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第三十五話:ホントに術師なんだね。

 それからアルファは軽い運動といいつつ、王宮に足を運ぶようになった。カナイは、一時的に弱らせた水竜を閉じ込めておく柵の術式を考えるといい、いつも以上に館内をうろうろしている。


 ようするに、ギルド依頼の担当はアルファとカナイでこなすらしい。


 そして残ったエミルは魔法石の液体化? だか、なんだかを試行錯誤する。ということだ。

 暇なのは相変わらず一番の当事者である私だ。でもその気持ちを察してか、みんな外出するときには私も積極的に誘ってくれていると思う。


 ほら、今だって


「おい、これから工房に行くけど、お前も行くか?」


 エミルと一緒に持ち出していた本の返却作業から戻ってくると、寮の廊下でカナイに呼び止められる。ちらとエミルを見ると、にっこりと微笑まれて「行っておいで」と背を押される。


「工房って何の?」

「ん、魔法石だよ。エミルに頼まれてたからな、良質の物を探して欲しいって、それが手に入ったって連絡があったんだ」

「オレンジ耳の人?」


 私の狭い交友関係で魔法石に関係しているのは彼だけだ。

 カナイは私の問い掛けに頷いた。


 今日は時間を気にしていないのか、カナイにしたら凄くゆっくり歩いてくれていると思う。私でも周りを見る余裕が出来るくらいのスピードだ。

 初めてここに来たときは、市の賑わいに驚いたが……あれは時間的なものが関係していたのだろう。今日は同じ通りとは思えないほど落ち着いている。


「ぼさっとしてたら、逸れるぞ」


 ぐぃっとカナイに腕を引かれて私は裏路地に入った。

 細い道を手を引かれて通り抜けると、突き当たりに小さな入り口があった。看板には『ミア工房』と書いてある。

 彼の名前なのかと問うと、ミアというのは昔の言葉で『宝』とか『宝石』という意味があるらしい―― 因みに彼の名前はティンタルレというらしく、みんなティンと呼んでいると補足説明を加えてくれた。――


 扉を潜ると、むせ返るような熱気に迎えられる。奥の釜からだろう少し息苦しい。

 ちらとその様子を見たカナイが、私を振り返って腰を屈めると私の目の前に持ってきた指先でくるりと小さな円を描いた。

 するとキラキラと小さな粒が集まって飴玉くらいの形になる。

 カナイはそれを摘むと、ぽかんと開いていた私の口に放り込み、ハンカチで私の口を塞いだ。ふがっと文句をいいそうな私にそのハンカチを握らせて、口元を押さえるようにジェスチャーする。


「冷たい……」


 口に放り込まれたのは氷の粒のようだ。

 ころころと口の中で転がすとひやりと口内を冷やしてくれる。

 お陰で宛がったハンカチ越しに呼吸すると、さっきよりずっと楽になった。お礼を口にしようとしたところで奥から見たことのある姿が、にこにこと陽気な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「いらっしゃい。どう? 見学していく? オレしかいないけどさ」

「悪い。あまり時間が無いんだ。頼んでいた物が見たい」


 そっか、残念。といいつつオレンジ猫耳のティンは踵を返してこっちこっちと手招きする。


「全く、加工屋に加工前の物を出せなんて鬼だな、カナイ。こんなの、どうするのさ? 結構大きなものと不純物の少ないものを選んだけど、何とか集めてコレだけだ」


 所々焼けた跡のある机の上にごろごろといびつな石が転がされる。

 角度によって室内の明かりを反射し、キラキラとラメが入っているようだ。カナイはそれを一つずつ手にとって真剣に選別しているようだ。

 その間、時間を持て余したティンは私に顔を向けてにこにこと話しかけてくれる。


「あ、それ。気に入ってくれた?」


 そういえば、私の髪留めも彼が作ってくれたものだ。


「うん。他のも大切に使わせてもらってます」

「そっかー良かった。オレにとったら可愛い子どもみたいなものだからさ、良い人に嫁いで行くと嬉しい。あんた、可愛いし。他にも何か作ってやるさ。何か記念日とかないの? カナイに買わせるから」


 これまた人懐っこく商売上手な猫さんだ。苦笑した私に、ねぇねぇとせっつく彼の頭を「調子に乗るな」とカナイが小突く。


「この五つを貰う。幾らだ?」

「あー……八百っていいたいところだけど六百五十で良いよ」

「じゃあ、六百でも問題ないな?」


 カナイって……鬼だ。


 まけてくれたのにそれ以上に値切るなんて。ぴこぴこと愛らしい耳を動かしてやや思案したようだが、ティンは、ちらと私を見たあと「まあ、良いか」と手を打ってくれた。


「これからもご贔屓に」


 と手を振ってくれたティンに申し訳ない。

 私には、もうここでこれから……なんていうのはないと思う。私は工房から出ると口を抑えていたハンカチをポケットに押し込み、ぼんやりとカナイの後ろに付いて歩いた。


「あいつ、お前にまた会いたいっていってたから、連れて行って正解だったな? 経費は抑えた方が良いだろ? それにあいつは大口の取引はしていない割りに良い鉱脈を知ってるみたいだから」


 おい聞いてるのか? と頭を叩かれて、私は、はっと我に返った。ごめんなさい、全然聞いていませんでした。


「お前な。別に俺の話は聞いてなくても良いが、転んだり変な奴に捕まったりするなよ?」

「うん、分かってる」


 こくんっと私が頷くと、なら良いけどとカナイは再び足を進める。


 分かってるよ。

 分かってるんだけど、帰る日時が決定してから、私は少しセンチメンタルだ。


 帰りたい、帰らないといけない。

 そう思っているのに、ここでの思い出も捨てがたくなってしまっている。この世界に執着してくれれば良い、ブラックの思惑通りに私の心は揺れている。


 みんな、私が帰るために頑張ってくれているのに、私がこんなことではいけないな。と、ぎゅっと拳を握り締め気持ちを新たにして顔を上げると、先に通りを抜けたカナイが振り返り私に声を掛けようとして目を見開いた。どうしたのかと首を傾けると背後から


「天誅!」


 という声が聞こえ私の目の前が真っ暗になった。

 私と襲い掛かってきた人物との間にすばやく割って入ったのはカナイだ。


 カナイが私を背に庇い、ぱちんっと指を鳴らすような音を出すと刃物を振り上げていた男は悲鳴を上げその場でのた打ち回る。

 呆然としていた私の腕を、カナイが引いて人が集まってくるからと走り出した。


 ***

 

 ……はぁ、はぁ……


 殆どカナイに引きずられるように走って、喉から鉄分の味がする頃カナイは足を緩めた。


「い、今の、何?」

「蒼月教徒だろ? 天誅って叫んでたしな」


 久しぶりに全力疾走したーと、笑ったカナイの腕から、ぽちりと何かが滴り落ち足元のレンガを見ると赤く染まっている。

 慌てて顔を上げるとカナイの左側の袖が切れていて血が滲んでいた。


「ちょ、カナイ! 怪我っ!」

「へ? ああ、大丈夫、大したことない。さて、と、お前の息が整うまで小休止したら帰るか」


 あーあ。制服新調しないとな。とか、明後日なことを口にしながら、カナイは道の両脇にレンガを積み上げて作られている花壇に腰掛けた。


「カナイ、ちょっと上着脱いで止血だけでもしよう。私血止めとか持ってるよ」

「……何で持ってるんだよ。それにもしかしなくてもお前が作ったのか?」

「え、えっと、それは、その。実習で多めに作って、その、エリスさんのところに持っていくと買い取ってくれるから」

「お前、すげー所帯染みてるな」


 苦笑するカナイの額には汗が浮かんでいる。走ったせいもあるかもしれないけど、きっと傷の痛みのせいだと思う。


「信用してよ。私だって薬師の卵なんだよ。種まで飲んでるんだから、カナイよりずっと優秀な薬師になるんだからね!」


 ずかずかと歩み寄って、カナイの上着に手を掛けると勝手に脱がせる。

 最初は良いといっていたのに行動に出ると、それ以上は止めなかった。


 上着はそうでもなかったけれどシャツは切れた部分から下は真っ赤に染まって、まだ完全には止まっていないようだ。

 ハンカチで上腕をぎゅっと締めて簡単に止血する。


「ただの刃物傷かな? 傷口はそんなに深くなさそうだけど、血が止まらない」

「ん? ああ、痛ってー…優しくしろよ。体質みたいなものじゃねぇの? ほら、それ塗ったら戻ろうぜ」


 何とか平気そうに言葉を繋ぐカナイに、私は泣きそうになるのを堪えて頷くと薬を塗ってもう一枚、これはカナイのハンカチだけどそれで傷口を縛ったあと止血分を解いて肩から上着を掛けた。


「絶対、アルファに馬鹿笑いされる」


 げんなりとそういいつつ立ち上がったカナイに手を貸すと「大丈夫だ」と断られた。

 余計に泣きそうになった私に気が付いたのか、本当に大丈夫だからと頭を撫でられた。


「あ、あの。さっきの人は大丈夫?」


 歩き始めると放置してきた人が気になった。そんな私にカナイは多少呆れたようだが「大丈夫だろ」と笑った。


「別に命を奪うようなことしてねぇし」

「でも凄いのた打ち回ってた」

「幻術を掛けたからだよ。火達磨になってる夢を見せただけだ。頭に直接叩き込んだから多少原因不明の火傷とか負うかも知れないが、命までは削らない」


 ぽやんっとカナイの説明を聞いていたからか苦笑して「俺は凄い術師なの」と私の背中を叩いた。

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