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第十五話:甘い毒(1)


 ***


「うっそー!」


 私は走った。


 これまでの人生経験上最速だ。最速だけど鈍足だ。

 私は直ぐに追い詰められた。


 追い剥ぎとか、人攫いとか変質者とかその類なら想像付く。想像付くけど! 今、現在進行形で、じりじりと巨木を背にした私との間合いを詰めているのは、多分、分かりやすく表現するなら魔物だ。


 最初は犬かと思い、その後は狼かなー? とか思ったらどれも外れていた。

 濃紺色の毛に暗闇に浮かぶ四つの紅い目。何頭居るのか分からないけど、そんな動物見たことない。敵意明らかに唸っている。


 私はここで、ゲームオーバーになるのだろうか?


 夢なら覚める瞬間だろう。

 でも覚めなかったらどうしよう。


 食いつかれたらきっと痛いよね。

 痛いとかで済めばいいけど、死んじゃうのかな?

 死んじゃったら、やっぱりもう家には帰れないよね。


 私を囲んでいた一頭が、がっと地面を掻いて飛び出してきた。私は目を閉じることも出来ず身体を硬くして息を呑んだ。


 頬を風が撫で、私の視界を闇が遮る。


 ―― ……キャウン!


 私の目には一閃しか見えなかった。


 でも、私を囲んでいた猛獣は吹っ飛び数匹はその場で灰となり風に撒かれ、残りは悲鳴のような泣き声を上げて走り去っていった。


 私は見慣れたその姿に力が抜け、へなへなとその場に座り込む。情けないかな、腰が、抜けてしまった。


「ブラック」

「―― ……はい」


 力なく地面にお尻を突いた私が掠れる声で名を呼べば、場に全くそぐわない静かな柔らかい声で返事が聞こえる。でも、その声に胸を撫で下ろす。

 知っている声、知っている姿。

 私は……助かった。


「大丈夫ですか?」


 そんな私の前に、膝を折って顔を覗き込むと、そ……っと私の頬に触れる。


 暗闇の中でも、私が蒼白になって震えているのは分かるのだろう。

 ぴたんぴたんっと地面を叩いていたブラックの尻尾が萎えてしまった。私以上に不安そうな瞳に、しょげてしまっている猫耳。

 優しく、でも恐々と頬を滑る指先。

 私の不安や恐怖と、彼の感じているそれは違うものだと分かっているものの、ふ……と呼吸を取り戻すことが出来る。


「今の、何?」

「オーガですよ。この辺りには多いんです。夜行性ですから夜になると余計に……」


 ブラックは戸惑いがちに私の問いに答えてくれる。

 オーガ……?

 夜行性の魔物。ということだろうか? しかも、確実に肉食だと思われる。そうじゃなきゃ、襲われたり、しない、よね。


「私、死んじゃうかと思った。夢の中で死んだらどうなるんだろう、とか、痛いのかな、とか……私、そんなことばかり考えて」

「マシロ」


 声が震える。


 心臓が頭の中にあるぐらいどくどくと強く脈打って五月蝿い。震える身体を抱きしめても、全く震えが止まるような気がしない。

 溢れてくる恐怖に涙が浮かぶ。


 目の前のブラックが、何か口にしてくれているような気がするが耳に届かない。


 唯、唯、心臓の音が五月蝿い。


「泣かないでください。大丈夫。悪夢は去りました。大丈夫」


 ふわりと視界が遮られて、柔らかい声が降ってくる。

 ややしてブラックの腕の中だと気がついたが、今は突き放す余裕がない。


 木々がざわめく音がする。


 それらに混ざって聞こえてくる動物たちの鳴き声に意図せず身体が強張り、それに気が付いたブラックは、腕の力を強めてしっかりと抱き締めてくれる。いつもなら、離れろと暴れるところだけれど、今は、ほっと胸を撫で下ろした。


 ***


「落ち着きました?」


 どのくらいそうして貰っていたんだろう? 私には分からないけど、ブラックの問い掛けに頷くと、腕の力が緩んで確認するように、また顔を覗き込んでくる。

 あまり泣き顔は見られたくなくて俯いて顔を拭うと、ふふっと微笑まれた。


「それで、どうして貴方は今、ここで、一人なんですか? 王子たちは何をやっているんです?」


 本当に役に立たない。と、吐き捨てたブラックは怒りを露わにしていた。


「みんなは悪くないよ」

「また、お『友達』を庇うんですか?」


 私の言葉が癪に障ったようだ。益々不機嫌そうにブラックが眉をひそめる。


「そうじゃなくて、本当に私が勝手に依頼を受けて、勝手に町を出たんだよ」


 苦笑してそういった私に、ブラックは、ゆっくりと「マシロ、聞いてください」幼い子を諭すように語り掛けてくる。


「利用するのは良いと思います。ですが、信頼し過ぎるのは良くありません」

「私は彼らを利用したりしないし、信用出来る人たちだと思う」


 私の言葉にブラックはゆっくりと首を振る。


「では、信用出来る人たちが、何故、貴方に外は危険だと伝えてくれなかったのです?」

「それ、は……」


 みんなのことは好き。信頼している。

 良くしてもらっているし、大切にしてもらっていると思う。

 だからこそ、私も迷惑をかけたくなかったし、わがままをいって困らせるようなこともしたくなかった。


「何故、今貴方の傍に居ないのですか?」

「だか、ら……」


 だから……だから、一人で出た。

 王都の門は、常に開かれている。いつだって、出入りは自由で、だから、外が危険だなんて微塵も思わなかった。

 私は何も知らなくて、何も知らされていなくて……どうして、知らないの?


 不安の種がぽつりぽつりと私の中に撒かれていく。


「貴方は私が守ります。いつかのように、今日のように……」

「ブラック?」

「契約に従い、私とともに在ってください。貴方の背負う重荷は何もなくなります」


 撒かれた種は、ブラックの声で栄養を得たように、私の中で育ち、内側から支配していく。

 恐怖で麻痺してしまった頭の中に、ブラックの甘さは麻薬のように私を虜にする。


「私が貴方を、守ります ――」


 私……わたし、は……

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