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第二十一話:新米隊長護衛対象は王子です

 翌朝、生憎の雨模様だった。


 こちらに来て初めての雨。

 大粒の雫がばらばらとレンガ道を濡らしている。


 アルファは朝から不機嫌だった。

 本当は徒歩で行くつもりだったのだけど、通り雨とはいえこの天気だ。経費は掛かるが馬車を呼ぶことにした。

 図書館の前で馬車を待つ間、エミルとカナイも見送りに来てくれていた。


「分かってる、ちゃんとこなすよ」

「無茶するなよ」

「カナイは五月蝿い。僕は子どもじゃない、いいつけくらい守れる」


 ぶっすーっ、と、明らかにご機嫌最悪な様子のアルファは、発する言葉一つ取っても吐き捨てているような感じだ。

 そして、話し掛けているカナイの方を見ることもなく、絶え間なく落ちてくる雫を苦々しく見詰めていた。その様子に、はあと肩を竦めたカナイはこちらを振り返って私を見ると、もう一度だけアルファをちらりと見て


「マシロは残れ」


 予想外のことを口にした。私は「はあ?」と眉を寄せる。


「行くに決まってるじゃない。大丈夫だよ、馬車も来るし……アルファの邪魔にならないようにしとくから」


 ぶーぶーっと文句をいった私にカナイは困ったように、そうじゃなくてなと話を続けようとしたが、アルファに遮られた。


「マシロは連れて行くよ。本人も行くっていってるんだし」

「だけど、お前」

「連れて行く」


 いい切ったアルファにカナイは「あー、もう!」と苛立たしげに頭を掻き、好きにしろとそっぽを向いてしまった。

 一体どうしたんだろう? と、首を傾げると腕を引かれ、見上げるとずっと黙って様子を見ていたエミルだった。

 エミルもアルファを複雑そうな面持ちで見つめつつ、僅かに腰を折って私に囁く。


「アルファのこと頼むね」


 私は、みんなが思っている通り、今回も何の役にもたたないと思う。

 なのに私に頼むようなことって何だろう。


 私はエミルの意図が分からなくて、曖昧に頷いたがエミルはにっこりと微笑んで「マシロなら大丈夫」と頭を撫でられた。

 くすぐったくて肩を竦めるが、何が大丈夫なんだろう? 問い返すよりも先に私はアルファに「行くよ」と腕を引かれた。


 御者が雨の中ドアを開けて待っていてくれる。

 私は妙に心配そうな二人に「行って来ます」と手を振って乗り込んだ。


 馬の蹄が雨を弾く音も軽快で、たまにはこういうのも良いかな? と、思ったものの図書館を出てからずっとだんまりなアルファをちらりと盗み見た。


 アルファはまだ外を睨み付けて難しい顔をしている。


「雨は好きじゃない」


 ぽつり、と、小さな声で呟いたアルファに問い返すと、何でもないと繰り返してはくれなかった。


 昨日のみんなの話では依頼主の居る村までは、私の足でも半日掛からないくらいだといわれた。

 馬車ならもっと早いだろう。

 取り合えず到着したら依頼主に話を聞いて、夜まで待つ。夜にならないと恐らくオーガは集まってこないだろうということだったから。


「あの日もこんな風に突然雨が降ってきて、雨季以外にこんな風に雨が降ることは、とても稀有なことだから、みんな凄く驚いていた」


 ぽつぽつと、多分、私に話してくれているのだろう話に私は頷いた。


 ずーっとだんまりを貫かれるより、どんな話でも話してくれている方が良い。

 でも、その声にも口調にもいつものアルファの様子は伺えない。


「僕は、闇猫に護衛対象者を殺されたことがある」


 無意識か腰に下がっている愛刀をぎゅっと握って私を振り返ると、アルファは射抜くような瞳で私を見ていた。

 アルファの言葉の内容以上に、その眼光が私の心を抉っていく。

 ブラックが人を殺めていてそれがアルファの関係者で……。


 私の視線が揺らいだのを見て、アルファは嘆息するとまた窓の外へと視線を戻す。


「あいつは基本的に飛び道具を使う。銃とかその類だ。なのに、あいつはわざわざ僕の間合いに入ってきて護衛対象者を撃った。たった一発、どん……それだけだ。あの時の銃声が、今でもこんな風に雨が降る日は頭に響く。何度も、何度も……僕の中で護衛対象者は撃ち殺され、闇猫の余裕の笑みが蘇る。僕の間合いに入ってきて、僕の剣戟を片手で制して」


 ぎゅうぅっと握る拳の節が白くなり、微かに震えている。


「アルファ」


 私はいたたまれなくて、その手を両手で取った。アルファは「何?」と不機嫌そうに振り返るが、手を振り解こうとはしない。


「大丈夫?」


 アルファは、不機嫌そうだしどちらかといえば怒りを含んでいるようなのに、その理由だって明らかだ。それなのに私には何故か泣いているように見えた。

 しかし、私の問い掛けは的を外していたのだろう、アルファは、ふといつもの表情に戻って数回瞬きをした。


「どうして?」

「え、あ、ごめん。何かアルファが泣いてるような気がして、だから」

「僕は泣いてないよ。自分の無能さを悔いることがあっても泣いたりなんてしない。泣くことは許されない」


 いって自分の足元を睨み付けて、下唇をぎゅっと噛み締めた。アルファはやっぱり泣いているような気がする。


「大切な人だったんだよね」


 ぽつっと私の零した言葉にアルファは、再び顔を上げて目を丸くする。

 私の問い掛けは的を外しまくりなのだろうか? アルファは、私の問いに対して暫らく思案したようだが、結局、首を横に振った。


「僕は別に……彼に特別な感情は持っていない唯の護衛対象者だ」


 対象者は王子だったから、国にしてみれば大きな損害だと思うけど。と、あっさりと口にしたアルファに今度は私が驚く番だ。


 この国には、王子様がそこらへんにごろごろしているのだろうか? あ、でもエミルだって王位継承権十三位っていってたんだから、少なく見積もっても十三人は兄弟が居るってことだよね。


 凄い子沢山だ。


 驚いた私に、アルファはふっと口元を緩めて「変な顔」と笑った。


「初めて隊長として任された任だった。最年少記録を軽く更新して僕も家族もとても鼻が高かった。王子にも気に入られていたと思うけど、カイラスだったかな? セリウスだったかなぁ? 名前も思い出せない……唯、そんな僕から一瞬にして全てを奪おうとした闇猫は殺したいほど憎い」


 折角、いつものように笑ってくれたのに、アルファはまた表情を曇らせた。


「マシロと居れば奴が自分から寄ってくるだろう? 僕に殺られるために」


 だから、僕はマシロとずっと一緒に居たい。

 包み込んだままの私の手に、アルファは空いた手を重ねてぎゅっと力を込めて見つめる。


 愛の告白じみた言葉を紡ぐくせに、その瞳には狂気がちらついている。


 そして、自分では憎しみしか口にしないのに、寂しさとか、切なさとか、ブラックと同じような孤独が見え隠れしているような気がして私は眉を寄せた。


「アルファ、泣かないで」

「だから、泣いてないよ、マシロ」

「泣いてるよ、アルファは、泣いてると思う。私はこの世界のことを殆ど知らないからブラックのことは元より、みんなのことを理解するのは難しいかも知れないし、多分住む世界が違いすぎるから分かってあげられないことの方が多いと思う。でも、でもね。私は、アルファは憎んでいるだけじゃなくて、護ってあげられなかったことが、悲しかったんだと思うよ。だって、アルファは優しいし、楽しくて、明るくて、私にたくさん元気をくれるもの」


 この世界はやっぱりちょっと変わっていて、私の世界なんかよりずっと過酷だ。


 だから安穏と生活してきた私には、アルファの気持ちも、ブラックの気持ちも、分かってあげることは出来ないと思う。


 ―― ……でも、分かりたいとは思う。


「マシロちゃんは……馬鹿だよね?」

「いうに事欠いてそれ?」


 人が真剣に向かい合ったというのに、たった一言で纏められて私は眉をひそめた。

 そんな私に、アルファはいつものようにころころと楽しそうに笑った。そして、ひとしきり笑ったあと、目じりに浮かんだ涙を拭いつつ「ありがとう」と繋いだ。


 きょとんとした私の頭をアルファはくしゃくしゃと撫でる。

 力加減があまりなくて潰されそうだ。


「確かに、マシロちゃんがいうように、闇猫には八つ当たりかもです。僕は、間合いにまで入らせて対象者を護れなかった自分が許せない。未熟で、愚かな自分が嫌いで、だからその腹いせの対象に闇猫を置いたんです。でも、きっと闇猫の首をとっても、僕は雨を好きにはならないです」


 そういうことですね。と、笑ってくれたアルファのそういうことが良く分からなかったが、危なっかしいので、首を取るとか軽々しく口にして欲しくないけど、種屋って私が思っている以上に怖い職業みたいだ。


 まあ、とりあえずは、アルファはいつものアルファに戻ってくれて良かった。


 ほっと胸を撫で下ろしたら、窓から陽光が差し込んでくる。

 本当に通り雨だったみたいだ、直ぐに空は晴れ渡ってしまった。


「マシロちゃん、見て見て虹です!」


 ばしばしと人の背中を叩いて、外を指差したアルファはすっくと腰を上げ扉を開くと身を乗り出した。


「おじさん、もう歩くから良いよ。降ろして」


 ええー、村まで乗っていこうよー! と、思った私の心の声は無視みたいだ。

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