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風の子と魔法の旅路 ~風のことばを探して~  作者: ましろゆきな
第六章、忘れられた契約の庭

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第四十三話、風のことばと呼ばれるもの

 ――風の祭殿、深奥。夜の静寂の中、石造りの広間の空気は水のように澄んでいた。


 (そう)の足元に、淡く発光する環状の紋が浮かび上がる。石床に刻まれたその文様は、風の民が古来より継いできた“名を結ぶ儀式”の場であることを示していた。


 リアガンは壁際に立ち、肩にかけた水色のストールを軽くなぞるように整えながら、あいかわらずの軽い調子で言った。


「……それにしても、風に真名を問われるなんてな。まるで童話の中のようじゃないか」


「童話じゃありません。これは本当の儀式です」

 と静かに言葉を挟んだのは、シフだった。長い髪を後ろで束ねた師匠は、褪せた紺の外衣を風に揺らしながら歩み寄り、(そう)の肩へとそっと手を置く。


「君がこの地で“風と交わす名”を見つけられるかどうか。それが、この場所に導かれた本当の理由だ」


 (そう)は黙ってうなずいた。風は、ただ風として吹きすさぶものではない。この土地の風は、古き精霊と同じく、意志を持ち、ことばを交わす存在だという。


 彼――(そう)――が選ばれし者としてここに立つには、風に“自分の真なる名”を開示し、受け入れられねばならなかった。





 広間の中心。(そう)が立つその場に、四方から微かな風が集まり始める。


 壁のない高天井から注ぐ月光が儀式の場を照らす中、地に描かれた風の輪が静かに光を増し、彼の足元に風の精霊たちのささやきが重なり合って届いた。


 ――「名は、何か?」

 ――「何者として在るかを、語れ」

 ――「風と共にあれ」


 ひとつ、またひとつと、異なる声が重なっていく。それは耳で聞くものではない。肌で、心で感じる問いだった。


 (そう)は、目を閉じ、深く息を吐いた。


(わたしの、名。わたしという存在が、風に示せる“真実”……)


 それは単なる音ではなく、記憶や願い、歩んできた道そのものだった。


 村を出たあの日。

 風を読む力に気づいた幼き日々。

 シフとの出会い、魔法との対話。

 仲間と重ねた試練の数々。

 そして、恐れや迷いを越えて、いまこの地に立っている自分――


「わたしは、(そう)。風とともに歩む者。

 ……風のことばに耳を澄まし、世界の理を知りたいと願った者。

 迷い、傷つき、それでも歩き続けてきた。

 ……これが、わたしの名。わたしのことば。これが、わたしだ」


 彼の声に応えるように、周囲の風が一斉に旋回し始める。青白い光が舞い、広間の空気が震える。


 ――受け入れられた。

 ――名は交わされた。

 ――この者は、風と歩む者なり。


 広間に、柔らかな風が満ちた。





 だが――それは、終わりではなかった。


 真名を語った直後、(そう)の前にもうひとつの円環が浮かび上がった。それは、彼の語った“真なる名”の影とも言える闇の輪――


 そこから立ちのぼったのは、“否定”の風だった。


 ――本当に、その名は真か?

 ――お前のことばは、試される。


 風の影が具現化し、(そう)の眼前に立ちはだかる。それは彼自身の姿を模した影。だが、その目は冷たく、何も信じてはいなかった。


「……おまえは、風と語れるつもりでいるのか。おまえはただ、風に守られているだけだったのではないか」


「そんなこと……!」


「“名”とは重い。“名”とは責を伴う。風と結んだその名を、果たしておまえは、全うできるのか――!」


 影は手をかざし、風の刃を生み出す。その刃は、(そう)が語った“決意”そのものを斬り裂こうとする。





「――やらせておけるかよ」


 リアガンが動いた。足元に気配を立てず踏み込み、影の斜め後方から軽やかに入り込むと、外套の内から何かを取り出してそれを地に放つ。


 パチン、と小さな破裂音。霧のような微粒子が拡散し、影の視界を遮った。


「少し冷やしてやれ、(そう)。おまえの名が偽りでないなら、あんな影風に怯むな」


「リアガン……!」


 その声に応じて、(そう)は再び風を手に集める。


「わたしの名は……“風と歩む者”だ!」


 両手を広げ、風の魔法陣を再び展開。舞い上がる風が、影の吹き出す闇風と正面からぶつかり合い、広間は一瞬、嵐の中心となった。


 その風の激流の中、(そう)の声が響く。


「わたしは、風のことばを信じる! たとえその影が、わたしの弱さを映すとしても、わたしの名はもう――“選んだ者”のものだ!」





 風が渦巻き、影の姿がゆっくりと霧のように薄れていく。


 最後に影が残したのは、かすかな囁き。


 ――ならば、その名を生きよ。真に、歩め。


 影が消えると同時に、広間の光が満ちた。


 風が穏やかに吹き、そして――精霊のような微細な存在たちが、(そう)の周囲に浮かび上がる。


 その中心に、かすかに輝く“風の真名”の記号が現れ、彼の胸元へとすうっと吸い込まれるように刻まれていった。

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