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約束通り、商店街のカフェで沙耶さんと会って、コーヒーを二杯頼み、最近の話を少しした。
彼女はかなり忙しそうだった。こうして時間を取ってもらったのは、こちらの無神経さゆえかもしれない。彼女は楽しそうに見えたが、それでもこの幼稚な振る舞いが彼女の仕事の邪魔になっていないことを願うばかりだ。
結局、実際に過ごしたのは三十分ほどで、すぐに別れた。
その足で、カフェの斜向かいにあるリサイクルショップへ向かい、予想通り、新しい本を探しに入った。
店主は私を覚えていて、軽く声をかけてきた。私は曖昧に返事をして、店内を物色した。
前回来たあとで、店主はどこからか二つの本棚を仕入れてきたらしく、それぞれまったく違う雰囲気の棚なのに、不思議と店の空気にしっくり馴染んでいた。まったく違和感がなかった。
店主によれば、今後は古本の取り扱いも増やすつもりだという。
確かに中古品には違いないが、こういった場所で本を探す人がどれだけいるのかは、正直よく分からない。
最近、外出することが明らかに増えた。
より正確に言えば、社会との接点を取り戻している。
新しい仕事も、間違いなく創作の一種だ。いくら否定しても、事実は変わらない。創作は、私の全身の細胞を躍らせる。
私はこの卑しく下劣な自分を何度も何度も軽蔑しながら、それでも本能に従い、全力で書き続けてしまう。
もう筆を折ったはずなのに、どうしてこんなことになっているのか。
厄介なのは、この状況に対して、私は苦痛どころかむしろ喜びを感じていることだ。
この満たされやすい衝動は、まるで毒のように快楽をもたらしながら、じわじわと心を蝕んでいく。
当初は禁断症状のようなものだと思っていた。すぐに消えると。
しかし、そこから得られる低俗な快感は止まることを知らず、気がつけば完全に沈み込んでいた。
ある晴れた午後、公園で水野さんと偶然再会した。
彼女にはいつも世話になっているが、私が外に出ることは少ないので、こうして会うのは本当に偶然だった。
あの日は休みだった。日にちの感覚がどんどん曖昧になっているが、教員である彼女が昼間にこうして散歩しているということは、やはり休日に違いない。
私たちは、アパートの近くにある桜並木の川沿いの公園を一緒に歩いた。
「水野先生、最近はどうですか?」
「ふふ、やっぱりその呼び方は照れますね……」
彼女はそう言って少しうつむいた。
「学校の仕事には、だいぶ慣れてきました」
「すごいですね。水野さんは何の教科を教えてるんですか?」
「国語です。細かく言うと、古典ですね」
「へえ、そうなんだ」
そのまま、しばらく黙って歩いた。やがて川辺に出た。
背後には満開の桜が並び、風に舞う花びらが空を埋め尽くしていた。
一片の花びらが私の目の前をひらひらと舞い、私は手を伸ばしてそれを受け止めた。
「本当に、生命力の強い花ですね」
「生命力……強い、ですか」
水野さんの声に振り返ると、彼女はどこか虚ろな目をしていて、無表情のまま、花びらの舞う景色の中に立っていた。
それがまるで、桜吹雪と一体となったような、儚くも美しい春の一場面のように見えた。
思えば、彼女がこんな表情を見せたのは初めてかもしれない。
しばらくして、彼女は静かに口を開いた。
「池上さん、命の価値って、何だと思いますか?」
突然の問いかけだった。
私は掌に乗った桜の花びらを眺めながら、しばらく考えた。
「命に意味なんてないですよ」
「え……?」
彼女が驚いた顔をしたのが分かった。
だが、私はそのまま話を続けた。手の中の花びらを見つめながら。
「満開の花は確かに美しいけれど、それは生命の終わりを意味している。
花にとって、咲くことが生命の使命なんですかね? 命を燃やして一瞬の美を手に入れるって、なんだか切ないですね。」
「……でも、それは『価値』とは違うのでは?」
「そうですね。命に『意味』はない。でも『価値』 がないとは思いません」
花にとって『咲く』 という行為は、最後の絶唱だ。
それでも逆らうことはできず、自らの残骸を世界に差し出して、潔く散っていく。
美しいものは、常に醜いものと表裏一体だ。
生は尊く、死は卑しい。けれど、死があるからこそ、生が輝くとも言える。
私にとって、花はそういう存在だ。死によって生を描き出す——それもまた、生命力の証明かもしれない。
「なるほどね」
私の話を聞いた水野さんは、ふっと笑った。
「池上さんって、面白い人ですね」
「面白い……人、ですか」
私は感傷をしまい込み、再び歩き出した。
「今日はこのへんにしておきましょう。けっこう歩いたし、少し疲れました」
帰り道、彼女は私の二歩ほど前を歩いていた。
気のせいかもしれないが、さっきよりも彼女の歩調は軽くなっていた気がする。