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第三十二話:昼ドラ系ドロドロ王室

「マシロ?」


 自分の思考に暗くなってしまった私を気遣うように声を掛けられ、私は慌てて顔をあげた。


「なんでもないよ、ごめん」


 じゃあ、遠慮なく聞いちゃおうかな? とワザと軽い調子で口にすれば、エミルも、どうぞどうぞと微笑んでくれる。それにまた、ほっとする自分が居る。完全に甘えているとしか思えない。でも、それがとても居心地が良いから私からは告げない。


「さっきの女の人図書館の人、じゃないよね?」


 あんな美人が居たら噂になる。

 エミルは、うん。と頷いて「王宮の遣いだよ」と答えてくれる。


「もしかして、エミルお城に帰っちゃうの?」

「え? あ、ううん。違うよ。帰らない……その時期じゃないし、僕は…… ――」


 あとの言葉が続かないエミルに、踏み込みすぎたかと慌てる。


「お祭りっ!」

「え?」

「お祭りあるの知ってる?」


 若干無理に話題を変えた節があるけれど、きっと気にしない。エミルはにこりと微笑んで「知ってるよ」と頷いてくれた。


「カナイに聞いたらさ、祭りがあってパレードがあるだけ、それも、自分たちには関係ないから興味持たなくて良い。だって」


 思い出したらあまりのそっけなさに自然と眉が寄ってしまう。

 エミルは「カナイらしいな」と、笑っているけど、わくわくと聞いたこちらとしては正直、愛想なしにもほどがある。


「さっきの話に戻るけど、そのパレードって王族がこぞって出て来るんだよ。それでさっきの遣いも、僕にも参加しろって、前からうるさくて……ずっと会わないようにしてたのに、今日は偶然捕まっちゃって」


 なるほど。私には分からないけど、エミルはそういうの好きそうじゃないもんね。私の浅学では、ニュースでみた、英国王室のパレードくらいしか想像つかない。そこに参加するエミルは……個人的には、嵌り役だと思う。思うけど、本人が否定的なのも中身をある程度知っていれば理解出来る。


「えっと、その、じゃあ、エミルのお母さんがどうのといってたのは?」


 聞けということなので勇気を出して聞いてみた。

 あの時、お母さんの話が出たらエミルの様子が変わったのが凄く印象的だった。いつも温厚なエミルなのに、絶対零度くらいまで凍てついてしまった感じがして……見てしまったこっちが凍えそうだった。


「そんなところから聞かれてたっけ?」


 苦笑したエミルに私が謝ると、良いよ。と、微笑んでくれる。


 ―― ……こんなに穏やかな人なのに……。


「立ち聞きしよう! と思ってたわけじゃないのは分かってるしね」

「え?」

「だってマシロ、僕を見つけたとき凄く嬉しそうな顔して手を上げようとしてくれたよね。それを相手が居たから遠慮して引っ込めた」


 最初っから見られてたんだ。私は居心地悪くて「ごめんね」と重ねる。


「この国の王にはね、一人の妃と四人の寵姫が居るんだ……あ、寵姫っていうのは」

「いい、良いよ! 分かるから」


 懇切丁寧に説明してくれようとするエミルに、ストップを掛けて私は頷き続きを促した。

 寵姫っていうのはつまり愛人だ。王様には奥さんが居るのに他に四人もの愛人が居るということだ。


「僕の母は、その中でも一番身分の低い寵姫で……ああっと、何でそんなに囲ってるかというと」


 やっぱりエミルは説明が下手だ。私は苦笑しながらも頷いた。


「今の王はそれでも少ない方だと思うよ。片手で収まるから。この世界では王にも素養が必要なんだよ。そしてそれは、王家の血筋にのみ稀に現れるんだ。だから多くの子どもが必要で、多くの子どもを残すには多くの女性が必要なんだ」


 何となく分かるけど何となく複雑だ。

 その気持ちがそのまま顔に出てしまった私に、エミルはほんの少し悲しそうに微笑んだ。そして私の頭をゆっくり優しく撫でてくれた。


「僕の母は、人形みたいな人だよ。造形はもちろん、その心まで。今日来ていた人は母の傍仕えをしている人で、護衛も兼ねてる人なんだけどね。その人にいわせると、王族に召抱えられた頃はそうでもなかったみたいなんだ。セルシスの一件があってから、かな? ええっと、セルシスって話したことあったっけ?」

「うん。確かアルファの護衛対象でブラックが消してしまった王子……だよね」

「そう、それは僕の唯一、同じ母を持つ兄だったんだけど……んー、あ、でもそんなに知らないんだよ。凄く歳も離れていたし、一緒に生活した記憶もなくて、だからそんな顔しなくても大丈夫。僕は辛くないよ」


 困ったように微笑んだエミルは、私の手を両手で包み込むとぽんぽんっと叩いた。

 そんな顔。私は一体どんな表情かおをしているんだろう。表情は自分では見えないから分からない。心は向かい合った相手にだって見えないものなのに、エミルはそれも見えるように、優しく私を宥めてくれる。

 辛いのは、エミル。だよね……? 


「母のところへ、王は足しげく通ったらしいから、他からは酷く扱われることもあったらしくて、でも、出来たのは僕らだけで……早くに家を出てたセルシスは、母に良く尽くしてくれていたらしいから、その彼が亡くなったのが一番辛かったのか、王の足が遠のいたのが辛かったのか……結局のところ、僕には分からないけど、口さがない人たちの間ではセルシスと母は、我が子以上の関係だったという人も居て母は益々心を失くしていったと思うよ」


 泥沼だ。そこら辺の昼メロよりもドロドロだ。本当に私が聞いて良かったのか?


「マシロ、大丈夫? もしかして傷付けてしまった? くだらない王室のゴシップだよ。でも、あれ? 何の話でこんな話題になったんだっけ?」


 エミル……ほんっとーに説明したり話したりが得意じゃないんだね。

 可愛らしく首を傾げたエミルに私は苦笑する。エミルはその反応に胸を撫で下ろしたように、にっこりと微笑んだ。


「僕、王室は嫌いなんだ。闇猫がいうように逃げてる。逃げたい。でもやっぱり彼のいうように逃げられない」


 素養さえなければ良いのに……と、呟いたエミルに、私は何とも答えてあげられなかった。

 エミルには間違いなく王になる素養があるのだ。

 それは素養を見ることの出来ない私でも、短い間しか知らない私でも、感じること。長く一緒に居るのだろう、カナイやアルファはもっと強く感じているだろう。

 エミルは上に立つことが出来る、数少ない人なのだと思う。


「王になる素養なんて、あまり早いうちにその芽が出ると、摘まれちゃうしね」

「……セルシス?」

「うん、彼は強い素養を持っていた。だから早くに城に入りl相応しい教育を受けていた。そのこともあったから、気まぐれなのか誰かからの依頼だったのか気になっていたんだ。闇猫が、王家の問題に関与したのはあの一件だけなんだ。前の代の種屋は割と頻繁に絡んできていたようだけど、闇猫は、なんというか、そういうのにあまり興味を示さない。ちまちま消すくらいなら邪魔になったときに一掃してしまえば良い。くらいに考えていると思うし……」


 そ、そうなのかな?


「まあ、上手くはぐらかされてしまったし。毒まで添えてくれたけどね」


 ははっと乾いた笑みを零したエミルに私は切なくなった。

 刹那、降りた沈黙を破ったのは、エミルの謝罪だった。私はどうしてエミルが謝るのか分からずに目を瞬かせる。


「いらないと思っている素養なのに、捨てられない。捨てられないから君を直ぐに闇猫との契約から解放して上げられない」


 ようやく机から身体を起こしたエミルは、そっと私の頬に手を伸ばし、真っ直ぐに私の瞳を覗き込んで言葉を繋いだ。

 とくんっ、とくん……っ、と鼓動が早くなり、じわりと上がる体温が心地よい。

 エミルの申し訳なさそうな瞳に私が映る。


「良いよ。これは私の不始末だから。カナイにも前にいわれたよ? 私自身の責任だって」


 分からないものに容易にサインしてしまうということは、確かに危機感がなく思慮が足りない行為だったと今なら思う。

 だから、別に私は自分の心に嘘も偽りも述べていないのに、エミルは悲しげに瞳を細めた。


「カナイがいうことは正論だけに反発しづらいよね」

「うん、確かにね」


 ふっと笑い合うと、エミルの手は私の頬を滑り降た。

 エミルの手が完全に私から離れてしまうと、どこか寂しいと、名残惜しく感じてしまったことをエミルは気がついたかな?

 そして、ランプの明かりが頼りになってきたのを見計らって、エミルは、とんとんっと卓上の本を片付けながら話を続ける。


「僕は、このままここで最上級階位ハイマスタークラスまで取ったら、そのあとはラボで研究者になろうと思っているんだ。でもね、最近。君がもしもここに残ってくれるなら、街で店を出すのも良いなと思うんだよね。普通の調剤はそんなに良い金額にならないけど、この間のようにぎりぎりの物になってくるとかなり値も張るし、あの程度ならそう長くない期間で稼げると思うんだ」


 そういってやんわりと微笑んでくれるエミルに心が痛くなる。

 エミルの語る未来は決して叶えることの出来ない未来だ。


 彼には自分の好きなように生ききるだけの身勝手さはない。

 誰よりも優しくて、誰よりもみんなのことを考えるから、彼は自分の持つ素養を否定しきれないし、本当に求められたら、エミルはそれを受け入れるだろう。そう思うと、じわりと私の胸は熱くなり視界が揺らぐ。


 私はなんだか泣きそうになった。


 本当に泣いて良いのはエミル本人で、私ではないからそんな顔見られたくなくて私は足を踏み出す。


「え?」


 ―― ……どんっ


 そのままの勢いで、私がいきなり抱きついてしまったから、エミルは抱えていた本を、ばさりと床に落としてしまった。

 ああ、きっと貴重な資料だと思うのに、ごめんね。心の中で短く詫びる。私はエミルの胸に額を押し付けたままゆっくり深呼吸一つして


「エミリオ」


 彼の名前を呼ぶ。

 きちんと呼ぶのは最初以来だから少し久しぶりで呼ばれた方も驚いたみたいだ。


「あ、はい」

「私、いつまでここに居られるか分からないけど、貴方を護るわ。心配しないで、きっと護るから」


 ぎゅーっとエミルの胸に回した腕に力を込めて宣言する。

 叶わない夢だけど、夢なのだから見るくらいは個人の自由だ。だから私は、少しでも長い間エミルにその夢を見ていてもらいたい。


 きっと、きっと……カナイやアルファも同じ気持ちなのだろう。


 そんな私にエミルは僅かに躊躇したようだけど、ふ……と笑って私の身体を抱きこむと掠れる声で「ありがとう」といってくれた。


「本当、マシロには敵わないな」


 私の背に回した腕に力を込めてエミルは肩口でくすくすと笑う。


「僕は君を護ってあげたいのに、君にそうやって甘やかされると護られたいと思ってしまう。僕にとっては、闇猫の誘惑よりも、マシロの言葉の方が甘い毒のようで……きっとそれに名を与えるなら『美しいとき』というのだと思う。ずっと、ずっと溺れていたいよ」


 エミルはそう紡ぐと、腕に力を込めなおして、頬を摺り寄せる。時折首筋に触れる唇が、肌を吸う。吐息が纏わりつく。頭の奥が、じんっと熱を持ち、ぼやんっとする。アルク草の香りに巻かれたときのようだ。


 本当に、私がエミルを守って上げられたら良いのに。

 本当に、私がエミルを助けて上げられたら良いのに。

 本当に、私が…… ――


 はたと、自分で脳裏に過ぎった台詞と、自分の行動が恥ずかしくなる。好きとか嫌いとか、そんな感情以上の、何か特別な思いを告げているようだ。

 エミルが優しいのを良いことに、私どれだけずうずうしいこと口にしているだろう。否定しないで居てくれるエミルは、やっぱり良い人だと、私は思う。

 そして、どんな顔をして良いか分からなくて、エミルから離れられないで居ると可愛らしい声が聞こえた。


『エミル殿。エミル殿。マシロ殿の姿が見えないと、主人が探しております。お心当たりありませんか?』


 振り返ると机上でひょこひょこ跳ねているのは、小さな犬のおまわりさんだ。エミルはそっと私を離すと「カナイの傀儡だね?」と微笑む。


「カナイに伝えて。マシロは僕と一緒だから心配要らないよって、片付けたら食堂に下りるからそこで会おうって」


 落ちた本を拾いながらそういったエミルに、犬のおまわりさんはキビキビと小さな手で敬礼して『承知仕った』と姿を消した。……口調に一貫性が無いのはカナイの趣味だろうか?


「カナイって、可愛いもの好きだよね」

「本人はバレてないと思っているから、内緒にしてあげてね。カナイ初級階位のときはしょっちゅう凹んでたよ。小動物を犠牲にするのに耐え切れなくて、医務室に引き篭もることも多かったし」


 泣いてたんじゃないかなぁ? と、内緒ごとを駄々漏れにするエミルに私は笑ってしまった。それに小動物を傷つけたと涙するカナイにも会ってみたかった。


 最後の一冊を私が拾い上げて、エミルの腕の中に積んであげる。

 見上げた先の瞳と視線が絡み、ふっと笑いあった。

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