第六話、風の夢
※奏が旅に出たその夜、不思議な夢を見ます。
それは、風と心を交わすような、言葉では説明しきれない感覚の世界。
今回は、風との“初めての対話”が描かれます。
自分の中の揺らぎに向き合う、静かで大切な一章です。
風の民の子との、不思議な出会いがあった夜。
奏は焚き火のそばで眠りについた。
星々がまたたく空の下、小さな火はぱちぱちと音を立て、風はそっと揺れていた。
目を閉じると、すぐに夢が訪れた。
そこは、森でもなく、村でもなく——風そのものが広がる場所だった。
どこまでも白く、どこまでも軽やかで、音のない空間。
肌を撫でるものもなく、体の重さも感じない。ただ、やわらかな風が吹いていた。
——ここは、夢?
自分の足元を見ても、姿はない。
それでも“在る”という感覚があった。
そのとき、声がした。
『ようやく来たね。風の選びし者』
声は頭の中に響いた。
低くも高くもなく、男とも女ともつかない響き。言葉の形をとっているのに、耳ではなく心で理解した。
「あなたは……誰?」
『名を問うのは、人のやり方。わたしは風。そなたがずっと感じてきた、風の“心”だ』
その言葉に、奏は少し息をのんだ。
「じゃあ、私が……あなたを感じていたのは……」
『ずっと前から、そなたの声は届いていた。
けれど、そなたが“耳を澄ませる”まで、我は言葉を持たなかった』
どこからともなく、優しい風が肩にまとわりつく。
それは懐かしさのようでもあり、何かを思い出させるものだった。
『風の力とは、自然のうねり。感情の波。
おのれを偽らず、受け入れ、揺らぎを恐れぬ者が、それを扱うことができる』
奏は、思わず問いかけた。
「でも……私、怖いよ。これが魔法だとして、ちゃんとできるか、わからないんだ」
風はしばらく沈黙し、やがてこう返した。
『風は、かたちを持たぬ。持たぬがゆえに、何にでもなれるのじゃ。
そなたもまた、定まらぬからこそ、風と共にある』
その言葉は、どこか慰めのようで、挑戦のようでもあった。
『試されるときが来る。恐れを抱いたままでも構わぬ。
ただ、風の声に耳を澄ませよ。そなたは、ひとりではない』
視界が滲む。
気がつけば風は空を駆け、草原を渡り、雲を追いかけていた。
どこまでもどこまでも、世界とともにあった。
目が覚めると、焚き火はまだ赤く、空はほんのり明るみ始めていた。
夜明け前の、静かな空気が森を包んでいる。
「夢……だった、のか」
でも、胸の中には確かに何かが残っていた。
風の言葉。風のぬくもり。そして、自分の中の“揺らぎ”を肯定された感覚。
奏は立ち上がり、風に向かって手を伸ばしてみた。
「ありがとう」
風が、そっと頬を撫でた。
それは、たしかに夢の中と同じ——風だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
夢の中で風と出会うことで、奏そうは少しずつ、自分の力と向き合い始めます。
もし物語の中に、風のぬくもりや囁きを感じていただけたなら嬉しいです。
次回は、風の魔法に挑む初めての試練と、新しい出会いが待っています。
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これからもどうぞよろしくお願いいたします!