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第三話:天然素材の王子様(1)

 私は結局『薬師の種』を飲んだ。


 星の数ほどある素養の種の中から、何も知らない私が何かを選択するなんて土台無理な話。元の世界に戻る手段、夢から覚める方法を探す、ということを目的にするなら


「そうですねぇ……図書館にはこの世界の全てが記載されていると聞きますから、貴方の助けとなる本もあるかも知れません。図書館の中は一般に公開されているものも多数ありますが、生徒にしか閲覧できないものも多い」


 だから、手掛かりを探すにはそこの生徒になるのが手っ取り早いかも知れない。といわれたのだ。


 それにしても、あの黒猫。今思い出しても腹が立つ。

 猫屋敷で一夜を過ごした私は今、屋敷を出て町の外で捕まえた辻馬車に乗っていた。


 ブラックが用意してくれた部屋は、ブラックを追い出すことに成功したあとはいたって普通だ。

 夢の中で眠るという矛盾もこの際気にしなければ特に問題ない。


 朝には新しい服も用意してくれていた。学校帰りだったこともあり制服だったのだけど、それでは目立つだろうと準備したらしい。

 普通のワンピースっぽいがあまり見たことのない柄物。

 でもまあ、そんなに抵抗なく着れそうだ。袖を通すとサイズがぴったりだったので、ちょっと気持ち悪かった。


「私も都まで付き添って差し上げたいのですが、恐らくお一人の方がことは上手く運ぶでしょう。道に迷わないように、貴方は緑の煉瓦道を進んでください。途中で辻馬車に出会いますから、歩くには辛い距離です。それに乗ると良いと思います。そして、これは当面の生活費です。学校は基本的に寮制ですが、日用品などを揃えるにも必要でしょう」


 可愛らしい巾着を受け取ると、ずしりと重たい。ちらりと覗くと紙幣はないのか、金貨銀貨銅貨が入っているように見えた。


「……ありがと」

「いいえ、気になさらないで下さい。あ、そうそう。これを忘れてはいけませんでした」


 ポケットにそれをしまって顔を上げると、ブラックは同じ笑顔のまま私に羊皮紙を手渡し、どこからともなく羽ペンを取り出すと私に持たせた。


 小首を傾げて羊皮紙の文字に目を通すと……。


「借用証っ?!」




 ―― ……あんなの詐欺だ。悪徳商法だ。


 勝手に種を飲ませておいて、勝手に生活費まで工面しておいて、お金を取るなんて……っ! 私はポケットの中の控えをぐしゃりと握りつぶした。


 ごとんごとんと揺られる馬車の客は、私の他に二人だけだ。

 一人は私と同年代か少し上くらい。制服っぽいものを着ているから学生と思われる男だ。途中から乗り込んだときに目が合ったから、愛想笑いをしてやったのに無視されたので感じが悪い。

 もう一人は美女だ。

 長いブロンドを綺麗に巻いて、絵に描いたような美人だけど、こんな乗合馬車に乗ってるくらいだから標準なのかもしれない。

 そうするとこの世界は基準が物凄い上だ。

 ブラックも男前だったし、愛想のない目の前の男だって派手さはないが整っている。因みに、唯一の救いは同席している二人の頭に猫耳がないことだ。

 あれは、標準装備ではないんだな。良かった。とても良かった。


 今更、怒っても騒いでも飲んでしまったものを吐き出すことも出来ない。

 それに飲まなくては、言葉も通じなくて不便だったということに変わりはないから、どっちにしても私は借金をしてでも、あの黒猫に頼らないわけにはいかなかったわけだから、仕方ない。


 夢の中で眠って、また朝を迎えている。

 その事が私の中で妙な不安に繋がっていた。


 馬車から見上げた空は今日も晴天だ。

 青い空には二つの月が青白く残っている。夜には白い月と青い月が煌々と夜を照らしていた。


 凄く不思議だったのにブラックには「貴方の世界では一つしか月がないんですか? 寂しい夜空ですね」と笑われてしまった。


 私の世界とこちらの世界は似ているようで似ていないのだろう。



 * * *



 そろそろお尻が痛くなってきた頃、眺めていた景色は変わり都に入ったことが分かった。

 都は、とても多くの人で賑わっていて、建物も私の世界とは異なるものの、辺境の町よりずっと立派だ。人通りの多い場所で辻馬車は止まり、ここで終点だと告げられた。

 二人が降りたあと、私もそれに続いて降りてブラックから借りたお財布を眺めて少し首を傾げる。


 辻馬車っていくらなんだろう? 


 通貨の単位も、物価も分からない。決めかねた私は、一枚金貨を取り上げて「これで足りる?」と御者に尋ねた。御者は少し驚いたような顔をして、私と金貨を交互に見たあと、にこにこと私に手を伸ばした。


「払い過ぎだ」


 御者が私の手に触れる前に、横から割ってきた大きな手が金貨を掴んでいた手ごと包み込み押し下げる。続けて、口が開いたままになっていた私の財布から、銅貨を三枚抜き出して金貨の代わりに御者に手渡した。

 もの惜しげな御者に「充分だろう?」と男が念を押すと「へい、毎度」と苦い笑みを溢して、手綱を弾いた。ぱかぱかと軽快な音を響かせて馬車はその場を去っていく。


「ありがとう」


 とりあえず御礼をと思って振り返ると、同乗していた愛想のない男だった。男は、にこりともせずにさっさとその場を立ち去ってしまった。ほんっとーに愛想のない男だ。


 私は気を取り直して、とりあえず図書館を目指すため足元を見た。

 猫屋敷からずっと、私に行き先を示す緑の煉瓦は続いている。私はそれの示す通りの道を歩んだ。




「これが、図書館……?」


 私の知っている図書館はもっとこじんまりとした感じだ。

 首が痛くなるほど見上げても先っぽが見えない。サグラダファミリアみたいな様式の建物だ。


 私は仰々しい扉の前に立って大きく深呼吸した。

 ポケットを探ると、ブラックに渡された封筒を確かめる。よく分からないが、受付でこれを見せれば良いといわれたのだ。

 今のところ不審人物ではあるが、私が頼るのはブラックしかいない。彼のいう通りに従うしかなかった。


 ぎぃっと物々しい音を立てて開いた扉を潜ると中は薄暗かった。

 外があまりにも明るかったせいもあるが、視界を確保するために、私は数回瞬きをしてきょろきょろと中の様子を窺った。


「お嬢さん、受付はこちらだよ。学生証を見せて」


 突如掛けられた声に、私は肩を跳ね上げてそちらを振り向くと、黒縁眼鏡に無精ひげのおじさんが手招きしていた。

 私は招かれるまま彼の前まで来ると、渡された封筒を取り出して卓上に載せる。


「あの、私、入学希望なんですけど」

「へえ、こんな中途半端な時期に新入生。珍しいね。しかもよりにもよって薬師かい? お嬢さんが」


 封筒を開きながら、おじさんは軽口を叩き取り出した紙を眺めた。そして、その表情から笑顔が消えると真剣な面持ちで私を見上げてくる。


「お嬢さん、闇猫のところから来たのかい? しかも、種を飲んでまでここに」


 僅かに愁いを帯びるおじさんの声に小首を傾げつつも、私は素直に頷いた。

 そして次の瞬間、目の前のカウンターに腰掛けていたおじさんは、豪快な涙を流し立ち上がると私の両手を強く握り締めていた。


「そうかっ! 若いのに苦労しているんな。わざわざ好き好んで、大借金して薬師の種なんざ飲むような女の子はいない。よしよし、待ってな。今、おじさんが面倒見の良い奴探してきてやるから」


 腕がちぎれるかと思うくらいの勢いで、両腕をぶんぶんと上下に振られ、その反動が治まらないうちにおじさんは私の手を解放し踵を返した。


 薬師ってそんなに特殊な素養なのだろうか? 確かに借金はしたけど、私の苦労はまだここではしていない。

 涙輝くおじさんが、ややして戻ってくると連れてきたのは王子様だった。

 細身な長身。目鼻立ちのはっきりとした綺麗な顔立ちに水面を映したような綺麗な髪。


「君が新入生?」


 声も聖堂の鐘をついたように耳に残る魅力的なものだった。


 思わず見惚れてぼんやりしていると、私の真正面まで歩み寄っていた王子様は腰を緩く屈めて私の顔を覗き込む。そして「緊張しなくて良いよ」と優しく微笑み掛けてくれていた。

 私は近すぎる距離に後退さったが、それをふらついたと思ったのか慌てて手を掴まえられてしまった。


「本当に大丈夫? 顔が赤いけど、長旅で疲れたのかな」

「おう、きっとそうだ。その子は、ええっとマシロだ。なんせ闇猫のところから来たってんだから、怖い思いもしたんだろうよ。早く寮監のところへ連れて行ってやんなよ」


 おじさんも、王子様も、私の話を聞くつもりはないらしい。

 おじさんの話に王子様も「そうだよね、可哀想に」と頷き、こっちだよと手を引いてくれる。


 引いてもらわなくても歩けるけど、ちょっぴり役得なのかな? 薄明かりの館内を突っ切って奥の扉を開くと視界はぐんっと拓け明るくなった。


 扉の先に続いていたのは渡り廊下でその脇には美しい庭が広がっている。


「自己紹介がまだだったよね。僕はエミリオ。上級階位クラス所属だよ。君はマシロだったよね。辺境からだったら迷わなかった? 北西からの門から入ってくると、割りと分かり辛いんだよね。入り組んでて……マシロは今までどこに所属していたの? 女の子だから大聖堂に居たのかな?」

「え、あ、私は、その、どこにも……昨日来たばかりで、道は、緑のレンガを辿れば良いとブラックに教えてもらって……」

「緑のレンガ? ああ、闇猫ならそのくらいの術もなんてことないか。それにしても本当にどこにも所属していなかったの? 君みたいな子が? それに来たってどこからだい?」


 私の答えに、ぴたりと歩みを止めたエミリオさんは、私を振り返って矢継ぎ早に質問を投げ掛けてきた。


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