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第二十二話:オーガ退治傍観中

 それからあとのアルファは、普段通りを通り越して、それ以上に機嫌が良さそうだった。

 アルファに雨は鬼門。という事柄を、私は心のメモに書き留めて頷いた。

 依頼主の家を探していたアルファは、どうやら見つけたらしく大きく手を振って、大声で名前を呼んでくれている。

 恥ずかしいからやめてください。


 ***


 その夜は月が明るかった。

 昼中、一雨来たせいかもしれない。星もいつもよりひときわ輝いて見える。

 見渡す限りは麦畑だ。まだ黄金色の穂をつけているわけではないが、その頃なら壮大な景色になっているだろう。


 私は「そこらへんに座ってて」といわれたため、畑を囲む柵に腰を下ろしていた。


 村長さんが確認したオーガの数は七体。

 それほど驚く数ではないらしいけど、素人が相手をするには多いだろうということだった。これまでも何度かオーガの被害にはあっていたが最近は頻繁すぎる。


 どこかの偉い学者さんが、月が近づいていることに関係しているんじゃないか、とか、いっていたという話も小耳に挟んだ。

 アルファは、いくつかぶら下げていた剣の中から、この間の大剣から三周りほど小さな両刃刀を選び足取り軽く麦畑に入っていったところだ。


 最近は本にばかり囲まれていて運動不足だったから、丁度良い、と、笑顔まで見せていた。

 私は重たい気持ちでその背中を見つめていた。


 私たちが待機し始めてそれほど時間は経っていない。


 ざぁ……っと、麦畑を走る風が頬を撫でた瞬間、アルファが揮う剣が月の光を反射してきらりと光った。


 ―― ……一、二、三……


 と、アルファが数を数えているのが聞こえる。

 私には、時折剣の軌跡が光るのしか分からない。アルファは本当に強いのだろう。


 私は、その姿と確実に数を増やしていく声に胸を撫で下ろしていた。


「マシロちゃーん! そっちに一匹逃げたー」


 気を抜いていたところに、アルファの声が聞こえた。

 私は慌てて背筋を正すと辺りを見渡す。ざわざわっとまだ若い麦が揺れる、その間から赤い光が四つ漏れてきた。


「ひっ」


 ―― ……逃げなくちゃ。


 そう思ったのに、自分が今何処に居るのかをすっかり忘れていた。不安定な足場を無視して立ち上がってしまった私は、柵から思い切り派手に落ちた。

 全身に鈍い痛みが走り、顔をしかめる。でも今はそんな時じゃない。慌てて腰を上げようとして足に鋭い痛みを感じた。


「ぃ、つぅ……!」


 直ぐ傍でオーガの唸り声が聞こえる気がする。


 ―― ……助けてっ!


 声にはならなかった。

 きゅ……っと、固く瞳を閉じて、身体を硬くする。襲ってくるだろう衝撃に息を呑み、呼吸を止める。


 あの赤い目が。

 鋭い爪が、獰猛な牙が……


 どんっどんっと心臓が頭の中にあるようだ。

 膝頭に擦り付けた額から、暑くもないはずなのに冷たい汗がぽつりと落ちる。


 ―― ……来るっ!


 そう思ったのに、襲ってくる痛みや衝撃が来ない……いつ、いつ、いつ、来るのか……そう考えただけで身体が益々萎縮する。

 もう一度固く閉じた瞼を持ち上げることが出来たのは、頭上からアルファの底抜けに明るい声が聞こえたときだ。


「マシロちゃん泥だらけー」


 あまりにあっけらかんとしているアルファに私は瞳を瞬かせた。


「た、すかった?」

「え、何? マシロちゃん、立てます? 僕が一緒なんだから大丈夫ですよ」


 にこりとそういわれて確かにそうだと頭では納得し、伸ばされた手に掴ろうと腕を身体から離したところで私は慌てて引っ込めた。


 ―― ……身体が震えている。


 私が、なかなか手を伸ばさないので不思議に思ったアルファは首を傾げる。「どうしたの?」と可愛らしく声を掛け、私の前にしゃがみこんだ。

 私の顔を覗き込みながら尚問い掛ける。


「どこか打ち所が悪かったですか?」

「へ、へいき、へーき、いま……た、つ、から」


 笑ったつもりなのに顔の筋肉が強張って笑顔が作れない。

 かちかちと歯が上手くかみ合わなくて、言葉もまともに出てこない。そこで初めて私の異常に気が付いたアルファは、慌てて私の手を強く握った。


「マシロちゃん!」

「……ぇ?」

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて」

「ぅん、けほっ……うん。へー……き、」

「ごめん、本当にごめん」


 強く、強く、握って必死に謝罪してくる。


 別にアルファは悪いことなんてしていない。柵から落ちたのは私の責任で、今、震えが止まらないのはどうしてか分からないけど、でも、アルファのせいじゃないことくらいは分かる。

 だから、大丈夫だと、謝らなくて良いと、私は伝えたいのに声にならない。


 せめて立ち上がって、大丈夫なところくらい見せないと! と、思って身体を動かすと右足がずきりと痛んで思わず顔をしかめた。


 暗闇と泥でよく分からないが、出血を伴っているような痛みではないと思う。

 きっと捻挫とか、そんなのだ。

 だからもうちょっと我慢して動かせば……。


「駄目!」


 アルファの強い口調に、私はびくりと肩を跳ねさせた。アルファはそんな私に短く詫びて、言葉を重ねる。


「駄目です。きっと柵から落ちたときに、どこか捻ったんだ。無理に動かさない方が良いです。僕が背負いますから、村のお医者様に起きてもらいましょう?」


 私は盛大に首を振った。

 恥ずかしいというのもあったけど、それよりも、私は昼間の雨でぬかるんでいる畑に落ちてしまって泥だらけだ。アルファまで泥んこになってしまう。


「マシロちゃん?」

「汚れ、ちゃうから」


 大分声が戻ってきた。

 搾り出した私の言葉にアルファは一瞬目を丸くしてそのあと凄く優しい瞳で微笑んだ。


 とんっと心臓が跳ねる。


「詰まらないこと考えなくて良いです。さあ、早く」


 私はアルファに負け、背負われて村長さんの家まで戻った。小さな村で、宿らしい宿もないからと村長さんが部屋を提供してくれたのだ。


「軽い捻挫ですね。一週間もすれば良くなると思いますよ。でもあまり足に負担を掛けないようにしてあげてくださいね」


 湯浴みと着替えが済んだら、これを塗って休んでください。と、まとめて夜中呼び出されたにも関わらず穏やかな村医者は私の部屋をあとにした。

 落ち着かな気にしていたアルファは、医者の診察が終わると胸を撫で下ろしたようだ。

 でも、私以上に落ち込んだ様子に変わりはなかった。


「お風呂一人で入れます? 転んだりしないでね。僕、何か着替えを貰ってきます」

「え、良いよ」

「え? 裸で寝るにはまだ寒いですよ」


 いや、そうじゃなくて。


 こんな時間に家の人たちを叩き起こしたのも失礼だと思うのに、さらに失礼を重ねるのは……そんな私の気持ちなど分からず、アルファは、不思議そうに首を傾げたあと部屋を出て行った。


 ***


 翌朝、片足を引きずって隣のアルファの部屋を覗いたらもう姿が見えなかった。

 ちょうど階下から私の朝食をわざわざ運んでくれた奥さんが「あら?」と可愛らしい声を上げた。


「お連れの男の子なら、朝、早く出て行きましたよ。貴方には朝ごはんでも食べて待っていて貰って欲しいって」


 ひょこひょこと、自室へと戻る私に手を貸してくれる奥さんに、軽くお礼をいってアルファがどこへ行ったのか聞いてみた。


「アルク草を採りに行くって、いっていたよ。アルク草が生えている丘は、直ぐ近くだから直ぐに戻るよ。それまで、お嬢さんはしっかりお腹をいっぱいにして休んでいて。制服ももうそろそろ乾くからね」


 でも、図書館の生徒さんがあんなに腕が立つとは思わなかったよ。と、からから笑った奥さんに私は曖昧な笑みを浮かべた。

 私もアルク草を採りに行きたかった。

 図鑑で調べたら凄く綺麗な草だった。たくさん生息してるならそれはそれは見物だろう。


 私はベッドの隅っこに腰を下ろし、ベッドサイドに載せてくれたトレイからコップを持ち上げて口をつける。

 暖かなスープだ。

 じわりとお腹の底から温かさが広がっていくような気がする。落ち着いた私の様子を見て、軽く頷いた奥さんはゆっくり休むように念を押して部屋を出て行った。


 私には休むくらいしか今ここでやることはない。

 ぼんやりと窓から見える麦畑を見つめ、ふと足元へ視線を落とす。夕べお風呂上りにアルファが巻いてくれた包帯が目に入る。


 軽く動かしてみるがやはりまだ痛む。


「凄く責任感じてたな……」


 昨夜のアルファの様子を思い出して、ほぅっと息を吐く。


 奥さんの言葉通りほどなくしてアルファは戻ってきた。

 手にしていたガラスケースには図鑑で見たアルク草が淡い光を湛えている。


 凄く綺麗だ。


 華奢な葉に茎、その上に広がる白く糸のような花びらは、アルク草の名の通り白鳥が羽を広げているようだ。


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