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第二十九話:ストーカーをなめるなよ

「何やってるんだ?」

「んー、退屈なの」


 いつもいつでも、真面目に勉強だか資料集めだかしてくれているカナイを私は邪魔していた。広い机の上に、山と積まれた本を押しのけて出来た僅かなスペースに突っ伏しカナイを見る。


「退屈なら、そっちの隅に山になってる本を棚に戻して来いよ」

「ああ、駄目。足が痛い」


 嘘だ。


 もう足は完全に治ったし、包帯もしていない。

 カナイもそれは分かっているが、私のいい訳に「あ、そ」と特に興味を持つことも無く、自分の作業を続ける。単に追い出したかっただけだろう。それが出来ないなら別に居ても良いという事だ。


「むー、相手してよ。遊んでよ。暇すぎるー」

「……お前、俺が何やってるか分かってる?」


 分かってるよ。本読んでるんだよね。ていうか私のためにやってくれてるんでしょ? 半分以上は趣味だと思うけど。でも、物凄く暇なんだよ。私は。


「エミルも外出に付き合わせてくれなかったし、アルファは王宮に行くっていってたし、あれまた後輩しごきに行くんだよね。凄い喜々としてた」


 付いてきても良いといわれたがちょっと遠慮した。


 今まで気が付かなかったが、アルファとカナイは定期的に卒業した学校に顔を出し、講師のようなことをしているらしい。カナイは、学費も生活費も自分で稼いでいるといっていたので、その副業も収入源として使っているのだろう。

 アルファのは、運動不足解消だ。


「エミルは、俺の用事で出てるんだ邪魔をするな」

「王子様を顎で使うのね」

「顎で使ってんのは俺じゃなくて、お前」


 カナイは話を続けようとしたが、それを遮るものが私の視界を横切った。


『お約束の時間が迫ってます。時間です。時間です』


 十センチ前後の洋服を着たウサギがひょこひょこと机上を跳ねて、それだけ告げるとぽんっ! と、消えた。カナイはそれを聞き終わると「もう、そんな時間か」と、ぶつぶついいながら、あてていた眼鏡を胸ポケットに仕舞い込み立ち上がる。

 同じように立ち上がり興味津々で、今の何っ? という視線を投げた私に、カナイは面倒臭そうに溜息を吐く。それでも説明してくれるのがカナイだ。


「今のは傀儡くぐつ

「傀儡って操り人形のこと?」

「ん、まあ、そんなところ」

「何でウサギなの?」


 私の素朴疑問に、カナイは、ぱぁっと頬を染める。なんだ? 恥ずかしいところだったのだろうか。


「うるさい。ウサギには時間に厳しくて正確なイメージがあるだろ」


 あるのか? 私は首を捻ったがふと思い当たった。

 不思議の国のアリスとか、ウサギが時計持って走ってた気がする。時間がないと騒ぎながら。こちらにも似たような童話があるのかな? ま、そんなことよりも大半はカナイの趣味だと思うけど。

 私が思うにカナイは、結構可愛いものが好きだと思う。前に猫にも優しかったし。


 それ以上話を続けない私に、カナイは「もう良いだろう?」と口にして椅子に掛けてあった上着を羽織る。


「俺はこれから大聖堂で人と約束してある。お前は勉強でもして……られないよな」


 物凄く嫌そうに私を見るが「一緒に来たいなら途中までなら良い」と許してくれた。

 微妙に癪に障るが、カナイのこの物言いはいつものことだ。それに、退屈していると騒いでいた私の気持ちも汲んでくれたのだろう。

 二つ返事で頷いて、私はカナイと一緒に図書館を出た。


 ***

 

 街はいつも賑わっている。でもそれ以上にこのところ騒がしいような気もする。


「あまり、きょろきょろするな。俺からも離れるな」


 行きかう人々をのんびりと眺めていた私の手を乱暴に取ると、カナイはずんずんと大股で歩くから私は自然と小走りになる。

 最近、みんな前以上に私に過保護な気がする。

 一人で街に出ると叱られるし、一人でギルドの依頼を受けることも極力控えるようにいわれている。

 確かに私一人で請け負えるような仕事では、その日のおやつ代くらいにしかならないからやってもやらなくても同じだと思う気持ちも分からなくないがほんの少し窮屈だ。


「ちょっと、ゆっくり歩いてよ。カナイ!」

「は? 俺は普通に……」


 息が上がり始めていた私にようやく気が付いたのか、カナイは小さな声で「悪い」と詫びて歩みを緩めた。


「何かあるのかな?」

「ん? ああ、祭りがあるんだよ。この大通りはパレードにも使われるから、それに係わる連中で賑わっているんだ」

「お祭り? 何か楽しそう」

「まあ、色々集まってくるからな。珍しいものも見られるとは思うが……まあ、大したものじゃない」


 面倒臭そうにカナイは途中でその話を切り上げてしまった。私としてはもう少し聞きたかったが、多分話してくれない。


「結構遠いのね」

「ああ。図書館も、大聖堂も、王宮も、出来る限り互いの干渉を得ないように離れているんだ。だから距離も結構ある。疲れてもここまで来たんだから、帰るとかいうなよ? 面倒臭い。引き返す時間もないしな」


 カナイって本当にデリカシーがないというか可愛くない。優しくない。


 エミルだったら直ぐに「少し休んでいく?」とかいってくれるだろうし、アルファだって「おんぶしてあげましょうか?」とかいってくれるだろう。遠慮するけど。


 ブラックだったら用事毎キャンセルしそうだ。


「カナイって、どうして女の子にモテるのか分からない」

「は? 何だ、機嫌でも損ねたのか? 帰りに甘いものでも買ってやるからしゃきしゃき歩け」


 私は子どもか! ……ほんっとーに、なんでこいつがモテるのか分からない。

 それからまた暫らく歩いて、ようやく大聖堂の建物が見えた。図書館を初めて見上げた時もちょっと感動したが大聖堂も感動ものだった。荘厳な佇まいに気押されする。


「お前はあっちの広場で待ってろ。確認してくるだけだから、そんなに時間は掛からないと思うが……厄介ごとに首は突っ込むな?」


 中に入れるーと思ったのにカナイにあっさり腰を折られた。

 私が頷くと同時に聖堂の鐘が辺りに鳴り響く。

 広場に集まっていた鳩が、その音に驚いて一斉に空に羽ばたいていく。映画の一幕のようで圧倒される。

 凄いね! と、カナイに同意を求めようと思ったら、もう既にカナイの姿はなかった。ちぇっ舌打ちすると、沿道の人々が集まり真っ白な馬が引く馬車が聖堂の前で停車する。

 これはもしかしなくても結婚式かも、と思い至った私は、興味本位でそれを見に歩み寄った。

 

 ***


 ほぅと長く息を吐いて、カナイと約束した広場の一角に腰掛けてぼんやりと待っていた。

 手には花嫁さんに貰った――多分私たちの世界と同じなら――ドラジェだと思われる愛らしいお菓子が握られている。白いレースにピンクのリボン。女の子の夢みたいなお菓子だ。


 花嫁さんは凄く綺麗で、凄く幸せそうだった。こういうときに印象に残るのは花嫁さんばかりで、お婿さんには申し訳ないけれどあまり覚えていない。でも、あれだけ人を幸せそうな表情にしてあげられるのだからきっと素敵な人だろう。


「あら、貴方」


 随分遠くまで来たから、こんなところに知り合いは居ない。そう思って掛かった声に顔をあげると一度見たら忘れない顔だった。


「モリスン」

「ご記憶いただいて有難うございます。何故、このようなところを貴方のような方がふらふらしていらっしゃいますの?」


 カナイのことが大好き過ぎて、私につい呪いを掛けてしまったお茶目さんだ。……ってお茶目で済むか! 私はそのせいで死に掛けた。


「ここは大聖堂の膝元。図書館でどのような手段を使い、皆様をはべらせていらっしゃるのか知りませんが……」

「私は別に!」


 以前の丁寧な美しいものいいではなかった。

 明らかにモリスンは私を見下げて罵っている。鈍い私にでも、そのくらいは直ぐに理解出来て、勢い任せに立ち上がると「まあ、怖い」と声を上げる。

 私は、浅学だしあまりこういうときにいい返す言葉が思いつかない。何か、がつん! と、相手の心に突き刺さるような言葉を掛けてやれば良いのにと自分で思うのに、真っ白だ。


「ご令嬢のお言葉とは思えませんね」


 睨み付けるくらいしか出来ない私の肩にすっと手が掛かる。その声と姿に気が付いたモリスンは一気に血の気が引いたようだ。


「消しましょう。私のものを卑下するような、くだらない人間。居ないほうが良い」

「っ、種屋如きがわたくしに手を出せるとお思いですのっ!」


 私の位置ではブラックの表情は伺えないが、モリスンの表情から察するに、とてつもなく冷酷な表情をしていることだろう。


「私に出来ないと思っているのでしたら、それこそ身のほどを……」

「もう良い、もう良いから」


 気は進まないが目の前で人一人あっさり消されるのは嫌だ。

 はいはい。と、ブラックにストップを掛けた私に、ブラックよりもモリスンの方が驚いているような気がする。


「ほら、モリスンも、もう行きなよ。私に係わりたくないんでしょ。それなら早く行くべきだよ」


 モリスンはそういう私の顔と、ブラックの間を逡巡したあと、ぷいっと顔を逸らしてかつんと踵を鳴らし踵を返した。

 気丈に振舞ってはいたが、足元が微妙におぼついていない。その後姿を見えなくなるまで見送って私は、はー…と長く息を吐いた。


「どうして行かせたんですか? 私は貴方に最初に仕掛けたときから、あんな人必要ないと思っていたのに」

「……物騒なこといわないでよ。気に入らないだけで消してたらキリないでしょ」

「私は別に、世界に貴方と私だけになっても構いません。寧ろ大歓迎です」


 私は構うの! 勝手に歓迎するなっ!

 怒る私にブラックは、分からないという姿勢は崩さなかったが、短く嘆息したあと、やんわりと微笑んだ。


「マシロは優しいですね。それとも甘いのでしょうか。でも、不思議と心地良い甘さです。私には分からないですが、この甘さが貴方の周りを惑わせているのかも知れませんね?」

「……は?」


 分からないのはこっちだが、ブラックはそれだけいうと、ぐいと私の手を「デートしましょう」と引いた。


「このところ図書館に篭りきりなのでしょう? 貴方はそれを窮屈に感じていたはずだ」


 ブラックに図星を衝かれて、一瞬「うっ」と声を詰めたが、私はここでカナイと待ち合わせをしている。勝手に離れるわけにもいかないし、何でブラックとデートしないといけないのかさっぱりだ。

 いーやーよっ! と手を振り解く私にブラックは素直に眉を寄せる。


「マシロはどうして私には優しくないんですか? 私はこんなに貴方にだけ優しいのに」


 捨てられた仔猫みたいな顔をするな!

 尻尾下げるな!

 耳をしょげさせるな!


 ―― ……可愛すぎるから。思わずその愛らしさに負けそうになった。


「お前はどこからでも沸いて出てくるんだな?」


 タイミング良く出てきたカナイに、用事は済んだのかと尋ねると頷いて私の肩に手を乗せた。


「マシロと私は繋がっていますからね。距離も場所も関係ありません」

「あ、そ。別に俺には関係ない話だが、こいつを連れ出した以上、置いて帰るわけにも行かないんだ。今日は諦めろ」


 いいたいことをいって、カナイはそのまま私を引いて、来た道を歩き始める。

 というか、今、カナイが流した部分は流して良いのか? 繋がってるってなんだよ。ストーカーの極みだよ……。

 ブラックは、面白くないという顔をしていたものの無理矢理私を引っ剥がすつもりもないようだ。そして、少しブラックから離れたところで、カナイは何か思い出したのか、ブラックを振り返る。


「こいつのことをお前なりに思ってるなら、あまり大きく動くな。人目につくようなことをするな。今はまだ、お前のものじゃないんだからな」


 いまいち私には内容が理解出来ないがいわれたブラックは、すぅっと猫らしく瞳を細めて怪しい笑みを作ると「貴方も白い月に惹かれるんですね」と呟いて空を仰いだ。


 夜になれば白く輝く月も、青空の元では、そのなりを潜めていて見つけることも困難だ。

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