表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の子と魔法の旅路 ~風のことばを探して~  作者: ましろゆきな
第六章、忘れられた契約の庭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/57

第四十話、風のことばと呼ばれるもの(前編)

 アラウィンの塔を包む魔力の帳は、朝焼けの光に淡く照らされ、まるで空気そのものがうたうように震えていた。

 塔の中庭に集められたのは、奏、リアガン、リウ、そしてシフ──それぞれが「名」にまつわる真実と覚悟を胸に抱いたまま、次なる問いかけに臨もうとしていた。


 白い衣をまとった塔の使者たちが静かに扉を開く。現れたのは、再びあの記録官。だが、その面差しには前夜のような高圧的な気配はなかった。


「ようこそ、風の契約者たち。今宵、あなたたちに塔の深奥より届いた“本当の問い”を明かしましょう」


 その声は塔に共鳴するように響き、重々しくも透明だった。


「君たちは“風のことば”を探してきたという。では、問おう。“風のことば”とは何だ?」


 一同は沈黙した。思わず目を合わせる者も、視線を伏せる者もいた。その問いは、明確な答えを求めているようでいて、同時に彼らの在り方そのものを量ろうとしていた。


 奏は一歩前に出た。


「……わたしにとっての“風のことば”は、風と交わす対話です。形あるものでも、決まった式でもなく──“名前”の奥にある本質と向き合うこと。わたしが風と出会い、風を知って、自分の名を問い直したように……それは、生き方に重なる“ことば”だと、思います」


 記録官の目が細められる。


「面白い。だが、塔はそれだけでは満足しない。君の仲間の名は偽り、契約に縛られ、その本質に他者の意志が介在している。君はそれをどう思う?」


 リアガンが目を細めた。静かな怒りがこもっている。


「“名”とは本来自由なものだ。だがこの塔は“名”を縛ることで力を保っている。過去の我が家もそうだった。“名”を封じ、縛り、政を守るために人の意志をねじ伏せる──その歪みが、俺をここまで導いたのさ」


「……リアガン」


 奏はそっと彼の名を口にした。今はもう偽られることのない、その名。


 記録官は目を伏せたまま、静かに語った。


「かつて、私も名を失った者だった。記録官という役目を継いだその日、わたしの名は塔の書に編まれ、“記録官”という名が与えられた。個としての我は、この塔の記憶と同化した。私は生きているが、自由にはなれない。君たちを試すのは、かつての私自身を問い直すためでもある」


 沈黙が流れる。


 リウがぽつりと呟く。


「けれど……名は縛られても、響きは風に残る。たとえば、誰かが思い出すたびに、その名のかけらは自由に揺れるんだ。塔に書かれた“名前”だけが、すべてじゃない」


 シフも微笑を浮かべて口を開いた。


「ふふ。大体にして、風は名前を好まない。呼ばれたくないときは姿を消すし、呼ばれたくない“名”では答えないこともある。人間たちがどんなに定義づけようと、精霊はいつも逃げ道を知っているんです」


 奏の胸に、再び風が吹いた気がした。


 風は、形を持たない。けれど、そこに確かに在る。呼びかける声が本物であれば、風は応える。


「……わたしは、自分の“名”を持ち帰ります。誰かに与えられたものではなく、自分が選んだ名。風と、仲間たちと、一緒に築いてきた“ことば”を──わたし自身の魔法として」


 記録官は静かに目を閉じた。そして、笑った。


「ならば、進みなさい。“風のことば”は君の内に在る。塔が望んでいたのは、定義された答えではない。名と対話し、言葉の奥にある本質を見出せる者。……君たちは招かれた者であり、選び取った者だ」


 扉が開かれる。


 塔の奥深く──未だ明かされぬ、新たな魔法理論の実験場へと続く回廊が、奏たちの目の前に現れた。


 風が、吹いた。

 風の通い路に立っていた。

 アラウィンの外れ、苔むした階段を登りきった先に、それはあった。

 地図にも記されぬ古道。その道は、高く低く、山を渡り、谷を潜り、そして人の住まぬ場所へと続いている。


 奏は立ち止まり、振り返った。

 陽光を受けてきらめく水の都の輪郭が、遠くかすんで見える。

 だがその光景に、もう未練はなかった。


 「……行こう」


 小さく呟いた声に、リウが肩越しに振り向いた。

 白銀の髪が、風に揺れる。


 「名に縛られた街を超え、次はことばに触れる旅、か。まったく、風の子らしい歩き方だな、奏」


 からかうような口調の裏に、確かな期待と興味が滲んでいた。


 その隣で、シフは無言のまま森に目を凝らしていた。

 まるで何かの気配を探っているかのように。やがて彼女は、目を伏せ、低くつぶやく。


 「風が変わった。この先には……何かが待ってる。善し悪しじゃなく、きっと“選ばれた問い”だ」


 「選ばれた問い?」奏が聞き返す。


 「そう。答えじゃなくて、“問われる”こと。──でも、きっとそれを越えたら……君の魔法は、また違う色を持つ」


 シフの言葉は、確信というより祈りに似ていた。けれど、それは決して空虚ではなかった。


 リアガンは一歩前に出て、道の先をじっと見つめた。

 「風のことば」というもの──

 それが何なのか、彼にはまだ完全に理解できてはいない。けれど、あの記録官が最後に残した言葉が、胸の奥で熱を帯びていた。


 《ことばは過去の遺物ではない。ことばは、常に“いま”を呼び起こす。》


 リアガンは、アラウィンの“名の契約”に抗えなかった自分を知っている。

 それでも、奏たちとともに進む今の選択を、過ちとは思っていない。


 「風のことばが、もし“世界を読む力”だとするなら……おれは、それが生きている証だと信じたい」


 彼が口にしたその一言に、風が、ひとつ、弾んで応えた。


 その風は、誰かの呼びかけのようにも、精霊たちの囁きのようにも聞こえた。


 ──おまえたちは、まだ知らぬ。

 けれど、問いは始まっている。

 風に問い、風に応え、風に、名をゆだねよ。


 四人の姿は、やがて森に溶け、古き道へと吸い込まれていった。


 風のことばが、まだ言葉になる前に。

 誰かの問いに答えるためではなく、自分たちの「ことば」を見出すために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ