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風の子と魔法の旅路 ~風のことばを探して~  作者: ましろゆきな
第二章、さすらいの風

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第八話、名乗らぬ男、名乗らぬ風

そうの魔法が暴走し、はじめての「恐怖」を味わった前回。


今回は、その後に現れた一人の謎めいた男との会話が描かれます。


名乗らず、ふらりと現れ、軽口を叩きながらもどこか核心を突く。


彼の言葉と気配は、奏の旅に新たな風を吹き込みます。

 森に、ようやく静けさが戻った。

 木々のざわめきも止み、土の匂いが深く息を吸わせる。


 そうは、地面に座り込んだまま呆然と目の前の光景を見ていた。

 さっきまで渦を巻いていた風が、嘘のように消えていた。

 その中心に立つのは、見たことのない男だった。


 色素の薄い髪を軽く束ね、首元に巻かれたストールが風をはらむように揺れている。

 長身で洒脱な服装、そしてどこか芝居がかった笑みを浮かべて、彼は言った。


 「いやはや、初対面で命の恩人とは……どうにも芝居がかってる気がするね。僕もずいぶん優しくなったものだ」


 そうは戸惑いのまま、思わず問いかけた。――彼が助けてくれたの、か? それとも。


 「……あなた、誰ですか?」


 「ん? 誰かって? ……そうだな、“風の通りすがり”ってとこかな」


 「え? 名前は?」


 「どうせ通りがかっただけなんだ。名乗ったって、すぐ忘れるさ。だったら好きに呼んでくれて構わない。“妙なやつ”でも、“変なお兄さん”でも」


 その軽い調子ではぐらかされて、そうは、なんだか腹が立ってきた。


 「助けてくれたんですよね? そのことは感謝します。でも、からかわないでください……!」


 「からかってる、って? そんなことはしていないさ。これはいたって真面目な話だよ」


 そこまで言うと言葉を区切って、にやりと笑う。


 「君みたいな、生真面目で融通の利かない子ってさ、ついからかいたくなるんだよね。不思議なことに」


 ――ほら、やっぱりからかってるんじゃないか!

 そうが反論するために立ち上がろうとしてふらつくと、男は自然な動作で支えた。


 「ほらほら、まだ風に遊ばれた余韻が残ってる。無理しないことだ」


 「……あれは……私が、失敗したから」


 「うん、見事にね。でも、驚いたよ。あれほど派手に暴走させるなんて、大したもんだ」


 そうはうつむいた。

 ほめ言葉ではないのはわかっていたが、どこか本気で責めているようでもなかった。


 「風ってのはね、呼べば来るもんじゃない。近くにいてくれることはあるけど、それは友達みたいなもので。都合のいい時だけ呼び出したって、怒るだけさ」


 「……でも、本気で助けたかったんです」


 「そう。その気持ちに嘘はないだろうさ。ただどんな立派な思いでも、それだけじゃ風は動かない。君の声がどれだけ真剣でも、それが風に届いてなきゃ意味がないんだ」


 「届いていなかった……?」


 「風は感じるんだよ。君が何を願って、何を恐れているか。君自身がちゃんと向き合っていないと、風は“何をすればいいか”分からなくなる」


 どこか子供に言い含めるような優しさを含んだ言葉だったのが、余計に胸に刺さった。

 夢で出会った風の精霊の言葉がよみがえる。


 「……あなたは、魔法使いじゃないんですよね?」

 直感的にそう感じていた。風を散らしたのは彼だったが、彼は魔法を使う存在じゃない。


 「そう。僕は風の使い手じゃない。でも、長く見てきたんだ。魔法を使う者たちが、風と付き合っていく様をね」


 「じゃあ、なんで……どうして、そんなに詳しいんですか?」


 「旅の副産物、ってとこかな。昔から変な縁ばかり拾う性分でね」


 男は、奏を地面に座らせる。そして、自分もその傍らに腰かけ、にやりと笑ってみせた。


 「君みたいな子を見てると、思い出すんだ。……ああ、そういえば、君みたいな風の子を放っておけない“変わり者”がいたなって」


 「変わり者……?」


 唐突な話を始める男の言葉にそうは目を丸くする。目の前の彼は一体、どこまで知っていて、こんな話を始めるんだろう。


 「そうそう。風の魔法を扱う魔法使い。少し風変わりで、誰かれ構わず弟子に取るような性分じゃないけど、たまに“どうしようもない風の子”に手を貸すんだ」


 そうは息を呑んだ。


 「……その人には、どこに行けば会えるんでしょうか?」


 「さぁてね。決まったところに住んでるわけじゃないんだ。そもそも旅ってのは出会うためのものだし、別れるためのものでもあったりする。まぁ、君がちゃんと歩き続ければ、会えるかもしれないさ」


 「……!」


 何とも無責任な話の締めくくりである。怒ってもいいところだったが、胸の奥で、なにかが灯った気がした。

 自分はまだ何者でもない。けれど、誰かがこの世界のどこかにいて、自分のような存在を受け入れてくれるかもしれない——

 そんな想いが芽生えただけでもなんて心強いことだろう!


 「でも、忘れないこと。どんな人に会っても、答えは君の中にしかない。魔法も、風も、感情も、全部自分のものだってこと」


 男はそう言い、くるりと背を向けた。


 「え……待って!」


 そうが叫ぶ。


 「せめて……名前だけでも!」


 男は振り返らず、肩越しに手をひらひらと振った。そんなものは不要だと言わんばかりに。


 「名前が必要だって言うなら、風に頼ってみな。……気まぐれな彼らが、機嫌を損ねていなければね」


 そう言い残して、現れた時と同じに風のように去っていった。


 そうは、風の残り香の中に立ち尽くしていた。

 でも、その胸の奥では、さっきまでとは違う風が、確かに吹いていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


今回登場した「名乗らぬ男」は、奏そうにとって大きな転機となる存在です。


彼の言葉の真意は、すぐにはわからないかもしれません。

けれど、その風のような自由さと、どこか温かい眼差しが、

奏の旅に少しずつ“方向”を与えていくことになるでしょう。


次回は、風と真正面から向き合う場面が描かれる予定です。

どうぞお楽しみに!


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