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第三十一話:ドラジェの正しい食べ方

 いつもいつもいつもいつも……ここに来てからずっと私は彼らに護られている。


 分かってるつもりだったけど、それを窮屈に思うなんて贅沢だ。

 本当に、ただの『つもり』だったみたいだ。


 確かに、人の目のあるところでブラックを殴ったのは拙かった。

 殆どの人にとっては面白い見世物で済んだだろうけど、蒼月教徒にとっては絶対に面白くは無いだろう。国だって恐れておいそれと手を出さない人たちなのに、その人たちの神経を逆撫でさせるのは得策じゃないことくらい私も分かれよ。


 こういうとき、自分の行き当たりばったりな性格が嫌になってくる。


 シゼにも釘をさされたというのに、あのときには気が付けなかった。そういえば、あのときくらいから図書館の外に出るときは誰かが一緒に付き合ってくれていたような気がする。

 ギルドの仕事も、Eランク程度のものは請け負うなといわれたし、あの二人も私に小さな仕事は任せてくれなくなった。


 カナイ辺りが手を回していたのだろう。


 何というか今更お礼をいうのもなんだけど、今、凄く誰かの顔が見たい。

 カナイも殴って悪かった。

 あれは、あいつに非があるけど。


 ―― ……にしても広いな。


 あまり研究室がある棟に来ることがなかったから見慣れない場所だ。

 人影も疎らだし、学生というよりは研究員という雰囲気の人に見える。この場所はどこもそうだけど、隙間を見つければ、そこがどこだろうと本棚にしたいらしい。廊下の脇も本がずらずらと並んでいる。

 私たちが普段目にしているものより、ずっと専門書っぽいタイトルが殆どだ。


 これ以上迷っていては埒が明かない。今から最初に出会った人に道を聞こう! そう心に決めて小走りに進む。

 すると、渡り廊下に出たところで人の声がした。


 ―― ……この声っ


 私は漏れてきた聞き覚えのある声に喜色を浮かべて、どこから声がしているのか探した。廊下から裏庭に出ると、探し人は直ぐに見つかった。見間違えるハズはない。すらりと高い長身に、空と同じ色をした綺麗な髪。離れているからその表情まではうかがい知ることは出来ないけれど、いろんな人が居る図書館でも、エミルは、ひときわ目を惹く立ち姿だと私は思う。


 私は声を掛けようと手を上げて直ぐに下げる。

 完全にそんな雰囲気じゃない。


 ここからでは話し相手は後姿しか見えないが、エミルが誰かと話し込んでいる。今日の天気の話とかではなさそうで、どちらかといえば険悪。


「―― ……何度来ても同じだし、もう聞きたくない」

「ですが、王子。母上様も望んでいらっしゃいますよ」

「へぇ、あの人が自分でそういったのかな?」


 それは是非聞きたかったと口角を上げたエミルはいつもとは別人のように意地悪だ。

 話し相手の女性は、竹のようにすっと背が高く美しい後姿から察するに、きっと美人だ。彼女は困惑したような声でいい淀みそれでも食い下がる。


「せめて、祭事にだけでも出席してはいただけませんか?」

「嫌だよ。これ以上話すことはないし、君はこんなくだらない話に夢中になり過ぎなんじゃない?」


 にこりとそういったエミルの言葉に彼女は「え」と声を漏らすと「何者だっ!」と勢いよくこちらを振り返り手を上げた。反射的に一歩後退ったが何か来る気配は無い。

 びくびくと身体を強張らせていた私の耳に毅然とした声が届いた。


「ここは図書館。そして、彼女はここの生徒だ。こんな危険なものを振り回して良いわけない」


 分かるよね? と、いつものように穏やかに口にしたエミルは、彼女の振り上げた手首を捕まえていた。その先に握られていたものが、傾き始めた陽光を受けて冷たく煌く。短剣だ。


「それに、彼女は僕の大切な人だから、怖がらせないであげてくれるかな?」


 すっと掴んでいた手を離すと、呆然としていた女性の横を通り過ぎて、エミルは「どうしたの?こんなところに」と歩み寄ってくる。


「え・あ、あの、ラウ先生のラボに荷物運びを手伝っていて……」

「そか、お疲れ様。じゃあ、次は僕の手伝いをしてくれる?」


 時間があればだけど。と、重ねたけど、さっさと私の手を取って歩き始めてしまうエミルを、私が拒否することなんて出来ない。

 あの人は放っておいて良いのか? と、エミルに腕を引っ張られながらも、ちらりと振り返る。私の予想通り綺麗な彼女は複雑そうな表情で私たちを見送っていた。


 ***


「こんなところまで初めて来た」

「マシロはまだまだ来たばかりだから、この図書館の中だけでも知らないところが多いと思うよ。もっとたくさん案内してあげたいんだけど、時間も限られるし仕方ないよね」


 どのくらい上がったか分からないけど、結構な階段を上がってきた。

 突き当たった扉の横にあるパネルに、エミルが学生証をかざすと、中から開錠されたガコンっという音が聞こえ鈍い音とともに扉が開いた。


 暫らく誰も使っていないような湿った空気が流れ出てくる。


「何か埃臭いねえ。気にならなければ良いけど」


 日常的に臓物を弄くっている人に、埃くらいで顔をしかめるデリケートな部分があると思っているのだろうか。

 すたすたと中に入っていくエミルに私も続いた。

 室内は明り取り用の窓はあるようだけど、今はそのどれも締め切られていて、ようやく視界が確保出来るだけの薄闇だ。

 エミルは「確かこの辺に……」と呟きながら、ぺちぺちと壁を叩いて何かを探している。

 そしてようやく発見したのか、エミルが何かを引っ張ると、明り取り用の窓に掛かっていた遮光カーテンが一気に開いて室内が明るくなる。


「うわぁ……」


 首が痛くなるほど見上げても先が見えない……本棚だ。

 本自体も、見上げても先の見えない本棚も、ここでは珍しくないが、何というかここのは別の意味で圧巻だ。部屋の中央にある広い机以外は本棚しかない。

 ここは? と、問い掛けた私に、エミルは目的のものを探すためだろう、迷いなくその一角に向かい本棚を仰いでいた。


「ここは、王家の者しか入れない部屋なんだ。要するに王家の歴史みたいなのばかり集めてある場所だよ」


 そ、そんなところに私が入っても良いのだろうか? さらりと口にしたエミルの台詞に尻込みする。


「ああ、マシロは気にしなくて良いよ。僕が連れて入ったんだから気にすることないよ」


 そんな私の心中を察してそういったエミルは、傍にあった梯子を引き寄せてよいしょと昇っていく。


「マシロ、これ受け取ってそっち持っていっておいて」


 うんしょと腕を伸ばして取り上げた本を私の方へ突き出してくる。私は、わたわたとエミルに歩み寄ると精一杯背伸びをして、それを受け取り広い机に置いた。


「重いものもあるから、慌てなくて良いよ。ゆっくりね?」

「ん、平気」


 たかが本運びをしているだけの私に掛けてくれる言葉も優しい。エミルは最初からだけど、私を女の子として扱ってくれる。スマートな心配りが嬉しい。出自は隠せない。という感じだ。

 また、新しく受け取って「ありがとう」と交わされる言葉に、胸が温かくなる。


 その作業を幾度か続けて、一段楽したのか降りてきたエミルは「さて」と机に向かう。


「今日はどこか出掛けていたの?」

「うん、カナイと大聖堂に行ったよ」


 ぱらぱらと本棚から取り出した本を捲りながら問い掛けてきたエミルに、私はさっきまでの話を口にする。エミルは、時折相槌を打ちながら、文字を目で追っているようだ。

 私、もしかしなくてもめちゃくちゃ邪魔をしている気がする。


「ええっと、私、邪魔じゃない? 邪魔だったら、その、先に寮に戻るよ?」

「どうして? 邪魔じゃないよ。ここに居て。あ……ごめん。もしかして本を捲っていたから気に障ったかな?」

「いや、私は別になんとも思わないし、それが当初の目的なんだから、続けてもらって全然大丈夫なんだけどね」


 いいながら「よいしょ」と座り直すと、手に何かが当たった。ポケットに手を突っ込んで中身を引っ張り出すと結婚式で貰ったドラジェだ。


「あ、これ結婚式で貰ったんだよ。すっごい綺麗な花嫁さんでね」


 結局私は喋っている。エミルって凄く聞き上手だと思う。なんとなく、聞きたいと思ってくれているような気がして、つい、エミルには何でも話したくなるのだ。

 食べる? と、リボンに手を掛けたところで、私はここがどこか思い出し反射的に謝った。館内での飲食は普通に考えても禁止だろう。


「良いよ。どうせ僕らだけだし、誰か来ることもない。食べよう」


 止まってしまった私の手から、エミルは包みごと取り上げると、するするとリボンを解きベールを開いた。そしてピンクの粒を摘み上げると、はい。と、私に差し出す。

 これは、ええっと位置的に確実に口を開けろといわれているような気がする。


「あーん」


 やっぱりか!


 予想通りで私は顔がぱあっと赤くなるのが分かる。


「じ、自分で食べるよ。うん」

「駄目。ほら、早く」


 押し問答したがエミルには敵う気がしない。

 私は諦めて、なるべくエミルの顔を見ないようにして、ぱくりと口に入れた。エミルは楽しそうにくすくすと笑っている。

 口元を覆って、かりっと噛み砕く。優しくて甘い味がする。美味しい。花嫁さんの心を形に、お菓子にしたみたいで、幸せな気持ちになれる。


 包みには、まだ残ってる。

 きっと逆にエミルに「あーん」って私がやっても、しれっと食べちゃうんだろうな。そう思っていても、やり返さないというのは個人的に許されない。


「じゃあ、次はエミルがあーん」

「……え」

「え? じゃなくてあーん」


 私は白い粒を摘み上げて、エミルがやったのと同じように彼の顔の前に突き出した。

 エミルは何度も私とドラジェの間に視線を泳がせて、声を詰まらせている。ちょっとらしくないなと思って首を傾げると、今度は真っ赤になってしまった。


 エミルが真っ赤に……何で?


 ちらりと背後を振り仰ぐと、高い窓から夕日の残りが差し込んでいる。そのせいで、赤く見えるのかな? 小首を傾げて、もう一度向き合って問い掛ける。


「食べないなら私が食べるけど……」

「駄目」


 諦めて自分の口へ運ぼうと思ったら、両手で手首を掴れた。そして、そのままぱくりと口に入れドラジェを奪っていく。

 エミルの柔らかい唇が私の指先に軽く当たる。

 とくんっと心臓が跳ねた。

 くすぐったいのと、同時にこの間のキスが脳裏に蘇って、ぱぁぁっと私の顔まで赤くなってしまった。


 ―― ……がたっ!


「あ、明かりが足りなくなったね。どこかにランプがあったと思うんだ」


 エミルが同じことを感じたのかどうかは、分からないけれど、口をもぐもぐとしながら慌てた様子で席を立ち、ランプを探す。

 暫らく、どたばたと探し物をしていたエミルは、本棚の奥からランプ片手に戻ってきて、さっきと同じ場所に腰を下ろすと、はあと嘆息した。

 その頃にはもう、さっきまでの動揺は見て取れなくなった。私はまだ、どきどきしている……。


 そのままお互い黙って作業を続行していたが、不意に手を止めたエミルは、んーっと身体を伸ばしたあと、こちらへと身体を向けた。何? と首を傾げた私に、うん。と、一人頷いて話し始めた。


「さっきの続きだけどさ。やっぱりマシロも女の子だし、花嫁さんとかになるの憧れだったりするの?」

「んー……? どうかな? やっぱり綺麗だなとは思うし、良いなー。とも、思わなくはないけど、私だからねぇ」


 いって苦笑すれば、エミルは「どうして?」という風に可愛らしく首を傾げる。


「郁にもいーっつもいわれてたよ。おねぇを嫁に貰うような奇特な奴居たら俺は拝むって、酷いよね。世の中一人じゃ出来ないことって少なくなってきてるけど、結婚だけは相手が必要だもんね。エリスさんみたいな完璧な女の人なら引く手数多だと思うけど……」


 そういえば、どうしてエリスさんって結婚していないんだろう? はっ! 申し込みが多すぎて? 私も数回彼女に会ったが噂に違いなく綺麗で優しくて、理想の女性像を具現化したような人だ。


「マシロって、自分を過小評価しすぎじゃないかな?」


 自分の考えに逃避していた私を引き戻すには十分な一言だった。

 私が私を過小評価している? そんなの買いかぶりすぎだ。私は、誰かに評価される人間じゃない。だから、友達にも悪態を吐かれ大好きだった人にも裏切られる。


「マシロは良くやってると思うよ。だから、きっと元の世界でも良くやっていたと思う」


 エミルは褒め上手だ。

 そんな風に思ってくれるのは、きっとエミルだけだと思う。元の世界の私なんて、友達と、好きな人と、ぶつかって嫌われてしまうのが恐くて、いつだって回れ右して逃げ出してしまうような子だ。

 ここは、異世界だから。私のことを知らない人ばかりだから……いつか、離れる世界だから……何もいえない私にエミルは、柔らかく微笑んで話を続けてくれる。


「―― ……元の、元の世界に帰っちゃうんだよね?」


 開いた本の上に突っ伏して、そういったエミルに、私はこの間のことを思い出す。『帰らないんで欲しいんだ』本心ではなかったにしろ、甘く囁かれた声が鮮明に蘇り意識しなくても頬が熱持ってくる。


「マシロの居た世界って、どんな世界なんだろう。君を見ていたら、きっと素敵なところなんだろうなと思うよ」

「そ、それはどうかな? あまり変わらないよ。大体、世界を図る基準が私では荷が重い」

「ふふ、だから、マシロは過小評価しすぎだよ。マシロはとても優しくて暖かくて、可愛くて、前向きで、凛としてる。僕なんかから見ると、凄く色鮮やかで綺麗……それに、何より人の心をとても大切に思ってくれている。だから少し人に踏み込むのに臆病になってる」


 あまりの過大評価にくらくらしそうだ。褒め殺しだ。エミルは私を褒め殺しにするつもりだ。

 大体、色鮮やかなのはエミルの方だし、この世界の人全てで! 私は、単調で詰まらない奴だ。そんな風にいってくれるのは、世界広しといえどエミルくらいだ。

 そして、さっきの話も気になってるんでしょ? と、続けられ私は曖昧に微笑んで「あー…」と唸って、ちょっと……と続けた。


「マシロに聞かれて困る話なんてないよ。気になったなら、聞いてくれれば良いのに」


 エミルはそういって笑ってくれたけど、それはそれで……私は余所者で深く介入出来ないからバレても問題ないといわれているようで疎外感を感じる。自分で帰ると決めたんだ。それなのに勝手にそんなこと感じるなんて……


 ―― ……私、いつからこんなに根暗になったんだ。

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