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第二十話:神出鬼没☆危険人物

「崇拝って、何?」


 きっと私がしている質問は、この世界の人にとっては極当たり前の知識として、身についているもので知っていて当然なのだろう。

 でも、もうシゼは不思議そうな顔をすることもなく、丁寧に答えてくれた。


「二つ月の話は知っていますか?」


 私がその問いに頷き、掻い摘んで話すと良く出来ました、という風にシゼは笑って頷いた。


「そこに出てくる、青い月のことなのですが『蒼月信仰』というのがありまして、その方たちは力の象徴である青い月を神と崇めていて、この世界の礎である素養を司る種屋、現在はそのブラックを神使いとしているんです。ご神体みたいなものですね」

「生き神様とかそんなの?」

「そうですね」


 頷いてシゼは、ぱくりとクリームを頬張った。


 私は「そっか」と、頷くと溶けていくジェラートを見詰めて小さく溜息を零した。

 ブラックは住む世界の全てから特別視されてしまっていて、だから常に孤独なのだろうか。


「ところで、種屋って何をするところなの? 種を売ってるのは知ってるけど」


 あれだけあの三人が苦い顔をするのだ、まさかそれだけが仕事というわけではないだろう。

 シゼは美味しそうに食べていた手を休めて、私を見たあと何かいい掛けて黙した。


「美味しいですね」


 私が掬った一口は、私の口には収まらず、高く掲げられいつの間にか隣に立っていたブラックの口に引き込まれていた。


 こいつの神出鬼没さは重々承知しているが、もう少し考えて欲しいものだ。


「マシロは、私のことが知りたいんですね? それならそういってくだされば、何でも教えて差し上げますよ」


 今、マシロとキスをしたらこの味がするんですね。と、恥ずかしくなるようなことを口にするブラックはいつもと全く変わらない。

 けれど私と向かい合っていたシゼの顔色はよろしくなかった。


「私は今、この子とデート中なの。改めてよ」


 早く帰れ、と、いいたかったしいったつもりなのに、ブラックは、そうなんですか? といってシゼを見下ろし、くすりと口角を引き上げた。


「マシロはやはり人徳があるんですね。並みの者では、貴方に傍寄ることも出来ないのでしょうか?」


 はあ? と、ブラックの台詞に凄んだ私にブラックは「いえいえ、こちらの話です」と勝手に締めくくって、再びシゼを見詰めて今度は口を開く。


「すみませんが、私はマシロと話があるんです。退席していただけますか?」


 声色も、声量も、特に強いものではない。しかし、相手にノーとはいわせないような威圧感を感じさせる言葉に、シゼはきゅっと口を引き結んだ。

 私は黙って居られなくて、がたりと席を立ちブラックに意見する。


「今日はあんたと話すことはないわ。ブラックが席を外して」

「えー。マシロ酷いです。私はこんなに貴方に恋焦がれて会いに来たというのに」


 うん。口から出任せなのは良く分かる。こいつの言葉に心は篭っていない。


「大丈夫、少年は帰りたいそうですよ」


 ―― ……なんだとこの野郎。


 ブラックの身勝手さに、再び私は噛み付こうと思ったら……先に、俯いていたシゼがかたんっ、と、静かに立ち上がった。


 帰るなんていわないよね? 私が誘ったのにこんな風に不愉快にさせて、傷付けて帰すことになるのは嫌だ。

 そんな私の不安を知ってか知らずか、シゼはしっかりとブラックの目を見て口を開く。


「僕は帰りません。僕が、マシロさんを連れて図書館を出たんです。僕が、連れて戻る必要があります」


 ブラックの視線に一歩も引くことなく、毅然とそういい放ったシゼはちょっと格好良い。ブラックはそれを面白そうに「ふーん」と見詰めたあと


「貴方はとても惜しい逸材だと思いますが」


 すっとどこからともなく杖を出しその先をシゼに向ける。

 シゼはブラックから片時も目を離そうとしない。

 でも身体の横に下ろされた拳が微かに震えている。

 私にはブラックが何をしようとしているのか分からない、分からないけど、取り合えず


 ―― ……バキっ


 殴った。


 私は蚊帳の外だったのだろう。

 思ったよりまともに入ったと思う。拳がじんじんしている。


 ブラックは、簡単に「あ、痛っ」といってシゼに向けていた杖で身体を支え、殴られた頬を押さえると困ったような顔で私を見ていた。


 困っているのはこっちだ。


「レディが、そんなにぼこぼこ人を殴ってはいけませんよ? それとも、そういう趣味ですか? 私はどちらかといえばSなんですが、マシロの希望とあれば」


 何の希望だっ! もう一度手を振り上げた私の拳をブラックは簡単に捕らえると「ほら、赤くなってる」と撫で「可哀想に」と付け足してそっと口付けた。


「ブラック!」


 悲鳴のような声を上げた私に、ブラックは楽しそうに笑って謝るが、きっと悪いとは思っていないだろう。


「仕方ない。今日は諦めて帰りましょうか」


 すっ、と、私の腰を引き左胸に手を当てると耳元で囁いて消えた。

 ブラックの触れたところが、じんじんっと疼き不安が溢れそうになる。


『貴方は私のもの。忘れないでください』


 ***


「あれ? 少し会わないうちに随分仲良くなったんだね?」


 寮棟に戻るとエミルが迎えてくれた。

 調剤は終了したのだろうか? そして、掛けられた言葉に首を傾げると、シゼが慌てたように私の手を振り払った。

 繋いでいた手を抱え込んで俯くとシゼは耳まで真っ赤になっている。


 帰り道、シゼは余ほど気を張っていたのだろう、ふらふらだった。

 だから手を繋いで帰ってきたのだ。


「どこへ行ってきたの? 僕は鬼のようなカナイから逃げるのに忙しくて…」


 ―― ……また、何か失敗したんだね。エミル。


 そして、当然のように被害を被ったのはカナイなのだろう。


 今日は外見的変化がなければ良いけど。

 お疲れ様と苦笑したあと、私とシゼはちらりと見合わせてギルドとカフェのことだけ掻い摘んで話した。

 帰り道、シゼに口止めされたのだ。

 余計な心配を掛けないためにも、必要なことだと、私にも一応は分かるのでシゼの言葉に納得もした。


『闇猫のこと、エミル様たちには黙っておきましょう』

『え?』

『その方が良い。そして貴方も無闇に彼の感情を撫でるようなことはしない方が良いです。貴方はどうやら、彼の特別のようですが、それでも何があるか分からない。もう、あんな無茶しないでください』


 そういってくれたシゼの気持ちは嬉しかったが、多分、私はまた同じ状況になったらブラックを殴ると思う。

 私たちの話に「そう、良かったね」とエミルは笑ってくれたけど、微妙にしどろもどろだったことに気が付いていないわけない、でも追求はしないで居てくれる。


 ―― ……エミルは優しい。


 もし、このことでこのあと何か事件があったとしてもきっと彼は何とかしてくれると思う。

 エミルには、きっとそういう人望とか人徳とかの素養もあって、だからみんな彼に惹かれるんだろう。


 ***


「あいつら、絶対エミルが加わったからこんな依頼受けやがったんだな」


 エミルに小言をいうのを諦めて、いつもの場所で本を開いていたカナイに依頼書を見せると、開口一番の台詞だった。

 エミルも直ぐに分かったらしく、くすくすと笑って「そうだね」と頷いている。

 アルファは、暫らくもう一枚の依頼書を見て頷いていた。


 シゼはまたラウ先生のところへ行ってしまった。

 彼の年齢では、まだギルドには登録出来ないらしく、ほんの少し拗ねていたらしい。

 余ほどエミルと一緒に居たかったのだろうと可哀想に思うと、カナイにお前って鈍いっていわれないかと聞かれた。


 いわれるけどいわれたことがないことにした。


「じゃあマシロちゃん。僕と一緒にこの依頼をこなしに行きましょう」


 自分からアルファが行きたがるとは正直思わなかったから、私は虚を衝かれて、え? と、問い返していた。

 アルファは、そんな私の心が見えたのか、ひどいなー、と、大げさに眉を寄せて肩を落とす。慌てて謝るところりと態度を元に戻して話し始めた。


「この依頼だって僕が居るから受けたんじゃないですかね? どのくらいの数が居るのかは知らないですけど、カナイさんじゃ麦畑ごと焼き払いかねないし」


 いわれたカナイは眉を寄せたが、反抗しないということは、そうする自覚があるんだね、カナイ。


「丸々一日あれば終わると思うし、その間にもう一つの薬を作ってれば戻ったときに仕上げられる。万々歳です」

「私役に立つかどうか」 

「マシロちゃんは僕の話し相手です」


 うん、期待されてないってことだね。

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