第五十六話、最終層《風の頂》
風の塔の頂は、空と風だけが支配する場所だった。そこには、物質的な建造物の気配はほとんどなく、ただ風に浮かぶ足場と、揺らめく光の柱が天へと伸びていた。奏とセレスティナ、アルヴは、塔の最終試練に臨むため、静かにその場所に立っていた。
彼らの前に現れたのは、これまでの層で出会った者たちの「声」と「記憶」だった。リウの慈しみ、リアガンの言葉、シフの想い。過去に交わした対話が、風の中で呼応し、奏の胸を満たしていく。
「お前が選び続けた道、それが風の言葉となってこの地に届いたのだ」
そう語るのは、風の塔の最奥を守る存在、《風の番》と呼ばれる精霊だった。風の精霊でありながら、かつて人間の姿を取ったこともあるというその者は、悠久の時を超えて風の導きを見守っていた。
最終試練は「誰が風の意思を継ぐにふさわしいか」の判断ではなかった。むしろ逆だった。
「この地で学び得た言葉と魔法、心のすべてを以って、風に問え」
それが試練だった。
奏は、自分の歩んだ旅と仲間たちとの時間を思い返す。
言葉で交わし、魔法で触れ、選び、諦め、向き合ってきたそのすべて。
その中で得たものが、たしかに自分自身の「風の魔法」の核になっていると、いまならわかる。
彼はそっと目を閉じた。風が彼の周りを舞い、かつての「風の精霊の子」の姿を模した光が揺れる。
「風よ、わたしは……」
「わたし自身の言葉で、この世界に魔法を響かせたい」
その声は、静かに風に溶け込んでいった。
やがて、風が大きく旋回し、空そのものが開いたかのような光の道が生まれた。
選ばれるのではなく、歩む者として
「ふさわしい者を選ぶのではない。風は、歩む者の背を押すだけだ」
精霊はそう言い、奏に一つの魔石を手渡す。
それは彼の魔法と共鳴し、風と記憶を刻む媒体となる。
セレスティナとアルヴもまた、それぞれの光の柱に向かって歩き出す。
三人はもう、ただの学舎の生徒ではない。
それぞれがそれぞれの道で、「魔法と言葉」の可能性を担う旅人となっていた。
風の塔の光が、ゆっくりと空へと昇っていく。
帰路に着く三人。塔から見下ろす世界は、かつて見上げた空と地平が反転したように、広がっていた。
「これから、どうするの?」
セレスティナの問いに、奏はふと微笑む。
「風の行く先へ、もう一度旅に出るよ。たぶん、まだ答えのすべてには辿り着いていないから」
「まったく、お前ってやつは……」と呆れるアルヴも、どこか楽しげに笑う。
そして遠くの空から、一陣の風がやってくる。
それはどこか、懐かしい誰かの気配を伴っていた。
あの流浪人かもしれない。あるいは、お師匠の気まぐれな導きかもしれない。
風はまだ、止むことなく吹いている。
そして、奏もまた——風のことばとともに、歩み続ける。




