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第三十四話:やってきましたSランク!

 次の日私は寝坊して朝ごはんを食べ損ねた。


 誰も呼びに来てくれなかったのは凄く珍しい。

 ぼんやりと教室に向かっていると、直ぐにみんなが追いかけてきて足を止めた。


「ごめんね? 今朝は少しばたばたしていて……」


 そういったエミルに、ばたばたしてて、忘れられてしまってたんだね。と、子どもっぽいことを思ったが飲み込んだ。

 エミルは、謝罪を重ねつつ「寝癖が付いているよ」と髪を撫でてくれる。

 あふぅと欠伸を噛み殺し、目じりに浮かんだ涙を拭っているとカナイと目が合ったが、カナイはぷいっと目を逸らしてしまう。

 別にカナイが無愛想なのはいつものことだから、変わったことではないけど、私は何だか妙な違和感を覚えた。でもそれが何なのかはっきりとしないから、問い詰めることも出来ず、午後まで私はもやもやとした気持ちを引きずっていた。


「お腹空いて死にそう」

「ですよねー、僕もお腹ぺこぺこですー」

「いや、お前は朝からがっつり食ってただろ」


 何だか定位置になった食堂の窓際の一角に腰を下ろしつつ、今日のランチを囲む。


 本当は、今日なんで起こしてくれなかったのか? という不満をぶちまけたいところだけど、寝坊は自己責任だ。怒るのは筋違い。というのもちゃんと理解しているから話題に出来ない。


 それにしても、今日はやけに静かな食事だ。

 周りはいつも通り騒がしいのに、カナイは考え事をしているのだろう、トレイの中身をいじめているようにしか見えない。手元も見ずにぼんやりとぶすぶす刺している。

 エミルもどこか上の空でぶつぶつと何か計算中のようだ。

 アルファは普段から食事が終わるまで、基本的に食べるのに熱中するタイプだから、いつも通りといえばそうだけど……。


 暫らくは、それも我慢して私も空腹を満たしていたのだけど、我慢の限界。


「今日は変だよ、どうしたの?」


 口を開いた私にカナイは「あー」と空返事。考え事をしているときは大抵そうだ。

 エミルは、ふと我に返って「そんなことないよ」と微笑んでくれるけど、何か微妙にいつもと違う気がする。


 むーっと眉を寄せた私の耳に、皆さんこんなところにいらしたんですね。とシゼの声が届いた。シゼに会うのは久しぶりかも。

 顔を上げて、こっちだと手招きすると小走りで駆け寄ってくる。シゼにしては珍しく頬を上気させて嬉しそうだ。


「Sランクの依頼が入ったって本当ですか?」


 え? という私の声と、三人ががちゃんっ! と、食器を鳴らして身体を強張らせたのがほぼ同時だった。


 ***

 

「いーよ、いーよ。どーせ私は蚊帳の外。何のお役にも立ちませんからね? 知らなくても問題ありませんものね!」


 盛大にいじけた。

 いじけるよ。

 いじけるさ。

 いじけるでしょうよっ!

 いじけるの三段活用。思わず中庭のところ構わず草むしりとかしてしまう。


「あ、あの、すみません。僕、マシロさんに秘密だなんて知らなくて、その」

「とんだ伏兵が居たもんだけど。別に良いよ、シゼ。別に僕も、隠す必要なんてないと思ってたし、きっかけが出来て良かったんじゃない?」


 ベンチで食後のデザートを呑気に頬張る――まだ食べるのかとは、もう誰も突っ込まない――アルファと、焦りまくっているシゼの会話も耳に届くが割って入る気にもならない。


「いや、だから、聞けって」

「きーきーたーくなーいっ!」

「マシロ、その辺は芝だから、庭師のおじさんが泣くよ。その辺にしといてあげないと」


 ぶちぶちぶちぶち……芝を千切っていると隣に小山が出来ていた。エミルにそっと窘められ手を止める。青々と芝が茂っている一角に禿が出来てしまった。ごめん。


「マシロ、ごめんね? 別に仲間外れにしたわけじゃないんだよ」

「良いよ。どうせ、カナイの発案でしょ。どーせ、私が邪魔でくだらない口出ししかしないから」


 間違えていなかったのかエミルが黙した。はあと重たい溜息が零れる。


「ちょ、っと待て。俺が一番悪者かよ」

「だって本当のことじゃないですか」


 やっぱり本当なんだ。

 完全に臍の曲がった私は、すっくと立ち上がり踵を返した。そのまま、不貞腐れて気晴らしに散歩でもと思ったのに、がっちりとカナイに腕を掴まれた。

 どれだけインドア派でも、カナイの腕を振り解くのは本人に離す気がないのだから困難だ。眉を寄せて振り返ると睨み付けた。


 ちょっぴりカナイが後ろに引いた。かなり天パってる。

 面白い。

 私は噴出しそうなのをぐっと堪えた。


「ちょっと待てよ。ちゃんと聞けって、一応理由もなくもないというか、その、あれだ……えーっと」

「サプライズだよね。カナイはマシロを喜ばせたかったんだよね」


 にこにこと隣に立つエミルを見上げると「は? え、そうなのか?」と混乱しているカナイをエミルは笑顔で黙らせた。怖い。


「それに、Sランクっていってもそんなに僕らは危険じゃないし」

「僕とカナイさんが危険なだけですよー。別に僕は殺さない程度が難しいだけですけど」


 やや離れたところからアルファの茶々が入る。

 私とエミルには危険ではなくて、カナイやアルファが危険ってことは……なんだか、とても危ないことのように思えて胸の奥がざわつく。


「依頼って何?」

「王宮の奥の聖域にある湖の調査」


 私の質問に、エミルが簡潔に答えてくれる。それを補足するようにカナイが付け加える。


「湖の中に水竜が住んでいるんだが、それが最近、様子がおかしく凶暴化しつつあるらしい。このままでは、いつ聖域の封印を解いて暴れ始めるか分からないから、それを治めて欲しい。ってもので、水竜は聖獣だから、決して殺すことなく、沈静化させることというのが条件」

「え、えええぇ? それって簡単なの? 竜って、シゼくらいの大きさじゃないよね」


 そのくらいなら、ぎりぎり可愛いで済みそうだ。それに聖域に水竜って、何か凄いファンタジックな単語が並んでるんですけど。


「水竜の推定全長は八十フィート。重さは二トンくらいじゃないかといわれてるけど、最近では確認されていないから想像付かないな」


 うーんっと唸ってカナイはそのまま空を仰ぐ。


「見上げるくらいじゃね?」

「聞かないでよ。それにやっぱり凄く危険じゃないっ!」


 見たことも聞いたこともないうえに、メートル法しか知らないよ。フィートなんてゴルフで使うくらいじゃないの? という知識しかない。


「Sランクの依頼に、危険度の低いものは無いですよ。マシロちゃん。大丈夫。それに水竜は小型だし平気ですって。それよりも、注目すべきはー、何といっても今回、国が依頼主だから報奨金もかなり高額だし払いも良い」

「うん。街を破壊される危険を考えれば、無駄な出費ではないし、そういうところに出し惜しみするようなトップなら、取り替えるべきだね」


 にこやかに怖いこといってるって、エミルは気が付いているのかな?


「これでマシロちゃんの借金も全額返済可能だし、それに元の世界にも帰れるし万々歳です」

「どういうこと?」


 アルファの言葉に瞳を瞬かせた私の隣でカナイが唸った。そして盛大な溜息を吐いて、仕方ないなという風に話し始める。


「昨日、大聖堂で月ばかり見上げている奴に確認を取ってきた。天文台は、ここから離れた山奥にあるんだが、そこに引き篭もっているのが珍しく下りてきたんだ。そいつの話だから、信憑性も高い。もし二つ月が重なる現象が起きるとすれば、五日後の夜だそうだ。水竜が過剰に反応しているのもその影響だと思われる」

「そして、もし、異界への扉が開くとしたら月にあがるのは無理だから、その代わりに、水面に映し出すことを考えたんだ。魔法石、この場合は液だけど、それを流し込んで月に起こる現象と同じものを引き起こす。適当な場所として聖域が選ばれていたんだ。僕も何とか正式な手続きを踏んで、聖域に入れるようにしたかったんだけど、凄く手間取っちゃって……」

「だから、どっちにしても聖域に忍び込むつもりだったんです」


 シゼが驚きによろめいたのが視界の隅で確認出来た。

 分かるよ。

 この人たちやってることも、いってることも無謀だよ。


「そんな、無茶な」

「無茶でもやるよ。マシロは帰ることを望んでいるし、僕は、君の望みが叶うように手を貸すと約束した」


 約束を破るのは自分を裏切るのと同じだよ。と、締めてエミルは私の頭を撫でた。


「それに、五日後は、ちょうど祭りの日で王宮内も手薄。誰もそこを越えて、わざわざそんな聖域に入る奴が居るとは思わないだろうからそんなに難しくない」

「僕も手を貸してくれそうな兵には、声を掛けるつもりだったし……」

「成らないことをするわけじゃなかったんだよ。だから、マシロは何も心配しなくて良いんだ。だから、最後まで内緒にしておいて、吃驚させてあげようと思っていたんだよ」


 失敗しちゃったけど、とくすくす笑うエミルに、シゼが申し訳なさそうな顔をする。でも、別に最初から誰もシゼを責めたりはしていなかった。


「それに、お前帰る日とかはっきりしたら種屋にいいそうだったし」


 ぼそっと口にしたカナイを私は「え?」と見上げた。いったら駄目なのかな?


「お前。本当にいうつもりだったろ? ほんっとーに馬鹿? 馬鹿だな。馬鹿だ」


 私の両肩に手を載せて、ばしばし! と叩くと、はーー……と深く息を吐いて頭を沈める。 そんな大仰な態度とらなくても。


「俺たちで何とか出来ないのは、闇猫くらいだ。そのあいつが、唯一執着しているのはお前だろ。借金返済に契約破棄はしてやる。だからそれまで黙ってろ」

「何で?」

「だーかーら、邪魔をしに来られたらお前を元の世界に帰す好機を逃すかもしれないといってるんだよ」


 苦虫を噛んだような顔でそういったカナイに私は「ああ」と納得した。

 カナイがいうことは、これまでのブラックのことを考えれば納得だ。納得だけど、私はこれだけは確信を持っていた。


「大丈夫だよ」

「は?」

「大丈夫。ブラックは私が帰ると決めたなら、その邪魔はしないよ。そう決めるまでの邪魔はどんな手を使ってでもするかもしれない。だけど、私が帰ると決めたらそれを止めたりしない」


 監禁するとか、記憶を改ざんするとか、怖いことをいっていたけれど、そのどれもいつものような真実味も不安を撒くような要素もなく、ただここに居てと懇願しているだけのようだった。だから、ブラックは私の意志を尊重してくれると思う。


 私の言葉に三人、いやシゼも含めて四人とも、心底呆れたという風だったが、否定はしないでいてくれた。

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