第四十四話、風と歩む者たち ―― 祭殿を出て
祭殿の扉が、静かな風の音と共に開いた。
長い儀式の終わりを告げるように、冷たく澄んだ空気が奏たちを包みこむ。
空はすでに夕暮れの色をまとい始め、天と地の境に、淡い茜と金が滲んでいた。
まるで、この世界そのものが「名を得た者」を祝福しているかのようだった。
奏は、そっと胸に手を当てた。
そこには、確かに風がある。風のことばが、響いている。
――それは、自分自身のことばでもあり、かつての風の民が残した祈りでもある。
「……終わったんだね」
リウが、隣でぽつりと呟いた。
肩に止まっていた鳥の精霊が、ぱたぱたと小さな翼を動かし、微かな風を起こす。
「いや、始まったんだよ」
シフがその言葉を静かに受けた。彼の長い髪が、かすかな風に撫でられて揺れる。
「名を得たということは、風の問いに応える責任を持つということ。これから、どう風と語るかが問われる」
「……詩人みたいなこと言うね、師匠」
「取り換えっ子は、物語に詳しいんだよ」
くす、と奏が笑った。
少し遅れて、リアガンが足を踏み出す。
彼の視線は遠くの山々に向いていたが、表情はどこか満ち足りていた。
「おまえ、変わったな」
「……そう、見える?」
「ああ。風の中にちゃんと立ってる。……前は、ただ押されてるだけだったのにさ」
奏は頷く。
あの日、風に名を問われたとき。応える声を、確かに自分で選んだ。
「名前を呼ぶって、不思議だね」
奏は風の中に目を細める。
「名前を与えられるんじゃなくて、自分で、風に向けて名乗ったんだ。誰かの言葉じゃなくて、自分の言葉で」
リウがにこりと笑い、シフは目を細めて頷いた。
リアガンはただ一言、言った。
「……おかえり」
その言葉に、何かがほどけるように胸が熱くなった。
帰るべき場所はまだない。けれど、風はそこにあった。
――風と共に歩む者。
名を得た魔法使いとしての、ほんとうの旅が、これから始まる。
風が、再び吹いた。
奏の髪を撫で、リウの頬をくすぐり、リアガンのコートを揺らし、シフの耳元で何か囁いた。
「……行こうか」
奏が言うと、仲間たちは頷いた。
四人の影が、夕陽の中、ゆっくりと森の縁へと歩き出す。
風は、やさしくそれを見送っていた。




