第二十三話:アルファの猛省
「お世話になりました」
「なーに、良いってことよ。お前さんたちこそありがとな、これで今年の収穫も安心だ」
帰りは都に野菜の納品に向かう荷馬車に載せてもらった。
山と積まれたジャガイモの間に腰を下ろし、時折、馬車を引くおじさんと言葉を交わす。
荷馬車の傍を歩いているアルファは、相変わらず上の空で、必要以上のことは話もせず図書館まで到着した。
私は、アルファに手を引かれ荷台から降りると空いた手をふって、おじさんの姿が見えなくなるまで見送った。
「抱こうか? おぶろうか?」
「だ、大丈夫だよ。歩けるから」
真剣な表情で聞いてきたアルファに私は首を振る。本当にそんなに大げさな怪我じゃない。私の運動不足だってあったんだから、気に病むことないのに。
振った勢いで数歩よろめいた私を支えて、アルファは肩を落とすと、腕に掴ってて。と、いってゆっくり図書館へ続く階段を上った。
医務室へ行こうとしたアルファを思い留まらせて、自室へ続く廊下を歩いているとちょうど部屋から出てきたカナイに出くわした。
お帰り。と、口にしたあと、もちろん直ぐに私の異変に気が付かないわけもなく、どうした? と、尋ねてくる。
口を開こうとしたアルファよりも早く私が説明する。
「柵から落ちたの! 足が滑っちゃって、それで、捻挫」
全治一週間だって。と、いって苦笑した私にカナイは「馬鹿だな」と、答えると、ちらとだけアルファを見た。でも、特に何か追求するつもりはないらしく、医務室に行かないならエミルに見てもらうように促してくれる。
私は彼らのこういうところが好きだ。
とても仲が良くて信頼しあっているし、互いを大事にしているのに、不必要な干渉は出来る限り行わない。
相手の判断に委ねる。
だからといって、それで失敗したとしても、お互いを責めたりはしないと思う。
そういう関係って、男の子たちだから出来ることなのだろうか? 女の子同士では、とても無理な気がした。
荷物を部屋に放り込んで私たちは食堂へ移動した。
「うん、きっちり捻ってるね。腫れてるね」
椅子に腰掛けた私の足元で、解いた包帯を首に引っ掛けて私の足を膝に乗っけたエミルが、そっと足首を撫でる。
痛みに顔をしかめると「ごめんごめん」と、笑顔で見上げてくれる。
何だか凄い恥ずかしい構図な気がしてきた。
王子様を傅かせて私は何をさせているのだろう。
「それにしても細い足だね。このまま力入れたら僕でも折れそう」
「そ、そんなことないし、もし、そうでも、お願い……折らないで下さい」
私の気も知らないで、そんなことを口にするエミルに脱力すると、くすくすと笑いつつそっと足を降ろす。
「この間上げた軟膏まだ残ってる?」
「ああ、あれ。今持ってるよ。たくさん歩くかなと思って」
エミルに問われて、私はポケットから例の薬入れを取り出しエミルに渡した。
エミルは、良かったと微笑み顔を上げる。
「アルファ、おばさんにいって桶にお湯を張ってもらってくれるかな?」
「あ、はい」
私たちの向かいに腰を下ろして、傷心中だったアルファは、エミルの言葉に慌てて腰をあげる。ぼんやりしていたのか、僅かに間を空けて「お湯っ、お湯ですね!」と踵を返した。
その様子を見送った私たちは顔を見合わせて苦笑する。
ややして戻ってきたアルファの手から、桶を受け取ったエミルは、軟膏を僅かに指にとってお湯に溶く。
ふわりと清涼感の有る香りが辺りに広がった。
ゆっくりとその香りを吸い込むと、胸の奥がすぅっとして、清々しい気分になる。
そして桶を私の足元に置くと「ちょっと熱いかもしれないけど、ごめんね?」といいつつ私の足を取ってお湯に浸した。
続けてポケットから取り出したハンカチで、エミルは躊躇なく私の足にしっかりとお湯を掛ける。
「あ、あの、私自分で出来るよっ!」
「良いから怪我人は黙ってる」
慌てた私はあっさり一蹴される。
―― ……私はどれだけ王子様を傅かせてるんだ。
恥ずかしさに真っ赤になった私に、エミルが気が付いているかどうかは良く分からない。でも、きっぱりといい放ったエミルは、丁寧に私の足にお湯を掛けてくれる。
私が赤くなったり、青くなったりしているのを正面で見ていたカナイは、意地悪な笑みを浮かべている。
私の気持ちを察しているなら止めてくれ! と、思ったところでカナイがそうしてくれるとは思わない。
身体を捻って机に突っ伏すと短い溜息を吐く。
かなり恥ずかしいことに変わりはないが、ちょっぴり気持ちが良い。
十分に足が暖まったところで、固く絞ったハンカチでお湯を拭ったあと少量の軟膏を塗って足首に宛がうと首から提げていた包帯を取り丁寧に巻きつけて終了してくれた。
「はい、おしまい。多分、今日、明日中は無理でも、明後日には普通に動けると思うよ」
エミルは、にっこりとそういってアルファが桶と一緒に持ってきていたタオルで手を拭った。
じっとその様子をみていたアルファは、かたんっと立ち上がった。
「僕、ギルドに報告に行ってきます。カナイさん、マシロちゃんを部屋に送ってあげてください」
「ん、ああ。分かった」
アルファは用の済んだ桶やタオルを持って「これも片付けておきますね」とどこかぎこちない笑みを浮かべた。そのくらいなら私が、といいそうになったが、そっとエミルに制される。したいようにさせてあげてということだろう。
私は、立ち去るアルファに気をつけてね、と、声を掛けるのが精一杯だった。
エミルもその後姿を見送ったあと
「じゃあ、僕もアルク草が枯れてしまわないうちに仕上げるよ」
と、踵を返す。
ありがとう。と、お礼を重ねた私に軽く振り返ると「大したことはしていないよ」と笑顔で手を振ってくれた。
残されたカナイと私は、暫らく沈黙したあと「さて」と立ち上がった。
予想通りの鈍い痛みに眉を寄せた私に、カナイはワザとらしく溜息を零す。
「アルファのことは気にするな。そのうち、いつも通りに戻る」
私を慰めているのかな? と、思いつつ「そうだね」と頷く。
それから、と話を続けるカナイに顔を上げると、少し嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか? どうかしたのかと問い返すと、カナイはきょろきょろと辺りを確認したあと一人頷くと……にやり、と、口角を引き上げた。
「二つ月の話が信憑性を増してきてる」
「え? で、でも、月が出入り口ってどうやって月に昇るの?」
なんだかかぐや姫みたいだ。
最初から問題になっている部分に触れると、カナイは短く唸ってそれなんだが……と話を続ける。
「他の物を媒体に出来ないかと、考えているんだ。例えば巨大な魔法石とか……」
「その魔法石とやらは、人工的に造れるものなの?」
「作れなくはない。理屈的には、な。お前、覚えているか? 市で会った細工屋」
恐らくカナイがいっているのは、オレンジ色の猫耳青年のことだろう。私が頷くとカナイも頷いた。
「あれから色々と話をしていたんだが」
カナイは見た目に反してアクティブな面を持っているらしい。
たった一度面識を持っただけの相手に、その後の話も出来る人脈を築いていたなんて吃驚だ。
そこからあとの話は専門的過ぎて私には良く分からなかった。
ただ、分かったことといえば。
「もう直ぐ戻れる……」
かも知れないということだ。
帰りたかったはずだ。
夢なら早く覚めて欲しいと思っていたはずなのに……。
私はもう少しこの世界に居なくてはいけないような気がする。
私に何か出来るということはまずないのだけれど……。
カナイに階段の多い館内では、足が思うように動かない私は、邪魔だと部屋に押し込まれ、私はぼんやりとベッドに腰掛けていた。
ちらりと机の上に置いてある瓶が目に入る。
借金の足しにと頑張って稼いでいたものだ。
みんなの協力もあって、そこそこ溜まってきているように見える。でもきっと全額返済には遠く及ばないだろう。
「みんな心配してるよね」
していないわけはない。
ユキやサチは分からないけど、少なくとも家族は心配してくれているはずだ。
お兄ちゃんの手料理が懐かしい。郁斗の小言も懐かしいかも知れない。
そんなことを考えると、妙に里心がつきそうだ。