む。しかし、みんなの空気が驚いているような気がしたから私は慌てて付け加える。


「あ、でも最後に会ったときには、さよならっていってたから、それで終わりなのかも知れないんだけど。えと、その、多分、だから来ないんだと思うんだけど、これで良いんだと思うんだけど、変だよね」


 あははと笑った私が両手で包み込んだカップの中身が揺れている。

 少し震えているみたいだ。

 何か情けないな。


 苦笑して一口カップに口をつけるとアルファに肩を掴まれた。


「気にすること無いですよ! 闇猫のことなんてほっとけば良いんです。もう、借金の返済も目前だし、取り立てなくても回収出来るからきっと、もう……だ、だから、マシロちゃんは、ね。あんな奴のこと忘れて、そう、忘れてください。ああ、でも僕のことは忘れないで下さい」


 何かを必死に否定するように、アルファは言葉を繋ぎ、彼にしては珍しく作り物の笑顔を見せた。


「忘れないよ。アルファのこともエミルのこともカナイのこともシゼのこともブラックのことも、ここであった全部のこと忘れないから大丈夫だよ?」


 苦笑しつつそう繋いだ私に、アルファは泣きそうな顔になって「大丈夫じゃないよ」と零す。


「マシロちゃん、忘れて。闇猫のことは忘れた方が良い。だって、マシロちゃん、それじゃ、まるで……」


 一生懸命何か伝えようと口を開いたが、アルファは最後まで口にすることなくエミルに遮られた。


 エミルはいつもとあまり変わらない調子でお茶を口に運んで一息つくと、改めて、にっこりと私の名前を呼ぶ。私がエミルと目を合わせるとエミルは席を立って、ちょっと待つように私にいうと傍に居たシゼを振り返る。


「少し出るから、溶液の温度を保っていてくれるかな? シゼなら大丈夫だよね?」

「は、はい! 出来ます!」


 私には分からないが、多分重要なことを任されたのだろう。

 シゼは嬉しそうに頷いて、さっき出てきたばかりの無菌室へと戻っていった。ぱたんっと扉が閉まるのを見送ってエミルはアルファとカナイにも作業を続けるようにいうと私の腕を引いて研究室を出た。



 

「エミル?」


 そのまま付いて出たのは良いけれど、エミルの意図が良く分からない。呼び掛けると、繋いでいた手にきゅっと力が篭った。


「マシロは、名前の通り真っ白でこの世界では何も持たないから、全てを持っているといわれる闇猫に惹かれるのかな?」

「え?」

「アルファの言葉を借りるなら……マシロは恋をしているみたいだ」


 エミルの言葉に体温がかっと上がった気がした。


 私が恋を……ブラックと同じような気持ちを自分の中で持て余していると? そんなことないと口に仕掛けて、それが声になって出る前に「分かるよ。分かるんだ」とエミルに遮られる。

 エミルは私の少し前を歩きながら、こちらを見ることなく話を続ける。


「僕は君を見ていたから。僕だけじゃなくてカナイもアルファも、みんな、君を見ていたから、あの二人なんて君が来るまで他人に興味なんて全くなかったんだよ、それなのに不思議だよね」


 なんだかエミルの様子がおかしいような気がして、私はその顔を覗き込もうと声を掛けたが足を止める様子はなかった。


 仕方なく私は少し足を速めた。


 そして殆ど無理矢理顔を覗き込んだ私に気が付いたエミルは、ちらりと私を見てにこりと微笑む。そのとき、ちくり……と、心が痛んだような気がしたのは何故だろう。


「マシロは僕が帰らないで欲しいといったときのこと覚えてる」


 その言葉にぼっと頬が高潮したのが分かる。

 気が付いたエミルはくすりと微笑む。忘れるわけない。薬の影響とはいえあんなに近くで語りかけられキスをされたのだ。なるべく考えないようにしているけど、でも、改めて問われると今でもドキドキする。


「わ、私は、覚えているけど、エミルはあまり覚えていないんだよね? その、媚薬系の薬のせいで」


 おどおどと問い掛けた私にエミルはふふっと悪戯っぽい笑いを零す。


「ううん。覚えているよ。だってあれは僕の本音だから。帰って欲しくないと思っているのも、君にキスをしたいと思ったのも」


 全部本当のこと。と重ねてやっと足を止めると私を見詰めた。


「本当に、自分の意思とは関係なく言葉を紡がせてしまうような強い薬はルール違反だよ。だからあれはギリギリ。自分の気持ちに蓋が出来なくなる薬イングリーマ、心の端という意味だけど真実薬といわれることもある。だから本当」


 足を止めた場所は寮の裏口だった。


 外気に触れたせいか、ほんの少しエミルの頬が朱を帯びているように見える。

 こうして見るとやっぱりエミルは綺麗だな。

 刹那、彼に見惚れているとエミルは困ったように微笑んで、いつものように私の頭を撫でる。


「そんな風に見詰められると、嬉しくて誤解しそうになるよ。でも、僕は君が好きだから、マシロの気持ちには敏感に気がついてしまうんだ。本当は気がつかない振りをして、そのまま全て有耶無耶で夢のような曖昧さのままで、居れば良いと思ったんだけど、マシロがとても苦しそうだからもう目は逸らしていられないよね」


 あの二人も同じようなものだと思うけど、と、くすくす笑うエミルは普段と変わりないような気もしたし、少し緊張しているようにも感じた。

 多分、きっと私は間違いなく告白されているのだと思うけど、私は何か答えた方が良いのだろうか? どうして良いか分からなくて、エミルの瞳から逃げることも出来なくて、ただ赤い顔でおろおろしてしまう。


 そのとき、偶然か必然か裏通りだというのに入ってきた馬車をエミルは片手で止めた。

 馬車は厩舎に戻るところだったらしい、エミルの言葉に驚いた御者が声を裏返しているがエミルは変わらず穏やかな調子で「彼女は大丈夫ですからお願いします」と重ねていた。


 首を傾げた私に戻ってきたエミルは馬車の扉を開けた。


「明日、午後のパレードのあと僕らはここを出るつもり。そして夜のパレードが始まる頃合いにギルドの依頼を遂行するよ。それまでに、君が望むなら帰っておいで」


 きょとん……と、する私にエミルは私の手を引いてステップに足を掛けさせると話を続ける。


「機を逃しても構わない。でも、逃さなくても構わない。君が望むようにすると良い」


 遅疑逡巡する私にエミルは微笑むと「僕一人がこんなことをいうのはちょっとズルイと思うけど」そう前置いて、エミルより少し高い位置になっていた私の腕をぐいっと引く。


「大好きだよ、マシロ」


 鼻先が触れる距離で囁いて唇が重なる。


 それは直ぐに、ちゅっと可愛らしい音を立てて離れたけれど、私は驚きに目の前がちかちかしたような気がする。

 真っ赤になって口元を覆う私に、エミルもほんの少しだけ頬を赤らめて「僕はズルイから」と肩を竦める。


「じゃあ、お願いします」


 何もいえない私に早く乗るように勧めて扉を閉めた。


 ゆっくりと動き始める景色からエミルの姿は直ぐに消えてしまった。私が馬車の中でお行儀悪く膝を抱えると御者のおじさんが「本当に良いのかい?」と心配してくれる。


「辺境の町なんて行っても、種屋くらいしかないよ。お嬢さん」

「……はい。私はその種屋に用があるんです」


 お願いします。と、締めくくって私は膝に額を擦り付けてほんの少しだけ涙を流した。

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