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第十六話:甘い毒(2)

 ―― ……ズンっ


 一瞬地面が揺れたような気がした。

 でも、それはすぐに現実だと目の前に叩きつけられる。顔を上げれば、ブラックの背後で、どんっ! と土柱が幾本も上がり濛々と土煙を巻き上げた。

 何?! と驚きに、ブラックの腕をきゅっと掴むと、ブラックがふっと笑ったのが分かった。そして、そっと頬寄せて「じっとしてて下さいね」と耳打ちされる。


 くすぐったくて肩を竦めた私の遮られた視界が晴れるより先に、聞き慣れた声が怒鳴る。


「闇猫!」


 キラリと月の光を浴びて一閃が煌いた。


 ―― ……私の頭上で……。


 ず、ずずっと鈍い音を立てて、私が背もたれにしていた木が倒れた。 ずんっと地面に大木が倒れると地面が震えた。


「危ないですね。いきなり大剣を振るうなんて、マシロに当たったららどうするんですか?」


 狙われたのはブラックだ。

 その当人は、身軽に私から離れて次の瞬間には傍の木の枝で楽しげに笑っていた。


「黙れ!」


 普段からは、想像も付かないような声で怒鳴ったのは、アルファだ。

 アルファは、身の丈ほどある大きな剣を鬼神の如く揮う。

 大きな一振りごとに、犠牲になるのは木だ。

 狙われているはずのブラックは、簡単に立ち位置を変え、一向にアルファに捉えることは出来ない。


「マシロ、立てる?」


 アルファに気を取られていたら、そう声を掛けられた。

 振り向くとエミルが心配そうな顔で私を見つめていた。私が、大丈夫だと頷くと、ほっとしたように微笑んで、少し離れたところに居たカナイに「大丈夫だって」と手を振る。


「それから、何か持ってない?」

「何かって何? えっと、灯台に届けるランタンは……あ、あった。これはあるし、手紙も……あれ? ない」


 私は、ギルドから出たところで出会った、巻き毛美少女モリスンに預かった手紙がないことに気が付き慌てて立ち上がると制服のポケット全てを漁った。


「探し物はこれじゃないですか?」


 突然、私の背後に戻ってきたブラックは、あっさりと私を背後から抱きこむ。

 そして、ひらひらと目の前で私がモリスンから預かった封筒を見せる。私は小さく嘆息して「返して」と、何とか自由になるところまで手を持ち上げて返却を求めたが、ブラックは人の耳元で「嫌です」と囁く。


 くすぐったくて肩を竦めると、いつもと変わらず楽しそうにくすくすと笑う。


 先ほどまで、鬼の形相でブラックに襲い掛かっていたアルファは、私たちの傍に歩み寄って来てブラックを射殺しそうな目で見ている。


「マシロには返しませんよ」


 駆けつけてくれたのだろう三人に、まるで見せ付けるように、ブラックは私から離れないしエミルも苦い表情を崩さない。


「じゃあ、俺に返せよ。それは俺の責任だ」


 ったく、そんなに近くに居たら狙えないだろ。

 と、簡単に怖そうなことを口にするのはカナイだ。面倒臭そうに歩み寄ってきたカナイは、すっと手を伸ばす。


「折角、もう少しでマシロが決心してくれそうだったのに、本当に残念です」


 確かに空気に飲まれそうになっていたのは認めるけど、それと今のこの状況が同じ土俵の上にあるとは思えない。


「仕事が増えるのも面倒ですし、貴方がそれほどまでに裁きたいとおっしゃるならどうぞ」


 ブラックが手の中にあった封筒を弾くと、手にしようとした私の手をすり抜けてカナイの手元に収まった。カナイは、こともあろうか勝手に封筒を開けて中身を確認すると、何の手品かあっさりと燃やしてしまう。


 止める間もなかったが、文句の一つも口にしようと口を開いた。

 私が文句を口にするより先に、あまり聴きなれない声が私の台詞を遮った。


「マシロを解放していただけますか?」


 凍りつきそうな冷たい瞳でブラックを見据えてエミルはゆっくりと口にする。エミルの声だとは最初気がつかなかった。

 その迫力に私の方が身を縮めるのに、ブラックは飄々とした態度を変えることなく、背後で見えないが笑っているのだろう。


「名残惜しいですが、これ以上マシロが怯えては可哀想です。また、暫らくは貴方方に任せるとしますよ」


 近いうちに会いましょう。と、耳元で囁いたブラックは、私のこめかみに口付けて、冷たい唇が離れると同時に拘束が解け、ブラックの姿も消えた。


 ―― ……神出鬼没な奴だ。


 よろりと数歩よろけた私を、エミルが、ふわりと抱き込むように受け止めてくれる。「大丈夫?」と尋ねてくれつつ、ごしごしと私のこめかみを拭った。


「大丈夫だけど、その……痛い、エミル」


 じわりと熱持つほど擦られて、眉を寄せた私に、エミルはやっと気が付いたのか短く詫びた。


「それから、その、アルファ、物騒なものしまって」

「僕の愛刀なんだけど、良いですよ。マシロちゃんが怖がるなら今はしまいます」


 さっきまでの殺気は一切感じさせず、にこりといってどこから出したのか鞘を手にすると、するすると納めていく。


 ちんっと柄が鳴ったところで、大剣はその巨大ななりを縮め……普段アルファがベルトに下げているキーホルダーになった。


 ―― ……あれ、唯の飾りじゃなくて武器だったんだ。


「あんまりばさばさ大木を伐採するなよな。ほっといたら駄目かな、駄目だよな。ったくアホアルファ」


 ぶつぶつ聞こえると思ったらカナイだ。

 傍でさっきアルファが切り倒してしまった木に向かっている。


 カナイが手を掲げると、木の根元から光が集まり傍に落ちていた幹を引き寄せると元の位置に戻り、その光が消える頃には元通りになっていた。


「何なら、即成長薬使う? 少しなら持ってるけど」

「……それ使ったら切り倒された幹を何とかしないといけなくなるから今回は遠慮する」


 ***


 今夜はここで野営だね。

 というエミルの言葉で野宿決定らしい。


 私は、オーガから逃げる間にすっかり道を外れていて、見つけるのに苦労したらしいが、そのオーガが鬼のようにこの周りに集まって居たため、思ったより早く発見出来たそうだ。


「でも、最初に襲われたあとは何もなかったけど……」

「闇猫が居たからね。結界が張ってあったんだよ。それでその周りにオーガが集まっていたわけ。まあ、結界のお陰でカナイも安心して大技使えたんだけど」


 エミルに、説明されて私はあの巨大な土柱と爆発を思い出す。

 抱えた膝に顔を埋めるとエミルが傍で「遅くなって本当にごめんね」と、もう何度目かという謝罪を口にしてくれる。


 悪いのは私なのに、カナイ以外は責めない。カナイには拳骨を貰った。お小言も貰った。

 今もぶつぶついっている。それにしても


「エミル……あの、私もう大丈夫だよ」

「僕が大丈夫じゃないから、もう少しこのままで良いかな?」


 そんな風にいわれたら嫌とはいえない。

 いえないけど、座り込んだ私を抱きこんでくれている状況はちょっと、いや、たくさん恥ずかしい。


「はい、羊歯を拾って来ましたよー。お水も確保して来ましたし、カナイさん、火。火出して」

「俺を火種みたいにいうな」

「火種ですよ。早く! お腹空いたし食事にしましょう」


 ばらばらばらっと私たちの前に羊歯を積んだアルファは、早く早くとカナイにせっつき、カナイは渋々という風にそこへ手を伸ばした。


 それとほぼ同時に、ぼっ! と、火の手が上がり羊歯に燃え移る。


「あの、今更なんだけど……二人とも薬師だよね?」


 私の問い掛けに、アルファとカナイは顔を見合わせて首を傾げたあと、何か納得したのか「ああ」とお互いに頷いた。


「いってなかったけ? 僕は、騎士階級で大剣使いなんですよ」

「俺は大聖堂出の魔術師だ」

「因みにカナイさんは最上級階位マスタークラスだから超エリートです」


 知らなかった。

 知らなかったよ。


 呆気に取られつつも微妙に納得する。


 だからアルファもカナイも薬師としては伸びないと分かっていたんだ。

 もともと素養がないから。

 いわれて見ればアルファは自分で何度もそういっていた。


「何か僕だけ秘密がないね」


 寂しいっ! と、いってぎゅぅぅっと強く抱きしめられ声が潰れる。

 いや、もう。エミルは、王子様でした。って、だけで最初から驚かせてもらったから十分なんだけど、そんなこと聞いてくれないよね。


「さっきから気になってたんですけど! エミルさん、マシロちゃんに近い!」


 もっと早く突っ込んでよ。

 近いとか、近くない、って話じゃなくて、アルファもズルイーじゃなくて離れるようにいってください。


「僕も」


 乗っかるなーっ! 調子に乗ったアルファに正面から抱きつかれ、サンドウィッチ状態になってしまう。

 潰れた蛙のような声を上げた私に、エミルとアルファの笑い声が聞こえる。因みにカナイの冷静な溜息も耳に届いた。


 じたばたと暴れる私にエミルがそっと囁く。


「もう、怖くないよね?」


 え? と、問い返そうとした私の声は聞こえなかったのか、くすくすと笑いながら、ようやっとアルファを引っ剥がして、自分も私から距離を取ってくれた。


 望んで解放されたはずなのに、何だか肌寒い気がする。


「ココアくらいなら淹れられるよ。飲むよね、マシロちゃん。あ、それからこれ毛布です。こんな季節でも、夜は少し肌寒いから着てたほうが良いよ」


 アルファが下げていた小さな鞄からは魔法というか……未来の猫型ロボットのポケットのように何でもかんでも出てくる。


 きょとんとしていた私に、エミルがアルファから受け取った毛布を肩に掛けてくれた。

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