第二十七話:種屋って何屋?
「まあ、闇猫はお前に嫌われたくないみたいだから、話しても良いか」
と、口にしたカナイは少し意地悪そうな顔をしていた。
人の嫌がることをさせるのは良くないけど、私の知りたいという気持ちの方が今日は勝った。だから、話を始めようとするカナイを止めたりはしない。
「とはいっても、俺が知っているのはこの世界の誰でも知っていることだけだ。種屋本人が背負うもののことまでは知らない」
それでも構わないのなら、と、念を押されて、私はこくん……と頷いた。
暫らくカナイは、頷いた私を見詰めていたが、諦める気がないことに得心がいったのか、はあと長く息を吐いたあと話しを始めた。
「お前の世界では人、いや、人が死ぬとどうなるんだ?」
「どうなるって、そりゃ、動かなくなるし? 何て答えればいいの? 火葬して遺骨を埋葬する、でしょ? 普通」
意味の分からない質問をしたカナイは「なるほど」と頷いて話を続けた。
「この世界では、人は死ぬと種になるんだ」
「は?」
「だから、人は死ぬと種になる。鼓動を止めた肉体からは、持ち主の素養を含んだ種が出てくる」
人が死ぬと種になる……カナイの言葉がずしりと私の身体に圧し掛かる。
「わた、し……」
私はそれを飲んだ。
人の命を、人の死を飲み込んだ。
一気に体中の体温が下がった気がする。
「おい」
がたりと慌てた様子でカナイが立ち上がり私の肩を掴んだ。
え? と顔を上げると大丈夫かと凄く真摯な態度で見下ろして顔を覗き込んでくる。
大丈夫? 大丈夫なわけない。
わけないけど、知りたいといったのは私だ。
だから私は何を聞いても大丈夫、だ。
「マシロ? おい。だからいったのに、少し外に出るか?」
「へーきだよ。でもカナイが気分転換したいなら付き合う」
鏡を見なくても分かる。私は今、蒼白な顔をしているだろう。身体の芯から、すぅっと冷えて胸の奥を冷たいと感じる。
それを分かっているのに、私の口から出てきた台詞は虚勢だった。そんな態度は馬鹿で、可愛くないなと、私自身思うのに、カナイは特に気にするでもなく「はいはい」と私の腕を取り引き上げた。
***
「この世界では驚くことじゃないんだよね。人が種になることも……それを飲む人が居ることも」
屋上庭園に上がって、ベンチを一つ陣取る。
暖かな日差しが降り注ぐ場所で、やっと落ち着いてきた私が、零した言葉にカナイは「そうだな」と頷く。
屋上庭園に来ると空がとても近く感じる。
中庭同様、手入れの行き届いた木々には色鮮やかな小鳥たちが憩い囀っていて、癒し効果も抜群だ。
それにしても、ブラックの書斎に並んでいたあの瓶の中身が全て人の命で出来ているとしたら、ブラックは……。
「種屋はそれを回収し、売買することを許されている。悲しみにくれる遺族を前に生きた証であり遺品の一つであるはずの種を淡々と回収していく種屋を、闇猫と呼び、好ましく思わない奴が多いのは仕方ないことだろう?」
でも、この世界の人は素養が全てだ。
その理屈からすれば、ブラックだってなりたくて種屋になったわけじゃない。
人の憎しみを受けて傷つかないわけないし、悲しくないわけない。
でも、彼は平然と立っている、憎しみも悲しみも怒りもその全て見ないようにしているのか、受け流しているのか、もしくは、もう、何も感じないほど傷ついてしまっているのか、私には分からない。分からないけど、唯、彼の瞳の奥の色を、私が切なく思うのは、やはり間違ってはいないのだと思う。
「でも、それならブラックが直接手を下しているわけじゃ……」
「ん? ああ、下すこともあるんだ。依頼があれば、な……まあ、奴の場合無くても割りと頻繁に消してるみたいだけどな」
目を見開いてカナイを見詰めた私に、カナイは「俺を責めるなよ」と苦笑する。
「闇猫の手に掛かると、種しか残らないらしい」
依頼とか、誰かの死を願う人が居なくても、手を出してしまうというのにも、種しか残らないというのにも、思い返せば頷ける。
あの時は恐怖が勝って気に留めることも出来なかったが、オーガを一掃してくれたとき、オーガの肉体は塵と消えた。
暗かったから、あのときの詳細は分からない。でも、消えた。痛み苦しむ間もなく。
それから、シゼと一緒に居たとき、今、思えば射殺しそう空気をまとっていたことは確かだ。
私はそれに肝を冷やしたのだから。
「依頼なんて誰がするの。ルール違反なのに」
「色々だろ? 個人の場合も有るし、国の場合もある。確かに殺人はルール違反だが、国は闇猫を見逃している」
国が認めた……というよりは求めたという方がしっくりするかも知れない。
「どうして、そんなこと」
「人にも、獣よりもずっと危険で凶暴な奴も居るしな。ブラックは全てを修めるもの。下手に軍を動かすよりも、効率的で確実だ。それに何より、国は蒼月教徒を恐れている」
蒼月信仰って知ってるか? と重ねられて私は頷いた。
それが意外だったのか、失礼にも驚いているカナイに、私はシゼに聞いたのだと付け加えると「ああ」と訳知り顔で納得したようだ。
「信仰ってのは厄介だ。過去の大規模な戦争の殆どは、蒼月教徒と王宮が絡んでいる。出来ることなら大人しくしていて欲しいだろう」
その辺りのことは私には経験もないし、想像できる範囲のことでもないからよく分からない。分かることといえば、ブラックは、世界から孤立させられている存在なのだろうなということだ。
「孤独、なんだよねきっと」
「は? 闇猫がか?」
ぐんっと高い空を仰いでそういった私に、カナイは声を裏返し呆れたようだ。
でも、カナイはさっきブラックのことを一度だけ名前で呼んだ。
種屋ということだけではなく、カナイはちゃんと『個人』としても人を見てくれる視野の広い奴だ。そんな人が居るということを、きっとブラックは知らないだろうし、カナイも自覚していない。
私の呟きに答えを導き出そうとしているのは分かるが、結局、何も思い浮かばなかったのか簡潔に纏めた。
「何か良く分かんねーけど、お前って、馬鹿だよな」
「……それ、アルファにもいわれた」
「んじゃ、その内エミルにもいわれるな」
ちっ。否定しきれない予言に私は苦い思いをする。
「酷いな僕はそんなこといわないよ」
もう、上に居るってだけじゃ分かり難いよ。と、続けてエミルは歩み寄ってくる。ひょこりと顔を覗かせたエミルに私は大きく仰け反って距離をとってしまった。
お、お帰り。と、何とか口にすると、にっこり穏やかに「ただいま」と返してもらえる。
どきまぎしてしまうのは私だけなのだろうか? だとしたら少し癪なので、私だって普通に振舞わねば! そう思うのに、エミルが傍に立つとどきどきする。指先が触れてしまうんじゃないかという距離にくると、緊張して身体が硬くなる。拒絶しているわけじゃないんだけど……過剰に反応してしまう。
「もう少ししたら、アルファがお茶持って上がってくれるから、おやつにしよう。出たついでにお菓子買って来たんだ」
マシロ、チョコ系が好きだったよね? と、チョコレートマフィンを渡してくれた。
ありがとう。と、受け取るとまだ少し暖かい。
ふわふわだ。
その柔らかさと暖かさに、硬くしていた緊張が解れ、思わず顔が綻ぶ。ふと、視線を感じて顔を上げれば、どこか、何か嬉しそうなエミルと目が合って、慌てて赤くなる顔を隠すように逸らす。
駄目だ、心の準備が出来てないときに目が合うのは駄目だ。
「と、ところでさ、エミルって料理とかも出来るの?」
無理矢理話題を振った私に、摘み食いとアルファが来るのも待たずに、マフィンを一つ取り上げて頬張ったカナイを嗜めつつ「出来なくはないよ」と答えてくれる。
「料理って、薬を作るのに似てるよね。実際に薬膳料理とか薬草を直接使ったものもあるし」
「でも、エミルの作ったものは基本的に何か盛ってあるから気をつけろよ。美味いけどな」
「マシロには盛らないって前いわなかった? 盛らないよ」
私じゃなければ盛るなら、カナイの台詞は間違っていないと思う。
はあ、と、溜息を零したところでアルファが駆け寄ってきた。
よく手にしていたポットやトレイから、お茶が零れてしまわなかったものだ。と感心する勢いだ。
どいて! どいて! と、座っていたカナイを押しのけて、入れ替わるように座ると、かちゃかちゃとお茶の準備をしながら「何の話だったんですか?」と尋ねるから、料理の話をしていたことを告げる。すると、ああと頷き
「僕、アウトドア系の料理なら得意です。今度、遠出するときには披露しますよ」
はい、と、暖かな紅茶の入ったカップを渡してくれつつにっこりしてくれる。
初めて野営したときも、殆どアルファが仕切ってくれていた。
―― ……四次元ポーチで……。
「そういえば、さっきから黙ってるけどカナイはどうなの?」
「ああ、カナイさんは駄目駄目。手先も器用そうだし頭も良いけど、料理はからっきし駄目です。ほんっとーに不味いです」
それはもう呪いレベル。と、締めたアルファに口答えしないところを見ると、自他共に認める……という奴らしい。
カナイは、不機嫌そうにしながら紅茶を呷って「お前はどうなんだよ」と私に振る。