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失敗作  作者: ykk
第1章:空白の書頁
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4

 僕は夏が嫌いだ。

 この季節は、活気に満ちた人々がそこかしこに熱気をまき散らし、まるで街全体を自分たちの色に染め上げてしまうようだ。もともと高い気温は彼らのせいでさらに上昇し、この空気の中で生活していると、焼かれてしまいそうな気さえする。


 名前の分からない虫たちも、その不快さに拍車をかける。夜になってようやく少し涼しくなったと思った矢先に、無数の虫の鳴き声が耳に付き、シェイクスピアが描いたような夏の夜の美しさを見事にぶち壊してくれる。


 首にかけたタオルで汗を拭いながら、僕はキーボードを叩いていた。

 長髪は本当に邪魔だ。視界を遮るだけでなく、蒸し暑くてたまらない。数行書くたびに前髪をかき上げる必要があるし、大量の汗で髪が頭皮にべったりと張り付いて、とても不快だ。


 ラジオ番組が始まってからは、ほぼ毎日、収録に通っていた。

 生放送なのか、事前に録音して編集しているのかはわからない。ただ、台本のようなものが渡され、それに感情を込めて読むだけでよかった。


 今まで、こういう雑談系の番組はパーソナリティがアドリブで進めるものだと思っていたが、すべてが最初から作り込まれていることに少し驚いた。もっとも、他の局がどうかは知らないし、断言もできない。


 番組にはリスナーからの電話コーナーもあるので、そういう意味では生放送なのかもしれない。まあ、あれすら台本通りだったとしても、僕はもう驚かないけど。


 なんとか手に入れた収入で、まず僕は食生活を改善することにした。

 以前のように、安いインスタント食品ばかり食べる必要はなくなり、栄養を考えて必要な食材を選んだり、外食することさえ許せるようになった。


 それでも、エアコンのような贅沢品はなかなか使えない。

 部屋の中はほぼサウナ状態だが、水に濡らした冷たいタオルを首に巻いて、なんとか凌いでいた。


 このままでは身体がもたないだろう。貯金ができる前に倒れてしまう。

 少し余裕ができた頃、僕は中古の扇風機を探すことに決めた。もう、頭を悩ませてどうにもならない小説を書かなくてもいい今、僕の時間はかつてないほど自由だった。


 やっと、書かなくていいのか。

 大きく息を吐き出しながら、僕はそんなことを思った。それは解放なのだろうか?

 心の奥には、妙なざらついた違和感が残っていたが、そのときの僕はそれら全てを忘れてしまいたかった。言葉に疲れ切った身体と心を癒やすには、何も考えないことが一番だった。


 翌日の朝、地図アプリで調べておいた場所を目指して、市内のリサイクルショップに足を運んだ。

 その店はアパートからやや離れていたが、迷うような場所ではなかった。川沿いの道を真っ直ぐ歩いていき、駅前の商店街の角にある、目立ちはしないが見つけやすい位置だった。


 駅近くの商店街は人通りが多い割に、足を止める人は少ない。

 今どきの若者たちは、中古品の店をあまり好まなくなったようだ。学生の頃、リサイクル品が人気だったのを思い出し、少し感傷的になる。今では、実用性よりも文化的な価値が重視される、“オシャレ『 な存在になってしまったらしい。


 ドアを押して中に入ると、店内にはどこか甘い花の香りが漂い、エアコンの冷気が顔に心地よく当たる。久々に感じる涼しさだった。

 まるで本屋のような空気感だ。


 店内には客の姿はなく、店長らしき男性がカウンターの中で小さな鏡をいじっていた。僕に気づくと、軽く微笑みかけてきた。僕も軽く会釈し、商品を眺めながら必要なものを探し始めた。


「何かお探しですか?」

 店長がカウンターから出て、こちらに歩み寄ってきた。


 まだ若そうな見た目で、整えられた短髪が清潔感を与えていたが、落ち着いた口調と歩調には、年齢以上の落ち着きが感じられた。不思議と親しみやすい雰囲気だった。


「中古の家電製品を探していまして。」

「こちらへどうぞ。」


 店長は店内奥の倉庫のような部屋へ案内してくれた。

 外に並んでいるのは小物が中心で、僕が探している扇風機は中に置かれているようだ。中にはさまざまな時代のテレビや電気ストーブまであり、その品揃えには圧倒された。


 僕は小型のボックスファンを一つ手に取り、カウンターへと向かった。

 一人暮らしにはちょうどいいサイズで、四角いフォルムもコンパクト。軽量なので移動も簡単だ。


「いいものですね。」

「ええ、そうですね。」


 会計を済ませて、店長が梱包してくれるのを待つ間、僕は店内を見回していた。そして、ある箱が目に留まった。


「その本たちは……?」

 箱を指差して店長に尋ねる。


「ああ、それはですね。本屋をやってる友人が処分に困って持ってきたんです。売れなかったものばかりで、僕に処分を頼まれたんですよ。」

「中を見てもいいですか?」

「どうぞ、自由に見てください。」


 僕はその箱の前にしゃがみこみ、じっくりと中をあさり始めた。

 売れ残った本には、それなりの理由がある。けれど、それが即ち無価値というわけではない。タイトルからしてつまらなそうな本もあるが、時折「おっ」と思えるような作品が混じっている。この感覚はまるで、瓦礫の中から宝物を探すようなもので、ほとんどが泥だと分かっていても、見つかるかもしれない『何か』 を期待してしまう。


「興味あります? ふむ……気に入ったのがあれば、二冊で五百円でいいですよ。」

「えっ、いいんですか?」

「売れないままここに置いてあっても仕方ありませんから。」


 店長の提案に、僕の購買意欲が大いに刺激された。

 僕は確かに読書が好きだ。でなければ、物書きなんてやっていない。財布は寂しかったが、本のために食費を削るくらい、できない話ではない。二冊だけなら、せいぜい食事二回分くらいだ。


 よく考えた末、僕は慎重に二冊の小説を選び取った。どちらも文庫サイズで、ポケットに入れて持ち歩ける。外出時にも読みやすそうだ。


「この二冊、お願いします。」

 僕はその二冊を店長に渡し、購入した扇風機の段ボールに一緒に入れてもらうよう頼んだ。

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