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風の子と魔法の旅路 ~風のことばを探して~  作者: ましろゆきな
第七章、風の塔

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第五十五話、第九層《風の源泉》――群れゆく風、還る声

 風の流れが、塔の最奥で螺旋を描いていた。

 一歩踏み込めば、風がまるで生き物のように身を包み、(そう)を歓迎してくるのがわかる。ここは、「風の源泉」。風の魔法が生まれ、世界を巡るすべての風が、一瞬でもここを通り過ぎてゆくという場所。


 空間は限りなく広く、限りなく透明だった。見渡せば、無数の風の精たちが群れ、囁き、遊び、祈るように飛び交っている。どれも見知った風ではない。だが、どこか懐かしい。


 風たちは、(そう)に語りかけてきた。


「ようやく来たね。風の子よ。」

「君の言葉、わたしたちはずっと聞いていたよ。」

「でも……聞きたいのは君自身の声だ。」


 (そう)は、塔の試練を通して出会ってきた人々の姿を思い出す。

 リウの真っ直ぐな瞳。シフの柔らかな祈り。リアガンの確かな言葉。

 そして、風の言葉を持たないアルヴ。形式の殻を破りつつあるセレスティナ。


 それらは皆、自分という存在の鏡だった。

 誰かの言葉ではなく、自らの言葉で、風と、そして世界と向き合ってきた。

 ——今、ここに立つのは、弟子でも旅人でもない。

 ひとりの魔法使いとしての「自分」。


 風が静まり、中心にひとつの「風の核」が現れる。

 それは透明な結晶で、(そう)の胸の奥と共鳴していた。


「わたしは(そう)。風を読み、風と語る者。

 わたしは……わたしの言葉で、この世界を愛したい。

 誰かに教えられたものではない、わたし自身の声で。」


 その瞬間、風たちは歓喜のように舞い上がった。

 塔全体が震えるような共鳴が広がり、風の核が光を放ち、ふわりと宙に浮かぶ。


 風が——ひとつになる。


 (そう)の身体が、光の風に包まれていく。

 風の言葉が、魔法として、力として、そして祝福として身体に染みわたる。


「選ばれし者よ。風の塔は、君の名を刻もう。」

「新たなる風の時代、その導き手として。」


 光が収まり、(そう)はゆっくりと目を開けた。

 風の源泉の核は、静かに彼の胸元へと降りてくる。触れた瞬間、結晶は小さな風紋となり、消えた。


 その手のひらには何も残っていなかったが——確かに、心の内に「風の名」が刻まれていた。


 塔の最奥、最後の試練を終え、(そう)はひとり、風とともに立っていた。


 背後には、見守っていた精たちが微笑み、前方には出口へと続く螺旋階段が現れる。


 風は告げる。


「ここからが、本当の旅路だよ。」


 (そう)は頷き、歩き出す。


 その足元には、無数の風が寄り添っていた。





 源泉の光が収束し、風の囁きが静かに地を満たす中、(そう)はひとり、風に包まれて立っていた。だが、ふと、その背後に懐かしい気配を感じて振り返る。


「……リアガン?」


 そこに立っていたのは、かつて第一層で出会った狩人。穏やかな笑みとともに、リアガンは軽く手を挙げた。


「よう、風の子。見違えたな。」


「まさか……ここで再会するなんて」


「風が、おまえをここまで導いたんだ。そいつはつまり――」


 続けて現れたのは、リウ。第二層で出会い、幻と記憶の中で大切なことを気づかせてくれた少年の姿は、あの頃と変わらぬままだ。


(そう)。来たね。」


「リウ……!」


 (そう)が駆け寄ろうとすると、ふわりと風が彼らの間を流れ、姿が淡く揺れる。


「これは……残響?」


「そうだね。僕たちはもう現世にはいないけれど、風が君をここまで導いたとき、少しだけ姿を借りて、声を届けてくれたんだ。」


 最後に姿を現したのは、シフ。第三層でともに孤独を越えた、あの不思議な異邦の旅人。手にはあいかわらず、壊れかけの杖を持っている。


「ひとりで来たのかと思ったが、風は仲間を連れてくるものだな。」


 (そう)は胸がいっぱいになって、何も言えなかった。ただ、小さくうなずいた。


 シフは近づいてきて、(そう)の額にそっと手を当てた。


「風はよく、育った。」


 リウが続ける。


「君は、もう迷わなくなった。自分の言葉で、風と話せるようになったね。」


 リアガンがうなずく。


「おまえの旅はここで一区切りかもしれない。でも、風は止まらない。おまえがまた歩き出せば、風はきっとついてくる。」


 (そう)は、三人の姿を順に見た。懐かしさに胸が熱くなる。それでも、今の自分は、彼らと出会った頃の自分とは違うのだと、はっきりわかる。


「ありがとう。……みんなの言葉が、今の僕を作ってくれた。」


 風がやさしく吹き抜けた。三人の姿は、少しずつ薄れていく。


「さよならじゃない。また風が吹けば、どこかで会えるさ。」


「うん。また、風の道で。」


 三人の姿が風に溶けて消えると、源泉の中心から、ひとつの風の核が現れた。柔らかな光をたたえたそれは、(そう)の前にふわりと浮かぶ。


 風は、受け継がれた。選ばれたのではなく、共に歩み、語り合い、信じられた末に――。


 (そう)は、その光を手に取った。


 風は、これからも吹く。どこまでも、遠くまで。


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