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白蒼月紅譚~二つ月のある世界(種シリーズ①)  作者: 汐井サラサ
番外編:危険なお仕事の代償
40/100

―3―

 ***(ブラック視点)


「遅い」

「っ!」


 不愉快だった。

 非常に不愉快でそんな自分にも嫌悪感を覚えていた。


 わけが分からない。

 自分のものに傷を付けられるように、面白くなかったのは確かだ。しかし、それ以上の不快感が気分を害していた。


 薄明りの下では輝くようにはっきりとした色味は暗く染まるが、内包した種が何者かはっきりと告げている。役割を見失いがちな王子だ。走ってきていた姿を見つけて呼び止めるより先に手が出ていた。片手でおとがいに手を掛け吐き出されるはずの息を遮断するように指に力を入れた。


「……っかは!」


 出てこない呼気が苦悶の表情と共に破裂音に近い形で吐き出される。本来なら消してしまいそうな勢いだったのに寸止め出来たことにも少し驚いた。


「女性一人護れないのですか?」


 尚力を籠めそうになるのを自制し首を掴んだまま、腕を振り下ろして壁に叩きつけて手を離した。

 げほっ! と、激しく咳き込んでいる姿を見ても感情は動かない。


 当然、それはいつものことだ。


 地面に崩れ落ち、片腕を支えにして肩で息をしている。

 いつもと違って消してしまわないのは、今ここで消してしまったら……またマシロの迎えが遅くなる。だから消さないだけだ。


「無能ならばくだらないしがらみと一緒に消しましょうか」

「冗、談……。今、殺されたらマシロを迎えに行けなくなるよ。悪い、けど、お断り」


 げほっと、もう一度だけ大きく咳き込んで立ち上がる。見た目より、遥かに偉丈夫らしい。


「ふ……ふふ……」


 締め上げた頤を押さえて口角を引き上げた王子に気でも触れたかと思った。しかしそれは外れて、はぁ……と大きく一つ呼吸をした後


「闇猫でも、そんなに傷付いた顔をするんだね?」

「っ」


 ここに鏡がなくて残念だ。と口角を引き上げた王子に苛々したが、それ以上引き止めることは面倒なだけだ。


「生かされているということ、忘れないで下さい」

「そうだね。今夜だけはそのことに感謝するよ」


 急ぐから、と、そのまま走り出した後姿を苦々しく見送る。

 生かしている……何故、今更そんなことを口走ったのか良く分からない。


 マシロに告げるならまだしも、この世界の住人ならば種屋のことは嫌というほど身に染みている。わざわざ告げるような事柄ではない。


 意味が分からない。


 胸が痛い。得体のしれない痛みが、恐怖を生む。

 種屋が、恐怖するなんて有り得ない。しかし、こんな痛みを持ったことは、歴代の種屋も一度もない。


 ―― ……病にでも冒されたのかもしれない。


 そんな恐怖だった。



 ***(マシロ視点)



「……怒ってる、よね?」


 ごめんなさい、と続けた私に、エミルは何事もなかったように、にっこりと微笑んでくれた。

 店に迎えに来てくれたときも、困ったような切羽詰ったような顔をしていた。でも、ブラックのようにはっきりとした怒りはなさそうだ。ほっとしたのと同時に、申し訳なさでいっぱいになる。


「首、痛いの?」


 とぼとぼと帰り道を歩きながら、問い掛ける。

 午前中はそんな素振りはなかったような気がするのに、なんだか首辺りを気にしているように見えた。でも、エミルは「ううん」と首を振る。


「それに、怒ってるよ。怒ってるけど……別にマシロに怒ってるわけじゃないから、マシロが気にしなくて良いよ。自分が不甲斐ないなと思って……もっと早くマシロを迎えにいっていれば、マダムルージュに掴ることもなかったのにね?」


 苦い笑いを零したエミルに私は謝罪を重ねた。


「マダムルージュの店はそんなに疚しくはないと思うけれど、やっぱりお酒を扱う店だから、酔っ払いに絡まれると大変だし、マシロ自身が酔っ払いになることもあるから……お勧めは出来ないな。テラとテトから聞いたときは凄く吃驚したよ」


 仰るとおりです。

 現に絡まれて酔っ払いになっていたことも本当なので、私は何もいえない。


 ブラックの言葉どおり、あれから私の足元はしっかりしていたし、今だって普通に歩けるけど、なんともいえない罪悪感は全く拭えない。


 今日は最悪だ。


 寮に戻ってからはエミルと二人、寮監さんに懇々とお説教をされ、部屋に戻ろうと思ったらカナイに掴ってここでもまたお説教をされた。


 ***


「え、こんなに貰えないよ」

「良いよ、気にしなくて」

「そうそう良いよ」

「マダムルージュの気持ちだって」

「あんなに血相変えて迎えに来る相手が居る子には申し訳ない仕事だったって」


 私は数時間しか居られなかったのに、マダムルージュが払ってくれたのは金貨五枚だった。夜の仕事の相場は分からないけど、私が一ヶ月根をつめて働いても稼げないくらいだ。

 それをたったアレだけの時間で……。


「そんなに、エミルさん血相変えてたの?」


 私が驚いている間に、買出し組みとして付いてきていたアルファは、カウンターに肘を乗せ、その上に顎を預けて身を乗り出すと片方の足をぶらぶらさせて楽しそうに聞いている。


「あー、うん」

「ねぇ?」


 二人揃って顔を見合わせたあと、ちらりと私を見て、相槌を打つ。

 意味が分からない。

 まあ、良いや。と、割り切った私は「行こう」とアルファの腕を引っ張って外へ出た。


 ***


 ―― ……そしてその頃カナイの部屋にてエミルは……


「んー、顎のうしろ辺り……」

「ここか? 少し腫れてるな」

「い、ったた、カナイ、ちょっと痛い」


 ブラックに絞められた辺りに違和感を覚えていた。

 校医に見せることを勧めたものの、エミルが首を縦に振らないので、少しでも炎症を抑えてやろうとカナイが首筋に触れると両方の耳の下辺りが少し腫れているようだ。


「お前さ、闇猫と一人で対峙するようなことするなよな。お前の声は届くようになってるだろ? 何のための護衛だよ」


 ぶつぶつと零すカナイにエミルはふふっと笑みを浮かべ、そっと耳のカフスに触れる。特別な魔法石が埋め込まれているカナイの特注品だ。


「闇猫相手じゃ、どうせ誰も敵わないよ」

「は? それでもお前だけじゃ瞬殺だろ。俺が居たら秒殺くらいになるかも知れないじゃないか。アルファもいれば分殺くらいには……っていってて空しくなる」


 ぶすりと不機嫌そうに、そう答えたカナイにエミルは「ありがとう」と尚笑う。


「でも、どうしてこの程度なんだ?」

「んー? それは、まぁ、マシロを迎えに行く人が居なくなるからじゃないかな? 時間が惜しかったんだと思うよ」

「あの闇猫がか?」

「あの闇猫がだよ」


 思わず二人して顔を見合わせると、くっと喉の奥で笑いを殺す。


「それでさ、噛み合わせとかおかしくないかな?」

「んー、どうだろなー。腫れが引かないとなんとも……」




 ―― ……カチャ(お約束)


「だから、カナイ痛いって、もうちょっと優しくやって……」

「―― ……何やってるんですか? 二人とも」

「だ、駄目だよ、アルファ。こういうときは見て見ぬフリだよ。ほ、ほら、食堂でおやつでも食べて済むまで待ってようよ」


 扉をあけたら私の知らない世界が広がっていた。というわけで、ここは退散。


「待て、待て待て待て! 何が済むまでなんだ。何を見て見ぬフリなんだ」

「わ、私の口からはとても……大丈夫、お似合いだと思うよ」


 半分冗談半分本気で、アルファの腕を引き部屋を出ようとした私の手は、カナイにがっつりと掴まれてしまう。


「何がお似合いなんだよ」

「大丈夫っ! 他言しないから!」


 慌てるカナイが面白すぎて直視出来ない。

 私の意図を察したのかアルファが便乗してくる。


「えー、僕なんか嫌だー……マシロちゃんの部屋に引越しするーっ」

「お前さっきから大丈夫しかいってないじゃないか、今のはただ」

「ちょ、駄目だよ! 内緒だっていったのに!」


 カナイのいい訳も聞いてみたかったけど、エミルの一言に追い討ちを掛けられた……え、っと……もしかして、冗談じゃ、ない、のかな? 私の気持ち的には笑いが引いてちょっと寒くなってきた。

 「え?」と声を揃えた私とアルファからエミルは顔を逸らした。


 怪しい。かなり怪しい。


「エミル、変なほうに誤解されるから、もう色々いうの止めてくれ」

「変なほうってどんなほう? よく分からないけど兎に角駄目だよ」


 いいつつエミルは耳の後ろ辺りを押さえて軽く捻ると「ちょっと温室行ってくる」と部屋を出る。擦れ違いざまに「一緒に行こう」と腕を取られて私もついて出た。残された二人はどんな空気なんだろ

う。想像するとちょっと面白い。


 ***


「やっぱり首が痛いの?」

「うーん、寝違えたのかも知れない。我慢出来ないってほどじゃないんだけど……」

「筋が張ってるの? ちょっと見せて」


 私は温室に行く前に、廊下の所々に設けてある長椅子にエミルを座らせると正面からそっと触れた。エミルは、目のやり場に困ったのか軽く瞼を落として、じっとされるままになってくれる。頬の上に落ちた長い睫毛とか、つい、見惚れるほど綺麗な目鼻立ちで肌理の細かい肌だな。とか余計なことを思ってしまう。


 ―― ……ん?


 ああ、もしかしなくても、今、私カナイと同じことやってるんだろうなと行き着いて、少しだけくすりと笑ってしまった。


 でも、エミルの眉が少し動いたのと指先に触れた腫れに行き着いて、私はその範囲を確認するようにそっと指先を這わせる。左側よりも右側のほうが広範囲で腫れている。

 寝違えたとかそんな問題じゃない。


「少し髪を上げるよ?」


 私は断ってからエミルの首筋に掛かっていた髪をそっと上げた。

 そして直ぐに、その手を離すとエミルの手首を取って行こうと引く。


 え? と立ち上がったエミルの腕をぐいぐい引きながら私は短く答える。


「医務室行こう」

「え、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないっ。寝違えたとかじゃないよ。髪で隠れてたから気にならなかったけど、赤黒くなってるよ」


 考えたくはないけど、私だって薬師の端くれだから原因の見当くらい付く。ほぼ間違いなく人為的な何かだと思う。

 私は振り返ることなく謝罪する。


「もし、私のせいならごめん……」


 意図せずエミルを掴んだ腕に力が篭る。

 そんな私に、エミルはくすくすと笑うとあいていた手を、掴んでいた手に重ねてぽんぽんと叩く。そして、私の手を解いていつものように繋いでしまうと私に並んだ。


「そんなこといってると、世界の全ての事象がマシロのせいみたいだよ? どうなってるのか正直あまりちゃんと見てないんだけど、きっと大したことじゃないよ」


 薬草にでも被れたんじゃないかな? と笑って済ませてしまう。


「エルリオン先生ならきっと原因を教えてくれるから、そうすればマシロは安心するかな?」


 そう続けたエミルは、私の手を引いて前を歩き出してしまった。そして、そんなはずはないと思うのだけど、エルリオン先生はいつもの穏やかな調子で内皮の炎症だと診断してしまった。


「ほら、大したことなかった」

「心配しなくても数日で完治すると思いますよ」


 とそれぞれに重ねられては、私はそれ以上いえなくて、頷いて良かったと答えるしかなかった。


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