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第二十五話:女の子は甘いもので出来ている

 結局、あやふやなままだ。


 あやふやなままだけど、あれは薬のせいで、でも薬のせいかも知れないけど、別に好きだとか愛してるとか直接的にいわれたわけじゃない。


 何だか、そこが微妙に引っかかる。


 いや、いわれたかったわけじゃない。

 わけじゃないわけじゃないけど、そういう薬ならその手の言葉を並べそうだ。

 あの顔で、あの声で、そんなこといわれた日には、好きにならないわけないような気がする。だって、正真正銘の王子様だ。リアルでは私の周りに確実に存在しない人種だ。


 エミルからは『帰って欲しくない』と告げられただけだ。

 どうして、エミルは私に元の世界へ帰って欲しくないのだろう? ここのことを殆ど知らない私に何の価値があるのだろう?


 そんなことが頭の中でぐるぐると渦巻いて、夜の帳が下りているというのに、私はすっかり目が冴えてしまった。


 ぎっと窓を開けると星は見えなかった。

 こんな夜は珍しい。漆黒の闇は私に自然とブラックを連想させる。


 そんなことを考えると、決まって本人が登場しそうだな? と、思ったところで申し訳なさそうな、どこか気遣わしげなノックの音が聞こえた。


 気が付けば好し。

 気が付かれなくてもそれもまた好し。というくらい微かな音だ。


 きっとこうして起きていなかったら気が付かない。

 ノックの相手がブラックである可能性は極めて低い。あいつは私の都合など考えて出て来たりはしないだろうし、何より扉から普通に登場するようなことは限りなくゼロに近い。


 私は、ひょこひょこと扉に近づいてノブに手を掛けた。


「あ、起きてた?」


 かちゃりとノブを回すと、そんなアルファの声が聞こえて私は扉を開いた。

 扉を叩いたのはやはりアルファで、そっか起きてたのかと自分でノックしておきながら繰り返した。私は扉を開け放って「どうぞ?」と促したがアルファは首を振る。


「もう遅いし、女の子一人の部屋にずかずか入れないです。その、良かったら少し出ない?」


 これまでなら、そんな小さなこと一番気にしなかったアルファの言葉に私は苦笑して、良いよと頷いた。

 部屋着だけでは肌寒いので、椅子に掛けてあったストールを引っ張り、肩に羽織るとアルファの腕を借りて中庭まで出てきた。


 部屋から見た外は、とても暗くて視界の確保にも困りそうだったのに中庭は仄かに明るい。

 廊下から漏れてくる明かりの恩恵だと思う。


 アルファは、ベンチに落ちた葉を払って私に座るように促してくれた。なんというか今日のアルファは紳士的だ。

 エミルやブラックなら素でこういうことにまで気がつくけど、まさかアルファにまでそんな対応してもらえるとは、意外だった。


 私が、ありがとうと腰を下ろすと、アルファは軽く頷いてその隣に腰を下ろした。

 微妙な沈黙が落ちる。


 なんだ、この感じ。


「あ、あの、どうしたの、かな?」


 居たたまれず先に口を開くとアルファは、びくんっと肩を緊張させて「ああ、うん」と頷いて何か話し出そうとしてやめるといった感じを繰り返していた。


 私はあまり我慢強い方ではないので、こうしてじっと沈黙に耐えるよりは……と「散歩でもする?」と切り出したのだが、アルファには、とんでもないっ! と、首を派手に振られた。

 足を気にしてくれているのだということは直ぐに分かったが、捻挫くらい大したことないと思う。


 そんなアルファに、ふぅっと嘆息して私は再び空を仰ぐ。


 そして、ようやくアルファは意を決したのか「あのね!」と声を張り上げた。ちょっぴり私が驚いてしまうと、アルファは慌てて音量を下げて「ごめん」と謝罪し話し始めた。


「あのね、僕……マシロちゃんに謝らないと」

「何? 怪我のことならもう良いよ。何回もいうけど、これは私のミスだよ。私があんな不安定なところに腰掛けて、ぼんやりしてたからいけないだけでアルファに非はないでしょう?」


 実際、依頼をこなしてくれたのはアルファだし。

 私は本当に付いて行って唯迷惑を掛けたに過ぎない。感謝こそすれ、謝罪を受けるようなことは何一つない。


 そんな私の言葉にアルファは「違うんです」と首を振った。


 違う? 何も違わないと思うけど、首を傾げた私に、アルファは申し訳なさそうな顔をしていた。


「僕のせいです。僕、ワザと一匹畑の手前で取り逃がしたんです」


 突然のアルファの告白に、ぎゅっと心臓が苦しくなった。

 わざとって……それは、つまり、私がオーガに襲われれば良いと思ったってこと? 私が、あの爪の、あの牙の餌食になってしまっても構わないと思ったってこと?

 きりきりと、胃の裏側あたりが傷む。


「―― ……ほんの、冗談のつもりで……」

「じょぅ、だん?」


 声が少し擦れてしまった。そのことにアルファは気がつくことなく、すくっと立ち上がった。そして「本当にごめんっ!」と、重ねて膝におでこが付くほど深々と頭を下げた。


 どの部分が冗談なんだろう? 冗談って……。

 私が無力なのは、戦闘力が皆無なのは、周知の事実だ。虚勢を張ったり、私は立ち向かえるようなこと、いったつもりもそんな態度をとったつもりもない。

 私に獣と対峙する力は能力はない。私は無力で、なんの役にも立てない、ただの人なのに……。

 あんなのに襲われたらひとたまりもないのに、なのに。


 私がアルファの謝罪も上の空で、そんなことばかりがぐるぐると脳内を駆け巡る。アルファの「マシロちゃん?」という心配そうな声で、私は、はたと我に返った。


「い、良いよ。気にしないで」


 謝ってきた相手を許さないのは私の主義じゃない。


 今日一日様子のおかしかったアルファを思い起こせば、きっと物凄く迷って、物凄く猛省して、そしてようやく口に出来たのだ。

 それを認めないのは、受け入れてあげないのは、やっぱり駄目だ。


「どこに原因があったとしてもやっぱり転んじゃったのは私の責任だし、アルファが気にしなくて良いよ」


 口にしつつも心臓がどくどくいっている。

 アルファの顔をまっすぐ見ることが出来ずに自分の足元を見つめる。


 こういう感覚は分かる。


 私はちょっと泣きそうだ。


「ううん。僕が気がつくべきだったんです。マシロちゃんは、数日前にオーガの群れに襲われたばかりだったのに……ああいう反応には覚えがあります。訓練中、生死を彷徨うような怪我をした子は二度とそういう場に立てなかったり、常軌を逸してしまったり……ようするにトラウマになってるんです。マシロちゃんにだって、オーガに対するトラウマが出来てしまっていても当然なのに」


 もう一度、ごめんなさい。と、重ねたアルファに、私は「良いよ良いよ」と、片手を振ったが顔を上げられなかった。視界がゆらゆらと揺れて、瞬きをすれば瞳から涙が零れ落ちてしまいそうだ。顔を背けて、目頭を、ぐっと親指と人差し指で押さえる。お願い、引っ込んで……。


 これまで、何かにトラウマなんて感じたことなんてなかった。


 でも、アルファのいうように私はオーガが怖い。

 見たり聞いたりとか外からの何かよりも内側から湧き上がってくる恐怖が勝り、身体が強張る。


 今だって思い出しただけで、かちかちと歯が鳴ってしまう。

 なんとか堪えようと思った。

 気付かれないようにと思った。


 でも、そこまでアルファは鈍くはなくて、私の隣に戻ってくると、そっと私の背に手を当ててゆっくりと擦ってくれる。


「大丈夫、大丈夫です。ここは図書館だから、何も怖いものは来ないよ。ごめんね。ごめんなさい……お願い、泣かないで、マシロちゃん……」


 僅かに乱れる息を整えようと、大きく息を吸い深呼吸する。


「今まで、僕の周りの女の子って、その、なんていうか大抵の基準値より強い子が多かったから……普通の女の子って基準があまり掴めていなくて」


 そう、だよね。


 なんつっても武関係の素養の持ち主ばかりの女の子だもん。

 私みたいに弱くもないし、何も出来ないわけじゃない。自分の身くらい自分で護れるだろうし。


「正直、エミルさんやカナイさんの態度はちょっと過保護すぎだと思っていたんです」

「あ、はは……それ、は、分かる。わた、しもそう思うから」


 なんとかそう答えた私に、アルファは「ううん」と首を振った。


「過保護すぎるくらいじゃないといけなかったんです。マシロちゃんはこの世界のことを何も知らなくて、不安や心配事の塊で……出会った僕らのことだけが頼りなのに。僕らを信用するしかないのに、そんな僕らが、ううん、僕が、君を不安にさせるのはやっぱり違う」


 もう一度小さく、違うと重ねて、僕は騎士なのに……と、零した。そして続けられる言葉は聞き捨てならなかった。


「だから最初に、カナイさんとエミルさんが相談して、外の危険は君に伏せておく。というのだって当然で」

「え?」


 さらりと口にしたアルファに、私が問い返すとアルファが不思議そうに首を傾げた。


 ブラックに囁かれた、私にみんなが警告しないのは何故か、私の危険を放置していたのは何故か……考えないようにしていたけれど、その不安はいつでも芽吹きそうな状態で私の中で留まっていた。

 アルファは、私の驚きの理由がどこにあるのか分からないように、戸惑いながら繰り返し説明する。


「えっと、だから帰るのが目的なんだし、この街は広いですから、特に都の外に出るような用事は無いだろうと。だから、その存在に怯えないといけないようなこと、知らない方がマシロちゃんのためだからと……」


 ぽつぽつと思い出し考えながらアルファは続ける。


「だから、パーティのことだって、カナイさんが手は出すなっていってたんです。僕らが手を出さない限り、ギルド依頼だって雑用くらいしかないでしょ? エミルさんは、マシロちゃんが『助けて』っていうまでだからね! っていってましたけど」

「私のため?」


 ぽつっと確認するように口にした私に、アルファは力強く頷いた。


「そうですよ。女の子なんだし出来れば怖い思いなんてしたくないですよね。僕にはぴんっとこなかったんですけど」


 そういってアルファは膝の上に握られていた私の手を取ってぎゅっと握った。

 涙目の私が顔を上げると、アルファは夜空をやんわりと照らす月のように穏やかに微笑んでくれていた。


 なんというか、やはり彼は天使を連想させる。


「早く、元の世界に戻れると良いね。元の世界には、オーガみたいに危険な動物が居たりしないんですよね? 家族も友達も、きっとマシロちゃんを護ってくれる」


 怖いものなんてないんですよね? と、微笑んだアルファは、ほんの少しだけ寂しそうに見えたといったら私の自惚れすぎだろうか。


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