第三十九話:盲目的に一途な思い(1)
翌日部屋に引き篭もっていた私は、殆ど無理矢理アルファに連れ出された。
王宮に引っ張り込まれ一般的に騎士塔と呼ばれるところが終点らしい。演習の見学なんて遠慮したかったのに、アルファはそれを許さなかった。
「あれー? アルファさん今日は彼女連れですか?」
「うん、そう。可愛いからって手を出さないでね? 死にたいなら良いけど」
私に否定する隙はない。
可愛い笑顔で口にしていることは悪夢だ。
にこにこと私たちに声を掛けてきてくれた生徒は「遠慮します」と笑っていたが口元は引きつっていた。アルファの雰囲気は、冗談をいっている風ではない。
「それじゃ、今日もお手柔らかに頼みます」
と、手を振って離れていく生徒を見送って、アルファは背にしていた私をいつもの笑みで振り返る。
「この辺りで見ててください。王宮は広いですから、迷子になったら見つけるのが大変なので……あー…良かったら参加しますか?」
「遠慮します」
私に騎士を目指すような人たちの運動量をこなせるとは思えない。
一秒も考えるそぶりもなく断った私にアルファはそうですよね。と、苦笑した。
そして演習場の中央から呼ばれる声に応えるように手を振って「じゃあ、行きますね?」と私を壁際のベンチに座らせるとアルファは十五人程度の生徒が集まる場所へ走り去った。
私はそれを見送る。
演習場は並んで建つ二つの塔の間にあった。
周りを綺麗な芝で整備した運動場だ。
私は武の素養を持つ人たちの学校は王宮と呼ばれているから、城の中にあるのだと思っていたがお城は遥か彼方だ。
王宮の外門を越えてこちらは全て『王宮』と呼ばれることになるらしい。
許可のない民間人が立ち入ることが許されない場所であるから、そのせいかここは他の二つの学校よりも閉鎖的な環境にあると聞いた。
ぼやん……っと、していたら刃物を打ち合う音で現実に引き戻された。
練習が始まったようだ。
簡単な防具だけを身につけ、アルファからは刃が削ってあるものを使うから大丈夫だと聞いたけど剣を打ち合う姿は、正直私には向かない。
でも、響いてくる音は鈴の音のように玲瓏と辺りに響き身が引き締まる気がする。私はそんな音の中、空を仰ぐ。
秋のように高い青空に、子どもの落書きのような雲が浮かぶ。
時折、飛んでいく大きな鳥は鳶だろうか? ぐーんっと旋回していく姿が綺麗だ。
「……好き……か」
ブラックの言葉の意味を考える。
私は、彼と同じだけの好意を彼に抱いているだろうか?
「……ません、すみません」
「え? ああ」
くんくんっと、背後から袖を引かれて私は声のする方を振り返る。
こそこそと私に近づいて来ていたのは、この間エミルにパレードへの参加を強要していた女性だ。
アルファに見つかりたくないのか、ちら……とだけ、アルファの位置を確認して「少しお話させてください」と顎で奥を指す。
私がこの人から聞くような話はないと思うけど、拒絶するのも面倒になっていた。私は軽く頷いて腰を上げ演習場から抜けた。
途中ちょっと振り返るとアルファと目が合った。
やはり私が席を外すのを、アルファが見逃すはずはない。一緒に居る人が見えるように、少し立ち位置を変えるとアルファは戸惑い気味に頷いた。
「わぁ……」
連れて来られたのは庭園だった。
図書館の庭も綺麗に整備されていて居心地の良い場所には違いないが、ここのそれは桁違いだ。何かのテレビ番組で見たイングリッシュガーデンのようだ。
白い石で造られた遊歩道の両脇は腰の高さで綺麗に整えられた植木が、白く小さな花を咲かせている。ちらほらと人影もあるし、少しだけ胸を撫で下ろした。
ついて来たものの、安全とはいい難いし軽率だったかな? とも思っていたところだったから。
そう思って安堵したのも束の間、庭園内から出てはいないが彼女が足を止めたのは人影のない一角だった。背の高い植木が他の場所から死角になっている。
振り返った彼女に警戒した私を、彼女はにこりと微笑んで向かえた。
「命を取るようなことは致しません。ただ、お話しを誰かに聞かれるのは避けたかったのです」
ご理解ください。と、頭を下げた彼女に私はいぶかしみつつも頷いた。
「ケレブ=ターリ様にお仕えするキリアと申します。先日は失礼致しました。お話の内容はご想像の通りだと思います。エミリオ様に祭事へご出席していただきたいのです」
「……それは、この間本人が断っていたと思いますけど」
「ですが、マシロ様はエミリオ様がご自身で仰っていらしたように特別な方。そのような方に口添え頂ければエミリオ様のお気持ちも変わるのではありませんか?」
やっぱりな展開に私は、溜息を落とす。
「私はそんなことをエミルにいうつもりもないですし、私がいったところでエミルの気持ちが変わることはないと思います」
話がそれだけなら失礼します。と、締めくくって踵を返すと引き止められる。
私にはこれ以上話すこともないし、キリアさんに拘束されるのは嫌だ。
だから無視して戻ろうと思ったのに、ぎゅっと掴れた手首が悲鳴を上げる。
眉を寄せた私にキリアさんは「これはエミル様のためでもあるのです」と続ける。
私は乱暴に手を振って彼女の手を振り解くと「聞くだけですからっ!」といい放って掴れていた手首を擦る。
痣になりそうな気がする。
嫌だな、これじゃあ、何かあったことを隠せないよ。
「祭事やパレードは年に一度民衆への次代王の顔見せの場でもあります」
そりゃ、嫌がるだろうなぁ。エミル。
真剣な面持ちのキリアさんから僅かに視線を逸らして、私は乾いた笑みを浮かべる。
「高がパレードですが、行く行く王位決定の場では民衆への知名度・信頼度なども必要になってくるのです。私はセルシス様亡きあとエミル様こそ次代王を引き継ぐべき逸材だと思っております。いえ、そうでなくてはなりません。深くお心を病んでおられるケレブ様のためにも」
……先に出たケレブ=ターリという人は、エミルの母親なのだろう。
エミルの話を聞く限り、エミル思いの母親とはいい難い。
私には苦い思いが浮かんでくるのに、キリアさんは気が付くことはない。この人はきっと、そのケレブさんという人に陶酔しているのだ。
ケレブさんのためになれば、継ぐのがセルシスさんだろうと、エミルだろうと、関係ない。
エミル個人なんてこの人には関係ないんだ。
心の中が酷く寒くなる。
「で、でも、王様を決めるにしてもエミルは継承権から遠いと聞いたし、それに継承順といっても素養が必要になるんでしょう? だとしたら」
「仰るとおり今はまだエミル様は継承順位が遠く、素養もなりを潜めております。しかし、王子はあのセルシス様の弟君。王になる素養をお持ちでないはずはありません。王宮を出る際には封じられておりましたが、素養自体を消し去ることなど出来るわけがないのです」
ぐっと拳に力を込めるキリアさんに私は何ともいえない。
キリアさんの一人舞台に水も注せず私は溜息を吐く。そんな私に気が付いているのかどうか知らないが、キリアさんは「それに……」と続けて怪しく微笑むと
「無ければ種を飲めば良いのです」
「は?」
「幸いにも、貴方は闇猫とも懇意にされているようですし、貴方にはまだまだ利用できる価値がある。貴方は王家に必要な方です」
背筋がすぅっと冷えた。