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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鳴かぬ蛍は身を焦がす

作者: 天音ジーノ

「葵ー!」


「な、何?僕ににじり寄って…」


「噂で聞いたんだけど、お前…晴也先輩と付き合ってるってホントか?」


聞かれてしまったら答えるしか無い。


「…うん、ホント。」


「えー、まじか!どう?先輩とはどこまで?」


「…そういうのは、聞くべきじゃないだろ。」


「あ、すまんすまん。」


僕、桃瀬葵は、一年上の晴也先輩と付き合っている。


告白は僕からで、晴也先輩はさらっと返事をしてくれてびっくりしたのは今でも忘れてない。


付き合いたての頃は楽しくて、毎日一緒に帰ったり、お弁当を食べたり、とにかく二人でいる時間が長かった。


でも、日に日に会う回数も時間が少なくなっていって、遂には僕から会いに行く以外で、会うことがなくなった。


僕は知っている。


晴也先輩は最近、女の子とばかり遊んでいることを。


恋人の僕には会ってくれないのに、女の子とは遊ぶんだ。


僕にはハグもキスもしてくれないのに。


手も繋いだことないのに。


そう思ってしまったら止まらなくて、たぶん僕は嫉妬してるんだと思う。


僕は構って欲しいという気持ちがだんだん強くなって、ついに今日、晴也先輩の教室まで行くことにしたのだ。


教室のある廊下まで行くために、沢山階段を登っていって、最後の段を踏んだ時だった。


女の子の、緊張して少し掠れた声が聞こえてきて、僕は思わず足を止めた。


「好きです!付き合って下さい!」


どうやら僕は告白現場に来てしまったようで、このまま出ていってばったり…なんて気まずいのは嫌なので立ち去ろうとした。


しかし、聞き慣れた声が耳に届いてきて、ついそっと覗いてしまった。


告白していた女の子の目の前にいたのは、晴也先輩だった。


晴也先輩も、まんざらでもなさそうにしていて、僕は咄嗟に声を出した。


「ちょっとまって!!」


このままでは、晴也先輩が取られてしまう。


僕は居ても立ってもいられずに、廊下を走って二人の前に飛び出した。


「えっ…何、誰?」


女の子は驚き戸惑っていて、晴也先輩は面倒くさそうにため息をついていた。


何で、ため息を?


「あの!僕は晴也先輩の恋人です!だから…!」


諦めてほしい。


そう言おうとした。


でもそれは、女の子の大きな声にかき消されてしまった。


「………はぁ?恋人??」


「チッ…」


女の子の信じられないという表情と、晴也先輩の舌打ちに、僕の指先が冷たくなって震えだす。


「なら、証拠を見せてよ。」


「ど、どうやって…」


「キスして。恋人同士ならできるでしょ?」


どうやら、キスをすれば恋人だと認めてくれるらしい。


僕は晴也先輩の方へ近づいて、目の前に立った。


「晴也先輩、キスしましょう…?」


僕は晴也先輩に向かって背伸びをして、キスしようとした。


しかし、それは晴也先輩が一歩後ろに下がったことにより叶わなかった。


「あー、そういうのいいから。」


「え……?」


晴也先輩、今、なんて言ったの?


「俺、お前とキスできないや。ごめーん。」


「やっぱり、恋人だなんて嘘なんじゃん。」


僕は頭が真っ白になってしまって、動けなくなった。


晴也先輩は、僕とキスできないんだ。


僕のこと、もう好きじゃないんだ。


僕だけ、だったんだ。


僕は先輩のことがまだ好きだからこそ、胸が張り裂けて爆発しそうなくらいにきゅーっと痛い。


「晴也、先輩、僕は先輩のことが好きで…」


「あー、そう。もういいわ。」


晴也先輩はそう言って、女の子と一緒にその場を去ってしまった。


僕じゃダメだった、何がダメだった?


だって、僕はこんなに好きで堪らなくて、今度デートに誘おうって計画して、それで…。


「……うっ………ぅ……あ………」


まるで裏切られたようで、ぐるぐる目眩がして吐きそうで、失恋したことを実感してしまって。


先輩への想いが届かず零れていくように、僕の瞳からは涙が止まらなかった。


この時、子供のように泣きじゃくる僕のことを、後ろから見ていた人がいた事に気づかなかった。


_______



翌日になり、僕は腫れた瞼で学校に登校する。


自分はなんて惨めなんだろう。


こんなに好きだったのに。


でも、もう手遅れだ。


僕は未練を引きずりながらも、晴也先輩との関係を終わらせる為に、放課後、先輩の教室へと足を運んだ。


「晴也先輩、いますか。」


「あ?何で来たんだよ。」


「…別れに来ました。」


僕は溢れそうになる涙を堪えながら、今までありがとうございました、と言って晴也先輩を見る。


「あー、うん。もういいからさ、帰って。」


晴也先輩は僕のことが目障りなようだった。


僕なんか、魅力もないし、かっこよくもないし、やっぱり男よりも、可愛い女の子の方がよかったんだ。


頭がくらくらして、視界がぐにゃりと歪んで、まっすぐ立っていられなくて。


「……さようなら。」


最後にそう言って、僕はふらつきながら急ぎ足で教室を出て靴箱へ向かった。


あぁ、だめだ。


涙が出てきてしまう。


失恋って、こんなに辛いんだ。


靴箱にたどり着いたら、とうとう涙が溢れて止まらなくなった。


僕がカーディガンの袖で涙を拭っていると、後ろから声をかけられた。


「あ、桃瀬さん。」


クラスメイトの、如月十夜さん。


話したことはないけど、美形な人だなとだけ思っていた。


女の子達にも人気で、ファンクラブもあるらしい。


「如月さん……」


「顔色悪いけど、大丈夫?」


今の僕は、ただ人肌が恋しかった。


誰でも良いから、このどうしようもない想いを打ち明けたい。


優しく慰めてもらいたい。


「如月さん、僕……ぅ…話、聞いてくれますか…?」


「うん、いいよ。」


「晴也先輩が……」


「晴也先輩?」


「あ、いや。その……恋人が……」


「恋人……桃瀬さん、恋人いたの!?」


「……はい」


「あー、そういうこと……どこかカフェでも行かない?立ち話は足が疲れるし、ゆっくり話聞けるからさ。」


そう言って、手を引かれて近くのカフェまで連れて行かれる。


如月さんの手があたたかくて、散々泣き腫らしたのに、また涙が出てきた。


こんなに泣き虫じゃなかったのに、恋とは恐ろしいものだと初めて知ってしまった。


________




「あの、如月さん……僕……」


「うん、ゆっくりでいいから話して。あと、俺に対してはタメ語でいいよ。クラスメイトでしょ?」


カフェに着いて飲み物を頼んでから、僕達は改めて向き合う。


僕はぽつぽつと、今日までの晴也先輩とのあらましを話し始める。


晴也先輩が女子とばかり遊んでいること、昨日告白されている現場を見てしまったこと、そして自分が恋人だと主張したが信じてもらえなかったこと、晴也先輩は僕のことが好きじゃないこと、全部、全部話した。


「……そっか。それは辛かったね」


「…それで…晴也先輩も…もういいって……僕、フラれたんです…」


「……」


如月さんは話を最後まで聞いてくれて、相槌もしっかりしてくれて、荒んだ心が少し落ち着いてきた。


「………ねぇ、気分転換したくない?」


「えっ?」


「俺と遊びに行こうよ。」


「え、でも……僕……」


「だめ?」


「……でも」


如月さんは優しい。


でも、この優しさにこれ以上甘えてしまったら、迷惑になってしまう。


本当は、暗い話も聞きたくなかっただろうし、そもそも人気のある如月さんに、僕みたいな人間が話しかけてはいけないのではないか?


ネガティブなのは治らなかったみたいで、悪い方にぐるぐると考えてしまう。


そんな僕を見かねたのか、如月さんは違う話題を出してくれた。


「何か好きなものとかないの?」


好きなものを聞かれた僕は、あの生き物を思い浮かべる。


「…………生き物…。」


「へー、何の生き物が好きなの?」


「両生類だけど…ウーパールーパー…。」


「ウーパールーパーかぁ!可愛いよね。」


「うん…」


そう、僕はウーパールーパーが好きだ。


あの可愛い顔を見ていると、悪い事なんて全部どうでもよくなって、心がほっこりする。


「じゃあ、水族館にならいるかもね。」


「うん…。」


「行く?あ、気まずかったら他の人も誘うけど…」


「行きたい…!多分学校で噂になってるから、複数人の方が気まずいかな…」


きっと、僕が晴也先輩の教室に行ったから、僕が振られたのも、先輩が振ったのも、きっと学校中に広まっているだろう。


「…わかった、じゃあ二人で行こっか。次の休みでいい?」


「…うん!」


「あと、俺のことは十夜でいいよ。」


「あ、ありがとう、十夜…君。」


僕のぎこちない呼び方に、十夜君は口元を押さえながらくすくすと笑った。


「呼び捨てでいいよ。俺も桃瀬さんのこと呼び捨てで呼んでいい?」


「うん、えっと、よろしくね……十夜。」


「うん、葵。」 


僕の名前を呼びながら微笑む十夜は、ミステリアスな雰囲気をまとっていて、まるでイタリアの彫刻のような美しさを感じた。


________



「魚がいっぱいだぁ…!」


「ね、カラフル〜。」


週末になって、僕と十夜は水族館へとやってきた。


展示されている水槽の中には、色とりどりの魚が悠々と泳いでいて、群れをなしている。


ヒトデやナマコ、ネコザメに触れることができるタッチプールには、子供たちがたくさん集まっていた。


館内図を見ながら、僕達二人は歩き回って、ついにウーパールーパーの水槽を見つけることができた。


「可愛い…!!」


「…ホント、可愛いね。」


「うん!あ、こっち見てる…!」


つぶらな瞳で見つめられて、僕は頭の中がウーパールーパーでいっぱいになってしまった。


十夜もいることを忘れてしまって、ハッとして十夜の方を向くと、笑顔で立って僕のことを見ていた。


「ご、ごめん!つい夢中に…」


「全然いいよ、寧ろウーパールーパーの為に来たんだしさ。」


「あはは…次から気をつけます…」


あ、十夜って、笑った顔がエイに似てるかもしれない。


僕はくすっと笑って、あっちも行かない?と、提案してくれた十夜に、笑みを零しながらついていった。


生き物を沢山満足に見ることができて、僕達は海の見えるレストランで休憩することにした。


僕はイルカモチーフのパフェを食べながら、ソフトクリームを食べている十夜に、どうして僕に話しかけてくれたのか聞いてみることにした。


「そういえば、どうして僕の話を聞いてくれたの?」


「ん?暗い顔してて気になったから。」


「そ、それだけ…?」


「んー、ひみつ。」


「えっ?ひみつ?」


ひみつ、と言われて拍子抜けしてしまった。


でも、ひみつとはどういうことなんだろうか。


少なくとも暗い顔をしていたからだけではない、ってことだと思う。


なら、どうして?


「どうして、ひみつなの?」


「もっと仲良くなったら教えたげる。」


十夜はそう言って、口元に人さし指をあてた。


もっと仲良くなったら。


その言葉に期待してしまった。


「もっとってことは、僕とこれからも…?」


「うん、もう俺たち…゛友達゛でしょ?ね、葵。」


「十夜…!うん、友達…!」


こうして再確認するとなんだか気恥ずかしいけど、僕と十夜は友達、なんだ…!


十夜と友達になれて、とても嬉しい。


失恋のことなんか考える隙もなく、僕と十夜は最後まで水族館を楽しんだ。


________



それからも、僕達二人は色んな場所に遊びに行ったりした。


動物園、映画館、服屋さん、行く場所はその時によってさまざまだった。


学校でも一緒にいることが増えたり、放課後にちょっと遊びに行ったり、友達として仲がだいぶ深まったと思う。


…のはいいんだけど、僕は十夜のことで頭を悩ませていた。


「十夜って、僕のことどう思ってるんだろう。」


どうやら、僕は十夜のことが好きになってしまったみたいだ。


笑顔が眩しくて、かっこよくて、僕にもすごく優しく接してくれて。


とても、キラキラ輝いて見えてしまう。


でも、僕みたいな普通の人間が、十夜に恋なんてしてはいけない。


恋は人間を簡単に変えてしまう。


僕は、好きという気持ちに対して臆病になってしまった。


前みたいに裏切られたらどうしよう、気持ち悪いって言われたらどうしよう。


こんなことを思うのは烏滸がましいけど、怖い。


どうしても。


十夜は裏切らないとわかってるけど、僕のことを振っても友達でいてくれると信じたいけど、それでも不安が取り除けない。


こんな思いを抱いておいて、裏切るだとか考えてしまっている自分が嫌だ。


そんな考えは簡単に拭えず、十夜に会うたびに罪悪感を持ってしまうようになってしまい、僕は耐えられなくなって距離をとることにした。


十夜が話しかけてくれても、目を見て話せない。


用事があると言って逃げたりして、なるべく会わないように努力して。


十夜を遠くから見つけたら、踵を返して違う方向へ向かった。


でも、逃げてばかりではダメだった。


逃げ続けて暫く経った頃、学校からの帰り道で十夜とばったり鉢合わせしてしまったのだ。


十夜が悲しそうに笑って僕を見つめる。


「なんで避けるの?」


と、開口一番に聞いてきた。


何で、そんな表情をしているの?


「いや、最近寒いからさ……っ!ほら僕って寒がりじゃん!?」


「嘘つくの絶望的に下手くそすぎでしょ……。俺、葵になんかした……?」


「してないよ……。」


「じゃあなんで避けるんだよ。」


「……っ!それは……。」


十夜が好きだから。


そんな言葉は都合よく出てこない。


「……もう俺のこと嫌いになった?」


十夜は綺麗な顔を歪めて、まるで今にも泣き出しそうな表情で問いかける。


ちがう、違う、そんな訳がない。


嫌いになんてなれる訳が無い。


目を伏せて、眉を八の字にして、自嘲するように笑って、僕の返答を待つ十夜。


そんな顔をされたら、また罪悪感が募る。


「そ…そんなわけ、ない…!」


「じゃあなんで避けてるんだよ。」


「それは……。」


言えない。


醜くて汚い僕の感情を、言えるわけが…


「言ってよ……。」


十夜は僕の腕を、痛くないように優しく掴んできた。


掴まれた手がじんわりと温まっていくのを感じると同時に、体温が上昇していくのを感じる。


十夜は不安そうに僕を見つめる。


そんな目で見ないでほしい。


そんな目で見られたら…


もう、隠し通せないじゃないか。


「十夜のことっ!好きになっちゃったからだよ!!」


僕はヤケクソになって、思いっきりそう叫んだ。


言ってしまった。


もう、これで友達としても終わり、なのかな。


もう会うことすら無くなってしまうのかな。


十夜は驚いた表情をしていたが、すぐに顔を綻ばせた。


次に聞こえてきたのは、とても嬉しそうな、大好きな十夜の声だった。


「なぁんだ、そうだったんだ。そっか。」


十夜は僕の頭を、割れ物に触れるかのようにそっと撫でた。


「じゃあ、俺たち両想いだ。」


「え……?」


「俺も葵のこと好き。」


「え、嘘……。」


そんなわけない、だって十夜は僕と違って人気者で、太陽と月のように巡り合うことはあるはずが無くて…


「本当だよ?でも、葵は俺のこと嫌いになったのかと思った。」


「そんなことない!ただ怖かったんだ……。」


「怖い?」


そう、怖かったんだ。


「想いを伝えたら、十夜が僕を気持ち悪いって…見捨てて離れて行っちゃうんじゃないかって思って……」


十夜に、嫌われるんじゃないかって。


「そんなこと考えちゃうの、前の彼氏のせい?」


僕は言葉が出てこなくて、黙り込んでしまった。


しかし、十夜は笑顔を崩さなかった。


「なら、俺が忘れさせてあげないとね。」


「えっ、ちょ、十夜!?」


十夜は僕を抱きしめる。


あぁ。


あたたかくて、心地よい。


僕が求めていた温もりが、触れている部分からじんわり広がっている。


「葵、好きだよ。」


「…僕も、十夜のこと好き。」


「絶対、離してやらないから。」


「十夜…」


十夜は、いつの間にか溢れていた僕の涙を拭って、困ったように微笑んだ。


「もう泣かないの。ほら、笑って?」


「うん!」


「…可愛い。」


「うん……うん…!?」


可愛い、って言われて僕の顔は一瞬で熱くなる。


そんな僕を見て、何を思ったのか十夜はこんな提案をしてきた。


「ねぇ、早速すぎるのはわかってるけどさ、キスしてもいい?」 


「えっ、えっ!?ここ外だよ!?」


外で…き、キスだなんて!


僕は恥ずかしさが頂点まで達して、慌てて十夜の腕の中から離れようとする。


しかし、十夜の腕の力が強まってしまい、抜け出すことができなかった。


抜け出すことを諦めて、顔を隠すように十夜の胸に頭を押し付けた。


上から十夜が話しかけてくる。


「だって、ずっと我慢してきたんだもん。」


「ずっと、って……?」


「…結構前から葵のこと好きだったからさ。」


流石に嘘だと思って、僕は顔を上げて十夜の顔を見た。


十夜は頬や耳を赤くしていて、硝子みたいに綺麗な瞳には確かに熱が宿っているように感じる。


「だって、そんな素振り……」


「そりゃ、友達として接するように頑張ってたし。」


どうやら、僕は十夜にかなり我慢させてしまっていたらしい。


申し訳ないという気持ちと、やっぱり好きだという気持ちが混ざりあって、僕は一つの結論にたどり着いた。


……外だけど、少しの間だけならいいよね。


「……キス、してもいいよ。というか、しよう…!」


「………え、いいの?」


「だって、ずっと我慢してたんでしょ?それに、僕十夜のこと、す、好きだし…」


「なにそれ可愛い……。じゃあ、するね。」


十夜のあたたかい腕の中。


僕は少し背伸びをして、十夜は少し屈んで。


僕達の顔が、近づいて。


唇と唇が合わさり、触れるだけの甘くて優しいキスをした。


「……ありがとう。俺、葵のこと絶対離さないから。」


「うん、離さないで……。」


そう言って十夜は笑ったあと、また僕にキスをする。


今度はさっきよりも長いキスを。


〜後日談〜


晴れて付き合った僕と十夜。


僕達は付き合い始めてから5回目のデートで、初めて二人で行った水族館に来ていた。


「やっぱり、ウーパールーパー可愛い!」


僕は、またしてもウーパールーパーに夢中になってしまった。


痺れを切らした十夜が、怒ったような口調で僕に話しかけてくる。


「ねぇ、そろそろ俺も見てよ。」


「あっ、ごめん…」


前もこうやって夢中になって、十夜を困らせてしまったのに。


僕は学習できないダメなヤツだ…。


「はは、そんなところも好きなんだけど。」


「う……十夜〜…!」


「あ、ウーパールーパーがこっち見てる。」


「えっ!?あ…」


「っはは!ホント可愛い!」


「も、もう!からかわないでよ!」


僕はウーパールーパーの方を向いて、熱くなる頬に気づかないフリをする。


ウーパールーパーは心なしか、僕達を見守るように微笑んでいるように見えた。


それから、あの海の見えるレストランで、イルカのパフェを食べたり、十夜にパフェを…あ、あーんしたり…。


イルカのショーを見たり、お土産屋さんでぬいぐるみを買ったりした。


楽しい時間が過ぎるのは一瞬で、夕方になり帰る時間が来てしまった。


「じゃ、またね。」


「あっ……あの…!」


僕は、まだ一緒にいたい。


十夜と一緒にいたい。


でも、一緒にいたいとは簡単に言えない。


言葉が出てこない。


「どうしたの?」


僕の全身が熱い。


まるでメラメラと燃えているみたい。


僕は意を決して、たどたどしく上擦った声で十夜に話しかけた。


「その、今日……親が朝に帰ってくるから居なくて……僕の家に来ない…かな……」


十夜をチラリと見ると、顔が真っ赤になっていて、僕もつられて真っ赤になっていると思えるくらい、顔や首元がとても熱い。


「あ〜〜……いいの?」


「う、うんっ。」


「じゃあ……お言葉に甘えて。」


僕と十夜は自然に恋人繋ぎになって、手を繋いで一緒に僕の家へと向かった。


________



家の中はやっぱり誰もいない。


だから、二人きりだということを余計に意識してしまう。


「よ、ようこそ…!」


「お邪魔します。」


「僕の部屋はこっちだよ…!」


「うん。」


僕は十夜を自分の部屋に案内する。


そして、十夜とベッドサイドに座った。


お互い無言になって、緊張が伝わってくる。


でも、どうしても聞きたいことがあって、僕は沈黙を破った。


「ね、最初に水族館に行った時のこと、覚えてる?」


「ん?覚えてるよ。」


「十夜はさ、僕の質問にひみつって言ったでしょ?今なら聞かせてもらえないかなー…なんて。」


僕は床から十夜の方に視線を向ける。


十夜は僕の手を握って、ゆっくり話し始めた。


「…最初は、笑顔が可愛いなって思った。気づいたら目で追ってる位に葵のことが気になってた。でも、恋人がいるって知ってから、俺は見守るだけしかできないって思い知らされた。」


「何で?話しかけてくれてもよかったのに。」


「それは…葵の恋人に向ける笑顔が、俺には向かないんだって思ったら、ちょっと弱気になって…」


十夜って意外と、奥手な方だったんだ。


僕がふふ、と笑うのを見て、十夜は恥ずかしそうに目を逸らした。


「でも、偶然靴箱の前で泣いてる葵を見つけてさ、それが恋人のせいだって知った時、正直嬉しかった。泣かせたのは許せないけど。あの時ひみつ、って言ったのは、関係を壊したくなかったから。まぁ、葵と一緒で好きって言うのが怖かったんだと思う。」


そっか、十夜も僕と一緒だったんだ。


「友達のままでいいから傍にいたくて、必死に気持ちを押さえつけてた。でも、葵に中々会えなくなって、避けられてるって気づいてからはもう我慢できなかった。」


「その節はどうもすみませんでした…」


「いいよ、結果こうして恋人になれたんだからさ。」


「…話してくれて、ありがとう。なんだか、十夜のこともっと好きになっちゃった。」


すると、十夜は僕の首元に顔を寄せた。


そして、僕の首にキスを一つ。


それがなんだかくすぐったくて、もどかしくて、僕は思わず身を捩った。


「んっ……と、十夜……?」


「…ね、怖くない?俺、葵の嫌がることはしたくないからさ。」


あ、これは。


つまり、そういうこと、だよね。


でも、大丈夫。


だって。


「怖くないよ……だって十夜だもん……。」


十夜は普段と違う、どこか色気のある顔をしていて、僕は息を呑んだ。


「……ありがとう。」


十夜は僕をベッドに優しく押し倒す。


「十夜、好きだよ。」


「ん、俺も葵のこと好き。」


僕達はキスをして、額を合わせて笑い合った。


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