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第十八話:将来有望ツンデレ系

「ただいまー!」


 私は帰るなりベッドに飛び込んだ。


 ふわふわだー。良かったー。


 凄く長い旅をしてきたような気がする。

 実際には、あの翌日には灯台に到着し、帰りは途中の村で宿を取った。

 灯台までの道のりがかなり過酷になってしまったのは、私の土地勘のなさに他ならない。ちゃんとしたルートを通れば、小さな村もあったし、野宿の経験なんてしなくて済んだのに。


「あー、足がパンパン」


 こっちの方が問題だ。

 よく考えなくても私は帰宅部だし、そんなに自慢できるような体力も持ち合わせていない。

 みんなは、私に合わせてゆっくりと歩いてくれているようだったけど、私にしたら結構なスピードだったし着いていくだけで精一杯だった。


 ―― ……コンコン


 ごろごろごろっとベッドの上で暴れていると、気遣わしげなノックが聞こえた。

 慌てて飛び起きると、扉を開けっ放しにしていた。戸口には、困ったような笑みを湛えたエミルが立っている。

 私は、赤い顔をどうすることも出来ずに「どうしたの?」と歩み寄った。


「足が痛むんじゃないかと思ったから、薬を持ってきてあげたんだけど」


 意外に元気そうだね。と、上品に笑いつつ、私に軟膏が入った薬入れを手渡してくれた。

 ずしりと重い純銀製だろう。

 銀は毒性のものに変色するらしく、よく用いられるとかこの間教えてもらった。


「軽い筋肉痛とかなら、一晩くらいで治っちゃうから試して見て」


 にこにことそう付け加えてくれたエミルに頷いたところで


「だーかーらっ! 無理だろっ!」


 お向かいの部屋からカナイの怒声が響いた。

 私たちは何事かと顔を見合わせたあと「行く?」「行かないと止まらないよね」と申し合わせて、扉を叩いた。

 ノックなんて多分聞こえないと思うけど、申し訳程度にしてから、私はエミルに危ないからと彼の影に隠されてエミルが「何事?」と扉を開いた。


 二人は部屋の中央で揉めていた。


「えーっ! カナイさん。本気なんですかっ! 本気でマシロちゃんが買ってくれたケーキ捨てちゃうんですかっ!」

「悪いと思うよ! 悪いと思うけど、ここに出しっぱなしで出ちゃったんだからもう駄目だろっ! どれくらい経ってると思ってるんだよ!」


 どうやら言い争いの原因は、私が先日カナイに上げた誕生日ケーキらしい。

 日数的には三日だが、テーブルに出しっぱなしにしていたものだ。


 確かにヤバイ感じだろう。私も破棄に賛成だ。


「えーっ! マシロちゃんがなけなしのお金で買ってくれたのにーっ!」


 ごめんね、貧乏で。


「分かってるっていってるだろっ!」


 ホント、ごめんね。貧乏で。


「あー……ええっと、良いよ。うん。というか、捨てた方が良いと私も思うよ。うん」


 とりあえず仲裁に入ってみた。


 扉が開いたことにもカナイは気がついていなかったようだ。軽く肩を跳ねさせた。

 アルファは、にこりといらっしゃーい、と、手を振ってくれる。じわじわと振り返ったカナイに「早く捨てなよ」と苦笑するとカナイは長く唸って。


「分かった、分かったよ。畜生っ。食えば良いんだろ。食えば」

「カナイさん、カッコイイ」

「や、やめときなよ、カナイ」


 止める私の声は聞こえないようだ。


 フォローしたつもりだったが、私の言葉は彼を変な方向へ後押ししてしまったようだ。

 涙目で食べなくちゃいけないくらいなら、食べてもらわない方が良いくらいだと思うし、明らかにアルファの嫌がらせだと思うのにカナイはどうして気が付かないのだろう。


 やれやれと嘆息した私の隣で様子を伺っていたエミルも、仕方がないなという風にくすくすと笑っていた。


「エミル、笑ってないで胃薬持ってきとけよ」

「はいはい、よく効くのを用意してあげるよ」


 何だか、平和だなぁ。


 ***


 薬のお陰か酷い筋肉痛に悩まされることもなく、私は元の――というのは少々不本意だが――生活に戻った。


 午前中の授業を終え、自由になる時間になると、エミルの部屋を訪れた私は、ノックしようと上げた手をカナイに掴まれた。

 何? と、顔を上げると今はやめておけということらしい。

 エミルはあれでいて薬学マニアだ。

 怪しい薬を作るのが大好きらしい。しょっちゅう爆発騒ぎとか異臭騒ぎとか、人体実験騒動が起きているとかいないとか。


 調剤中のエミルには極力触れない方が無難だと教えてもらった。


「今日は、何作ってるの?」

「んー、何ていってたっけ、確かー……結界石を応用して、集中豪雨を降らせるための試薬とかいってたような気がする」

「それって薬?」

「俺に聞くな。エミルの薬の範囲がどこまでかなんて、俺には分からない」


 何か聞いていると発明といわれる方がぴんと来る気がするけど、本人には『薬』という拘りがあるらしい。

 エミルは、比較的温和だし怒らせなければ大丈夫だと思ったんだけど、エミルが駄目ならカナイ……ちらりと、隣を見上げると眉をひそめられた。


 却下。


 やめておこう。

 他に私が親しく出来そうな人といえば、もう残り少ない。


「ねえ、シゼは普段何やってるの?」

「シゼ? あいつならラウさんの研究室に一緒に篭ってるか、本棚のどこかの影に居るだろ。小っこいから後者なら探すのが大変だけど、用?」

「用ってほどじゃないけど、ちょっとお近づきになろうかなーと思って、この間のお礼もいってないし……探してこよ。調べ物は、カナイに任せた」


 とんっとカナイの胸を叩いて私は廊下を駆け出した。


 早くいえば逃げた。


 私もアルファほどではないが、日がな一日、本を読んで過ごせるほど読書家ではない。


 カナイから離れたところで歩みを緩める。

 中庭から陽光が、廊下にもきらきらと注いできているのに瞳を細める。


 ここは色々と物騒だが綺麗だ。

 私が住んでいたところだって、それほど都会ではないから山も川もあって、そこそこ自然豊かな美しい土地だとは思う。思うけれどここのそれとは微妙に違う。


 ここの全ては、ただそこに在るわけではなくて、在るべくして在る? というか、生命力に溢れている。


 生死を分けるようなことが頻繁に起こり、今、生きていることを活かさなければいけない世界。でも活かす場所は自分で選び取ることは出来ない、不自由な世界。


 誰が何を求めてこの世界を形作ったのだろう?


「マシロ、さん?」


 私は中庭を見つめて足を止めてしまっていたようだ。

 後ろから掛かった気遣わしげな声に振り返ると、私の探し人シゼが不思議そうに私を見つめていた。


「そんなところでぼーっとしていたら病気だと思われますよ」


 毒づいて。


「別にぼさっとしていたわけじゃ、いや、確かにちょっとは呆けてたけどそうじゃなくて、私はシゼを探してたんだよ」


 私の言葉が意外だったのだろう「僕を?」と可愛らしく首を傾げた。


 ***


 それから私はかなり強引にシゼを図書館の外へと連れ出した。

 ここの生徒の殆どは引きこもりがちだ。

 折角こんなに良い天気なのに、折角こんなに綺麗な街に住んでいるのに、勿体無い。


「散歩って、散歩でしたら寮内でも十分に可能です。どうしてわざわざ外に出るんですか?」


 放してください、一人で歩けますから。と、引きずるために取っていた手を振り解かれ私は苦笑した。


「この間のお礼をまだしていなかったから、ギルドに立ち寄るついで」


 お礼? と、首を傾げる仕草が、澄ましているときとは違って、子どもっぽく歳相応に見えた。


 シゼの動きに合わせて、さらさらと流れるすみれ色の髪がとても綺麗だ。

 本当に住んでいる人まで色鮮やかで、私自身はとても異色に感じる。


「私が考えなしに氏を名乗ってるのに出くわしたとき、みんなに伝えてくれたんでしょ? 私それで助かったし」


 厳密には、直接助けてくれたのはブラックだけど、この際、細かいところはどうでも良いだろう。


「べ、別に僕は」

「良心に従ってくれたんだよね?」


 アルファがそういってたよ。と、繋ぐと「そ、そうです」と顔を真っ赤にして首を縦に振った。エミルがシゼを本当は良い子だといっていた意味が分かる。


 ―― ……可愛いな。

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