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風の子と魔法の旅路 ~風のことばを探して~  作者: ましろゆきな
第六章、忘れられた契約の庭

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第四十五話、風のことばと呼ばれるもの

 白い霧がすべてを包んでいた祭殿の扉が、音もなく開いた。


 外には、陽光が差し込んでいた。先ほどまでどこか夢の中のようだった白の空間は消え、青く高い空と、なだらかな草原が目の前に広がっている。


「……戻ってきた、のか」


 (そう)が口に出すと、それを確認するように風が頬を撫でていった。ふと視線を向けると、祭殿の石段の下には、リアガンとシフ、そしてリウの姿があった。


 シフが、微かに目を細めて口元を緩める。リアガンは両手を広げ、どこか芝居がかった調子で言った。


「ご帰還、おめでとう。我らが風の子よ。生きて出てきたなら、合格ってことかな?」


「そんなに軽く言うことじゃ……」


 リウがリアガンの脇腹を肘で小突いたが、彼は構わず笑いながら階段を登ってきた。


「冗談さ。でもまあ、ほんとうに……よく戻ってきた。よく、自分で帰ってきたね」


 その言葉には、からかいとは違う温かみがあった。


 (そう)は小さく頷く。そして、ふと――自分の胸に手を当てた。


 霧の中で、風に問われた「名」。

 自分が何者かを、どのように名乗るか。

 言葉にするのは難しいが、それでも、確かに見えたものがあった。


「風と、言葉を交わしたんだ」


 (そう)の声に、三人は目を向けた。


「風は、たぶん……問いかけてきた。わたしが、何者なのかって。どうしてこの名で呼ばれているのか、どうしてこの名を名乗るのかって」


「それで、どう答えたんだい?」

 シフが静かに訊いた。


 (そう)は風を感じながら、ひと呼吸置いてから答えた。


「まだ、完全には言葉にできない。でも――その問いに、自分で応えたいって、そう思った。誰かに与えられた名じゃなく、自分が選ぶ名として、呼ばれたいって」


 リアガンが興味深そうに目を細める。


「それはつまり、“名乗る”ってことだね」


 (そう)は頷く。


「うん。名乗るって、勇気が要ることなんだね。だけど……」


 風が、ふと足元から吹き上げてくる。髪と衣を揺らし、背中を押すようにして。


 (そう)は、仲間たちを見つめながら言った。


「わたしは――『風の子 (そう)』。それが、今のわたしの名」


 沈黙がひととき流れた。


 リウが目を瞬かせて、それからふっと微笑む。


「……素敵な名ですね。風も、喜んでいるように思えます」


 シフも軽く頷いた。


「名乗ることは、魔法においても大切な一歩だ。お前は、問いの意味を理解し始めている。風がそれを望んだのだろうな」


「おいおい、ますます立派になっちゃって。あんまり格好つけると、弟子のくせにってからかいづらくなるじゃないか」


 リアガンの言葉に、(そう)はつい笑ってしまった。


 だが、その笑いはもう、以前のような戸惑いを含んだものではなかった。


 自分で名乗った名。

 それを誰かが笑っても、自分の内側で揺らがないものを、ひとつ持てた気がしていた。


 その時、草原の先に風が渦を巻いた。塔の方向から、風の精霊が運ぶ新たな声――「次なる試練」の気配が、彼らのもとへ届こうとしていた。

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