第十四話:こうなると何が目出度いのか分からない
「なんだこれ……」
自由閲覧可能な棟まで出てきて私は尻込みした。
いつもならカーティスさんに軽く挨拶して、通り過ぎるだけのところなのに人でごった返している。
カーティスさんが見えない。
しかし、ここまできたら出入り口はそこだけだ。引き返して寮棟から出るというのもありだけどと、私が思案している間に、私は一人の美女に掴った。
「貴方! そう、貴方よ! その制服、図書館の学生ではなくて?」
―― ……うわー…なくて?
だなんて話し方、初めて聞いたよ。
どうしよう、逃げ出した方が良いのかな、でも凄い用事でもいけないし。
仕方なく頷いた私に、彼女はやっぱり! と、喜色を浮かべて駆け寄ってきた。くるっくるの美しい巻き毛が揺れる。
「珍しいですわね? 図書館の学生に女性がいらっしゃるなんて。でも、ここでお会い出来て宜しかったですわ。貴方、カナイ様をご存知かしら?」
「カナイ様? って、どのカナイ?」
いや、一人しか知らないけど、様付けされるような人物ではないような気がする。
その私の反応に対峙した美女は、まぁぁぁっ! と、甲高い声を上げる。
うう、怖いよぉ。
「カナイ様といえば、お一人しかいらっしゃいませんわ!」
だよねぇ……。ぐっと拳を握り締めた彼女に私は肩を落とした。
「お前らまた来たのか……去年来るなっつっただろ」
ぐいっと、私を引っ張って彼女から引き離すと間に割って入ったのは、ご指名の『カナイ様』だ。
わっと集まっていた女の子たちの歓声があがる。
もしかしなくても全員カナイ目当て。
―― ……この男の何処が良いんだ?
「お前は関係ないんだから、さっさと通り過ぎろ。行け」
人の群れを回り込むように背中を押され、話題の中心になるカナイが来たお陰でさっきまでとは嘘のようにあっさり外へ出ることが出来た。
それにしても、関係ないとは失礼だ。
刹那、むっとして眉を寄せたが、改めて考えると確かに……関係ないか。
私は、溜息一つ零したあと「まあ、良いや」と当初の目的どおりギルド事務所へと向かった。図書館の外へ出たのは久しぶりかも知れない。足取りも自然と軽くなる。
***
「うわーっ! 本当に本当? あの三人がギルドに登録するって?」
「凄い、凄いよ。マシロ。君って偉大だ!」
カナイにいわれた通りに学生証を提示してそう伝えた私に、テラとテトは目を輝かせてウサギ耳をぴこぴこと振るわせた。
可愛い。
私は二人のテンションよりもウサギ耳に釘付けだ。
「そうなの? それは、えっと、あの三人が凄いの? それとも、もしかして私が凄いといいたいの?」
「両方だよ」
声を揃えて満面の笑みを浮かべる。
さっぱり意味が分からないが私はとりあえず説明を促した。
「要するに、カナイたちは、君とパーティを組むといってるんだと思うよ」
「パーティっていうのは、一人じゃなくって複数で一つの依頼をこなす事をいうんだ。マシロみたいにEランクの子は、この方法が稼ぐには手っ取り早い。ギルドランクは、パーティメンバーの内の一番高い位置に合わせられるからね」
「このメンバーならSランクの依頼もこなせるよ。ま、滅多にないけど」
「いっとくけど、Sランクの報奨金は半端じゃないよ」
ま、滅多にないけど。
重ねた二人は、にこにことそれじゃあ折角だから何か依頼を受けていく? と続けてくれた。
私は、予定通り、丁重にお断りしようと思ったのに、盛り上がりきった二人は、全く聞く耳を持っていないようだ。長い耳はどうもお飾りだ。
「そうだね。カナイは久しぶりだし、あとの二人は初参加だから」
「簡単なのが良いよね」
「あ、あれが良いんじゃない? テラ」
「そうだね、これが良いね。テト」
***
そして私は、配達の依頼を受けてしまった。
灯台まで灯火を運んで欲しいらしい。
三日以内に運べば良いということだし、貰った地図を見ても、そんなに遠いところではなさそうだ。これなら私一人でも何とか出来ると思う。
カナイは女の子たちの相手で忙しそうだし、アルファは面倒ごとは嫌いそうだ。
エミルは薬作ってる方が好きだと思うから、やはり滅多なことで迷惑を掛けるべきではないだろう。
うんっと、一人頷いたところで「あら、貴方」と、聞き覚えのある声に引き止められた。声の主を探せばやはり先ほどの巻き毛美少女だ。
「先ほどは助かりましたわ」
「私は何もしてないよ」
にこやかーに、お礼をいわれて些か恐縮する。
本当に私は何もしていないし、あれはカナイが勝手に出て来たのだ。なのに彼女は優雅に首を振り「そんなことありませんわよ」と微笑んだ。天使の微笑だ。
「去年のお誕生日のときは、出てきていただけるまで、凄く大変でしたの。ですが本日は直ぐに来ていただけましたし」
「それは偶然」
「違いますわよ。貴方ご用事があったのでしょう? わたくしに捕まってしまった貴方を見兼ねたのだと思いますわ」
それは買い被り過ぎだと思うけど。
私は、それ以上否定するのも肯定するのもやめた。
「そういえば、誕生日って誰の?」
「カナイ様のですわ」
だよね。
あれだけカナイを出せといっておきながら、他の人の誕生日であるはずはない。
それから私は、暫らくお嬢様の雑談に付き合わされ、やっと開放されると、ふむっと首を捻った。いくら世界が違うとはいえ、きっと誕生日は年に一回だよね。
だとしたら、やっぱり私も何か用意してあげようかな。
いつもお世話になってるし、一応、色々と協力的だし、なんだかんだいいつつカナイが一番私のために動かされているような気もする。
「カナイ!」
人払いが一段楽したのか、図書館の入り口の階段に腰掛けて項垂れていたカナイを発見し、私は駆け寄った。カナイは、気だるそうに顔をあげて、声の主が私なのを確認すると再び顔を膝の間に埋める。
―― ……こいつ……。
「最初にアルファがいってた通り、モテモテなんだね?」
「嫌味いうために声掛けたならさっさと寮へ戻れ」
おお、これはかなり不機嫌だ。
いつも大抵は機嫌が悪そうな感じだが、本当は無関心なだけで機嫌が悪いわけではない、と、分かるようになっていたが、今日は機嫌が悪い。
まあ、誕生日にかこつけてあんなにどやどや押し掛けられたら、疲れるのも分からなくもない。
一生私には縁のない光景だと思うけど。
「んな、ぶーたれてないで。顔上げなよ」
よっこいせ、と、カナイの前にしゃがみ込んで、さっき買って来たばかりの箱を差し出した。
カナイは怪訝そうに私と箱を順番に見た。
「誕生日おめでとう。知らなかったから、出来合いで悪いけど、ケーキ買ってきたよ。おばちゃんに無理いって仕上げ作業はさせてもらったの」
私のちまちましたお仕事もたまには役に立つ。クリムラは私のお得意様だ。
「あと、これ学生証。失くしたらいけないから先に返しとくね」
箱の上に預かった封筒も乗せてカナイに受け取らせた。
カナイは呆れたような顔をしたが、何とか気分は上昇してきたのか素直に「ありがとな」と返してもらった。
何だかカナイに素直にされると恥ずかしい。
私は赤くなる顔を隠すように立ち上がった。
図書館に戻る気配のない私を不思議に思ったのか、何処へ行くのか問い掛けられた。
「うん。ちょっとギルドで配達のお願いされたから、それを持って行って来るよ。遅くなるといけないから、ケーキは四人で食べておいてね」
「四人?」
「シゼも一緒に、だよ。あ、私の分も置いといてくれると嬉しいかも。全部食べても今日は許してあげるからね」
ひらひらと手を振りつつそういった私に、カナイは「はいはい」と、適当に返事を返して立ち上がり、図書館へと戻って行った。
さて、この地図によると町を出て、南東に下れば良いんだよね。
門限までに戻れると良いな。