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第四十一話:幸せのある場所

 ***


「暇で仕方ないならコレでも磨いてろよ」


 魔法石を持ち帰ったあと、エミルが本格的な作業に入るからとラウ先生の研究室を借りた。


 生徒が自由に出来る研究室も幾つかあるらしいが、そこは信用出来ないし設備も整っていないからという話だった。当の持ち主のラウ先生もお願いしたら特に行う内容を聞きもしないで「良いですよー」と鍵を渡してくれた。


 ラウ先生は普段何の研究をしているのか知らないが、雑然としていた職員室とは対照的にきちんと整理整頓が出来ていて整然としていた。


 その理由は直ぐに分かった。


「あちらなら外とは完全に隔離されていますから、今回の作業には適していると思われます」


 ラウ先生の研究室にはもれなくシゼがついてきたのだ。

 多分、ここをこの状態に保っているのはシゼだろう。

 エミルは直ぐに魔法石の加工に入り、アルファは退屈だからと素直に明言して外に出掛けた。カナイは研究室の一角を陣取って何か細かいことをやっている。


 その様子を眺めていたので、その内の一つを渡され布を握らされた。


「……何コレ?」

「結界石」

「いや、それは分かるけど……何を彫ってるの? ア…ノー、ル……シル・ガレン?」


 軽く布で石を擦るとカナイがコツコツと彫っていた内容が浮かび上がる。

 はっきりと読めないが文字のようで、私がたどたどしく読み上げるとカナイが「読めるのか?」と驚いたように手を止めた。

 読めるけど意味が分からない。と、首を傾げた私を暫らく見詰めたカナイは勝手に納得したようで、そうだよなと頷いた。


「それは古い文字だ。古い文字は術を施すのに良く用いられるんだ。それを結界石に直接掘り込んで術者が居なくても使えるようにしている。いくつもの術式を同時に発動させるのは疲れるからな、今は時間があるしこのくらい準備しといて損はない」


 ……にしても、この間まで二つ月の原書すら読めなかったのにな。と、締めくくる。

 カナイにしては珍しくきちんと説明してくれた。

 最後の呟きは少し悲しげに響く。

 深い意味はないと思うけど、私の中の種が私本来の能力よりも強い力を発揮してくれているのだろう。そのあとは二人とも黙って作業を続行した。


 綺麗に磨き上げられた石は室内の明かりを反射して煌く。


 ―― ……結局、昨夜は来なかった。


 私は王宮であんな話を聞いたあとだったし、少しブラックの顔が見たかったのに珍しく顔を見せなかった。

 まさか、一昨日の“さよなら”が本当だとは思いたくなくて、偶然……昨夜は来なかっただけだと思うことにしたのに。今夜も来なかったらどうしようか、と、言葉に表せない気持ちが渦巻き溜息となって外に吐き出される。


「……五回目」

「え?」

「疲れたのなら休憩を取ってはどうですか?」


 ことり、と、机の上に湯気が昇るカップを載せてくれたのはシゼだ。

 同じようにシゼの置いたカップを受け取ったカナイは、ちらりと私を見て軽く眉を寄せた。疲れるようなことはさせていないというアピールだったら嫌だな、と思ったがそうではないようだ。


「余りに、マシロさんの溜息が多いから、カナイさんの手が止まってしまっていますよ? 作業効率が悪すぎます」

「は? あぁ! 違うだろ」

「違いませんよ。さっきから、ずー……っと! マシロさんのことばかり見てるじゃないですか。気になるなら聞けば良いのに」


 では、僕は忙しいので。と、爆弾の導火線にだけ火をつけて、シゼはさっさとエミルが作業しているだろう部屋の奥へと消えていった。


 いやーな沈黙が流れる。


 ごほんっとカナイがわざとらしい咳払いのあと切り出した。


「昨日、会ったんだって? キリアに」


 どうして知っているのかと首を傾げた私にカナイは苦笑した。


「あのな、俺とアルファは同室なんだぞ? お前の手首も気になったし、話くらい聞くだろう?」


 いわれて反射的に私は手首を擦った。

 昨日はエルリオン先生に包帯を巻かれてしまったが、今日はもう巻いていないし、その時だって分からないように制服の袖で隠していたのに。

 うぬぅっと、唸って眉を寄せた私に、カナイは呆れたように、でも柔らかく微笑んだ。


 カナイは、最近そういう顔をするようになったなとしみじみ思う。最初なんて人を小馬鹿にした笑い方しか出来なかったくせに。


「ターリ様付きは妄信的な奴が多いから、執りあう必要ない」

「ターリ様ってエミルのお母さんだよね? 本当にそんな風に考えてるのかな?」


 ふぅとまた溜息を落とした私にカナイは、んーっと唸った。


「これは予備知識だけどな? ターリってのは、今の王室に五人居る。王が囲っている女性の地位に対する固有名詞みたいなものだ。ケレブ=ターリというのが、エミルの母親に当たる女性の名前だ。彼女ら全員が考えを同じくしているとは思わないが、ターリ様付きってのは基本的に付いているターリ様に忠実だ。考えを同じくしているか、もしくは暴走気味、かも知れない。でも、まあ……基本的にはターリ様の為にって根っこは変わらないんだろうけどな?」


 私の知識不足を補うように説明してくれたカナイは、そこまで話すとカップの中身に口をつけ一息吐く。

 私もカップの中を覗き込み口付けた。

 反射的にうっと息を呑む。


 甘い。


 ロシアンティーくらい甘い。シゼって甘党なんだな?


「兎に角、だ。王宮になんか係わる必要ない。常人に理解できる世界じゃないし、忘れろ」

「……忘れろって、忘れられないよ。この世界にはああいう考えの人も多いってことだと思うし、それがきっと主流なんだよね。だからブラックは繁盛してるんだろうし」

「だとしてもお前には関係ないだろう? この世界ではそれが普通だ。変える必要も変わる必要もない」


 はっきりと拒絶され私は凹んだ。


 カナイのいうことは最もだ。

 私は明後日には元の世界に帰る。だからここでのことは私にはもう関係ない。関係する必要もない。ぎゅっとカップを握り締め俯いた私に、カナイが苛立たしげな声を上げた。


 吃驚して顔を上げると盛大に溜息を吐く。


「そうじゃない! 凹むな。お前は凹まなくて良い。くそっ。どこら辺が拙かったんだ?」

「カーナーイさんはぁ、マシロちゃんのことが心配なんですよねー。悩んで欲しくなくてー、元の世界で幸せになって欲しいだけですよねぇ」


 物凄く難しい顔をしていたカナイの頭に圧し掛かって軽口を叩くのはアルファだ。

 アルファはカナイの頭に圧し掛かったまま「おやつ買って来ましたよ」とクリムラの箱を私の前で揺すった。

 どけよっ! と、乱暴に起き上がったカナイを軽く避けてアルファはころころと楽しそうに笑ってから机の上に箱を置く。


 その様子に私も思わず笑いが零れた。笑いながら


 ―― ……貴方の幸せはそこにあるんですね。


 そんなブラックの台詞が脳裏を横切った。

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